一遍上人も芭蕉も、五十一歳でこの世を去っている。
二人とも老翁の感じがする十分に生き切られたからであろう。
特に芭蕉は自ら翁といっている40歳になると世を譲り、
隠居した時代だから、50歳になると翁という感んがしたのだろう。
現在は60歳になっても翁どころではなく皆溌剌たるものだ・・・
でも、老いは老いである・・・・この老いをどう生きるか?
これが今後の一番大きなものになっていく・・・・・
ぼけず、寝たきりにならず、家族に迷惑をかけず、
どう有意義に生きてゆくか、それは老いてから考えてはもう遅い。
若い時から考えておかねばならぬ重大な問題であろう・・・
いつ死んでもいいんだよネって、日本人はよくいうが・・・
それは根本的に間違っているのではないだろうか・・
釈尊は熱砂を踏んで80歳まで教えを説いて歩かれた。
「衆生よ、私のごとくあれ」と自らお示しになった事を、
思えば釈尊の晩年に、そしてその死に人間としての
最高の美しさを感じる・・・二度とない人生を、どう生きるか・・・
釈尊の書簡を拝読し人生有意義に生きることを教わる。