嗅覚障害の治療の第一選択は、ステロイドの点鼻です。一般には、リンデロン点鼻液(ベタメタゾン0.1%)やオルガドロン点鼻液(デキサメタゾン0.1%)が用いられます。
アレルギー性鼻炎の治療に用いられる鼻噴霧用ステロイドは、全身への吸収が少なく、副作用も稀だとされています。嗅覚障害のステロイド点鼻も、全身の副作用は決して多くはありませんが、鼻噴霧用ステロイドより、リスクはやや高くなります。
一番大きな違いは、噴霧に比べ、点鼻液の方が、咽頭に流れて飲み込んでしまう危険性が高いことです。鼻粘膜からの吸収と違い、飲み込んだ分は内服薬と同じで、ほとんど100%吸収されると考えられます。したがって、これを減らすため、懸垂頭位(点鼻のときの頭を垂らしてのけぞるような姿勢)から起き上がって、のどに薬が流れてきたら、のみこまずに口から出すことが必要です。
次に、ステロイドの種類の違いがあります。鼻噴霧用に使われているフルチカゾン(フルナーゼ、アラミスト)やモメタゾン(ナゾネックス)の、鼻粘膜投与後の体内への吸収率は、1%未満とされています。リンデロンやオルガドロンは、欧米では点鼻用には使われておらず、そのようなデータが見つかりません。しかし、フルチカゾンなどは、とくに吸収率の低いステロイドとして鼻用に採用されたステロイドなので、リンデロンとオルガドロンについてはもっと高い可能性があると考えられ、ベクロメタゾン(アルデシン)の44%というのが参考になるのではないかと思います。
もうひとつの違いは、ステロイドの量と強さの違いです。リンデロンやオルガドロンの点鼻は、1週間で1本を使うのが、標準的な使い方だと思いますが、1本にはそれぞれベタメサゾン、デキサメサゾンが、5mg含まれていますので、1日量は約0.7mgになります。ステロイドは種類によって強さが違い、このふたつは比較的強い方です。まして、はじめに書いたように、咽頭に流れた分を飲み込んでしまうと、生理的分泌量の約2倍を摂取していることになり、視床下部-下垂体-副腎系に抑制がかかっても、不思議はありません。
嗅覚障害の患者さん62人にリンデロンの点鼻を行い、そのうち39人(62.9%)に、血中コルチゾールの正常値以下への低下が見られたという、三重大学の報告があります。しかも、そのうち31人は、1ヶ月でそれが見られており、残りも2ヶ月で起きています。ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)かコルチゾールのどちらかでも低下した例になると、42例(68%)にのぼります。
三重大学の報告では、ステロイド点鼻を中止したら、すべての方で、低下はすぐ回復したこと、症状が出たのは4名だけ(4名とも女性)だったこと、症状が顔面腫脹感、顔面濃毛化といったminor side effect(軽くステロイドをやめたらすぐ治る)であったことから、副作用に注意しながらであれば、ステロイドの点鼻は非常に有効な治療なので、長期連用も可能であるという、肯定的な結論になっています。
嗅覚障害の治療としてのステロイド点鼻は副作用が少ないとされていますが、治療中、血中コルチゾールを測定することは一般的ではありませんので、見つかっていないだけで、この治療を行っている方に視床下部-下垂体-副腎系の抑制が起こるのは、実は珍しいことではないのかも知れません。
私たちも、そのことをよく認識して、治療が1ヶ月以上に及ぶときは、血中コルチゾールの測定は行うべきなのかも知れません。そして低下が見られた場合は、一度治療を中止すべきなのでしょう。しかし、中止すれば短期間のうちに正常にもどることが期待され、その後治療を再開してもよいのではないでしょうか。ただ、もし点鼻液ではく、噴霧でも有効であれば、その方がより安全であると考えられ、かなり長期にわたって治療が必要である好酸球性副鼻腔炎では、その方が良いと思われます。以上は私の個人的な意見ですが。
参考文献 小林正佳ほか:嗅覚障害に対するステロイド薬の長期点鼻療法の安全性と有用性の検討.日耳鼻 108:986-995, 2005
補足ですが、オルガドロンと同じデキサメサゾンを、粉末で点鼻するエリザスは、1日の使用量がデキサメサゾン0.4mgです。オルガドロン点鼻液の1日量約0.7mgよりは少ないですし、オルガドロンに比べると咽頭に入って飲み込む量も少ないとは思いますが、オルガドロン同様、どれぐらい全身に吸収されるかについては、フルチカゾンほど、明らかではないようです。エリザスは防腐剤が入っていないという、大きな長所のある薬ですが、一応書き添えておきます。
感謝の気持ちでいっぱいです。
先生が御指摘されている通り、実際に私も、点鼻液が咽頭に流れて飲み込んでしまう感覚を味わったことが何度かありました。慌てて吐きだすと、とても苦みを感じました。
「悲観せずに」と言っていただきありがとうございます。私、本当に悲観的になっていました。
先生、ありがとうございます。とても元気が出てきました。また、頑張ります。
鼻腔迷路の天井にある嗅覚細胞にリンデロンを届かすのは、個人的にかなりたいへんなことです。
頭部外傷の場合、鼻腔天井の嗅細胞と、脳底の嗅球を連絡しているリード線(=鼻と脳底の間には頭蓋骨があるので、骨の中を通り抜けて鼻と脳を結ぶ神経)が切断されていると思うのですが、それがステロイドにより再生するなり、生き残った神経が成長して本数を増やしたりするようなことは、可能性としてでもあり得るのでしょうか?
ということを非常に疑問に感じています。
現在自分の行っているリンデロン点鼻が、本当に治療なのかどうか疑問を持ちながらも、リンデロンを毎日鼻にさしています。