小梅日記

主として幕末紀州藩の学問所塾頭の妻、川合小梅が明治十八年まで綴った日記を紐解く
できれば旅日記も。

最近は

2018-02-21 | 嘉永六年 癸丑日記

大学受験入試日程がたけなわ。
最近は親が付き添っていくらしい。

信じられない。選挙権もあるというのに。
女の子でも一人で交通機関を使って行った。
よしんば落ちても緊張の一人旅の体験は貴重な勉強になるのじゃないかな。

ネットで見てみると賛成派が七割?くらい。
信じられないが二割?程度。
心配だったら四年間も放置できるのかなと思ってしまう。

一人で受験に行って一人で下宿を決めた息子がつきそい派。
そんな訳で下の子の面倒を見るためしばらくお江戸に。
その間、小梅さんはお休み。



よく言われる最近の風潮って誰がりーどするのかな。
庶民の総意?

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

一月七日、八日

2018-02-21 | 嘉永六年 癸丑日記
一月七日 

天気良し。
三浦殿の家来?岡田又右衛門より手紙がくる。
朝方、夕方とも質素にもどるという知らせ。
何事もなし。



一月八日 

おおいに快晴。
有田、塩谷、大蔵事、安兵衞がくる。
雄輔は昼から直川へ参る。
夕方帰り、主人と一盃吞んだ。
話したいことがあると岩橋へでかけ十時過ぎおおいにに酔って帰った。
提灯を借りてきた。
三浦公がお帰りになる。
質素にして嘉家作りまでは提灯をともしていたが、御門に入ってからは暗くして帰られたとのこと。

 ※嘉家作丁(かけづくりちょう)
 紀ノ川左岸に)位置し、和歌山城の北部、本町御門外大和街道(大坂街道)(国道24号線)に沿う町で
 城下入口の宿場であった。参勤交代の折の最初の宿場。独特の形で一部は現在も保存されている。




コメント
この記事をはてなブックマークに追加

一月六日

2018-02-20 | 嘉永六年 癸丑日記
一月六日 

少々風はあるが天気はよい。
十時頃に桃井が来た。主人は二日酔いで気分が悪かったがでてきた。
その内に鉄助もきて一緒に咄す。
小梅は風邪と二日酔いで起きられなかったが、安兵衞を松葉やに行かせ上辻の提灯を言付けた。
酒は昨夜で終いになったので梅本で借りた。
去年二十四日頃から昨日まで一斗の酒だ。
しかし、薄い酒なので蘭引き(陶器で酒などを蒸留する道具。オランダからきた)で二升取った。
鈴木正吉がきて酒を出す。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

一月五日

2018-02-14 | 嘉永六年 癸丑日記
一月五日 

快晴だ。
雄輔は廻状を今福山本へ持って行く。一飯出されたとこへ岩橋鉄助もきて一緒に食べたそうだ。
桃井から年玉がくる。覚円寺が礼に来た。半切り百枚持参ですぐに帰った。
夕方に安兵衞がきた。
酒食をだし、主人も小梅も共によく飲んでおおいに酔った。
いさは里帰りで叔母の方へ今晩からいくとのこと。



コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

一月四日

2018-02-10 | 嘉永六年 癸丑日記
一月四日 

快晴する。
山本から廻状がきた。
委細は会ってから申すのでまずは金森へ礼に行くと良いとのこと。
今年は申し合わせによって殆ど年始客が少ない。門に入ってくる者は十名ばかりだ。
帳面(来客帳)は出してあるが武士は一人もおらず。それゆえに今日は雄輔(岩一郎20才)の誕生日だけど赤飯をたくだけで酒宴はやらなかった。
夜になってから雄輔は梅本に行った。
岡野氏から昨年からの約束で落ち葉の錦を二冊持たせて来た。
これは本居宣長と太平の歌を集めた奉書仕立ての本だ。
野上酒井省安の年賀状につけて、小豆一袋と泥田坊(昔から伝わる妖怪)連中の春興し(新年に俳諧の会を催して一門の作品を印刷し知人間に送った物を二枚を送ってきた。
返事を書き、紙百枚とお茶を一箱送る。



コメント
この記事をはてなブックマークに追加