カマ鉄オモシー組合

写真を撮ってさえいれば幸せ。

板谷にて

2012-02-23 22:49:58 | 機関車


温暖化で、ずいぶんと雪の量も少なくなった。それでも今冬は多い方だが、昔とは比較になるまい。

私の祖父、そして伯父もまた長年、機関士をしていた。まさに毎日のようにこの峠を仕事の舞台にしていた。
その伯父から何度か、大雪にまつわる話を聞いたことがある。真冬の深夜、おそらく401レだと思うが、大雪に阻まれ、赤岩ー板谷で立往生した。不安になった車掌は、無理せず救援を呼び、後進して山を下ることを提案してきたが、当時はまだまだ職人気質の機関士が数多くいた時代。そんなことをすれば、乗客を目的地に運ぶという使命を果たさぬばかりか、列車を運休させることになる、後続の列車もあるのだ。それは避けたい。それよりも、これまでの経験から、必ず抜け出せるという自信があった。
慎重にノッチ操作をしながら、ジリジリと雪を押し始める。今にも止まりそうな速度を維持。フロントガラスの高さにまで雪が積み上がり、前が見えない。側窓から顔を出し、前方確認を行う。列車無線からは指令担当のこえがやかましく響く。「大丈夫ですか?状況を至急知らせてください。聞こえてますか?」こっちはそれどころではない。ノッチ片手に電流計とにらめっこ。脱出するために必死なのだ。「うるせー、心配するなと言っとけ!」車掌に無線対応を任せ、どんなに遅れても、ラッセルして後続のために道を開ける。
数時間の格闘の末に、ついに環金隧道に辿りついた。後は弾みをつけて一気に峠を越えられる。

結局、何分延だったか忘れてしまった。しかし米沢まで列車を持っていくことができ、後続も無事。後で機関区に戻ってからも、運休させなかったこと、ラッセルして道をつくったことに、感謝されたとのこと。


雪満載のEF71、ED78。
カッコよかったなぁ。





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