あまり新しい情報もなく、ブログの更新を怠っています。
この1年間、国内の学会発表、文献でも、それほどのニュースはありませんでした。その中で何件かあったのが、ゾレア(オマリズマブ:抗IgEモノクローナル抗体)が、好酸球性中耳炎・副鼻腔炎にも有効であったという報告です。昨日改めて確認してみると、国内7施設から計11例の報告がありました。思っていたより多かったですが、考えてみれば、ステロイド以外に明らかに有効な薬がない好酸球性副鼻腔炎の、有効な新しい治療は、誰もが待ち望んでいるのもですから、その報告があれば、多くの施設で追試が行われるのは、当然です。
すべての報告の詳細な内容を確認できたわけではないのですが、やはりゾレアが有効であった例は血中IgEが高かった症例のようです。好酸球性副鼻腔炎・中耳炎は、基本的にはIgEへの依存なしに発症しますが、少なくとも一部の症例では、IgEが何らかのかたちで関与している可能性もあります。
ゾレアは、日本では他の治療でコントロールできない難治の気管支喘息だけが適応になっています。アレルギー性鼻炎は、最も単純にIgEが関与する病気なので、他のいろいろな要因が関与する気管支喘息に比べ、ゾレアの有効性は高いのですが、適応は認められていません。高額な薬であることと、アナフィラキシーという重い副作用が比較的多い(約0.2%)ことが、適応が狭められた理由でしょう。
東京都では、気管支喘息には医療費の助成があり、高額な薬でも無料で治療が受けられますが、神奈川県を含めた多くの県にはそのような助成はありません。
好酸球性副鼻腔炎や中耳炎にも、適応はありません。症例報告も症例も、喘息の治療として投与され、副鼻腔炎や中耳炎にも、効果が見られた、というものでした。この治療は、一部の好酸球性副鼻腔炎に有効である可能性がありますが、どのような例が対象になり、どの程度効くのか、分からない事が多く、まだ好酸球性副鼻腔炎の、一般的な治療とは言えません。
嗅覚障害の治療の第一選択は、ステロイドの点鼻です。一般には、リンデロン点鼻液(ベタメタゾン0.1%)やオルガドロン点鼻液(デキサメタゾン0.1%)が用いられます。
アレルギー性鼻炎の治療に用いられる鼻噴霧用ステロイドは、全身への吸収が少なく、副作用も稀だとされています。嗅覚障害のステロイド点鼻も、全身の副作用は決して多くはありませんが、鼻噴霧用ステロイドより、リスクはやや高くなります。
一番大きな違いは、噴霧に比べ、点鼻液の方が、咽頭に流れて飲み込んでしまう危険性が高いことです。鼻粘膜からの吸収と違い、飲み込んだ分は内服薬と同じで、ほとんど100%吸収されると考えられます。したがって、これを減らすため、懸垂頭位(点鼻のときの頭を垂らしてのけぞるような姿勢)から起き上がって、のどに薬が流れてきたら、のみこまずに口から出すことが必要です。
次に、ステロイドの種類の違いがあります。鼻噴霧用に使われているフルチカゾン(フルナーゼ、アラミスト)やモメタゾン(ナゾネックス)の、鼻粘膜投与後の体内への吸収率は、1%未満とされています。リンデロンやオルガドロンは、欧米では点鼻用には使われておらず、そのようなデータが見つかりません。しかし、フルチカゾンなどは、とくに吸収率の低いステロイドとして鼻用に採用されたステロイドなので、リンデロンとオルガドロンについてはもっと高い可能性があると考えられ、ベクロメタゾン(アルデシン)の44%というのが参考になるのではないかと思います。
もうひとつの違いは、ステロイドの量と強さの違いです。リンデロンやオルガドロンの点鼻は、1週間で1本を使うのが、標準的な使い方だと思いますが、1本にはそれぞれベタメサゾン、デキサメサゾンが、5mg含まれていますので、1日量は約0.7mgになります。ステロイドは種類によって強さが違い、このふたつは比較的強い方です。まして、はじめに書いたように、咽頭に流れた分を飲み込んでしまうと、生理的分泌量の約2倍を摂取していることになり、視床下部-下垂体-副腎系に抑制がかかっても、不思議はありません。
嗅覚障害の患者さん62人にリンデロンの点鼻を行い、そのうち39人(62.9%)に、血中コルチゾールの正常値以下への低下が見られたという、三重大学の報告があります。しかも、そのうち31人は、1ヶ月でそれが見られており、残りも2ヶ月で起きています。ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)かコルチゾールのどちらかでも低下した例になると、42例(68%)にのぼります。
三重大学の報告では、ステロイド点鼻を中止したら、すべての方で、低下はすぐ回復したこと、症状が出たのは4名だけ(4名とも女性)だったこと、症状が顔面腫脹感、顔面濃毛化といったminor side effect(軽くステロイドをやめたらすぐ治る)であったことから、副作用に注意しながらであれば、ステロイドの点鼻は非常に有効な治療なので、長期連用も可能であるという、肯定的な結論になっています。
嗅覚障害の治療としてのステロイド点鼻は副作用が少ないとされていますが、治療中、血中コルチゾールを測定することは一般的ではありませんので、見つかっていないだけで、この治療を行っている方に視床下部-下垂体-副腎系の抑制が起こるのは、実は珍しいことではないのかも知れません。
私たちも、そのことをよく認識して、治療が1ヶ月以上に及ぶときは、血中コルチゾールの測定は行うべきなのかも知れません。そして低下が見られた場合は、一度治療を中止すべきなのでしょう。しかし、中止すれば短期間のうちに正常にもどることが期待され、その後治療を再開してもよいのではないでしょうか。ただ、もし点鼻液ではく、噴霧でも有効であれば、その方がより安全であると考えられ、かなり長期にわたって治療が必要である好酸球性副鼻腔炎では、その方が良いと思われます。以上は私の個人的な意見ですが。
参考文献 小林正佳ほか:嗅覚障害に対するステロイド薬の長期点鼻療法の安全性と有用性の検討.日耳鼻 108:986-995, 2005
補足ですが、オルガドロンと同じデキサメサゾンを、粉末で点鼻するエリザスは、1日の使用量がデキサメサゾン0.4mgです。オルガドロン点鼻液の1日量約0.7mgよりは少ないですし、オルガドロンに比べると咽頭に入って飲み込む量も少ないとは思いますが、オルガドロン同様、どれぐらい全身に吸収されるかについては、フルチカゾンほど、明らかではないようです。エリザスは防腐剤が入っていないという、大きな長所のある薬ですが、一応書き添えておきます。
どんな薬もそうですが効き目と副作用は裏表一体です。ステロイドの作用には次のようなものがあります。
1. 代謝に対する作用、糖の代謝に作用して血糖値を上げたり、脂肪代謝に影響して高脂血症や肥満を起こします。骨カルシウムの代謝に作用し、骨粗鬆症の引き金になる可能性があります。
2. 視床下部/下垂体のフィードバックによる、副腎の機能不全(とくに、急にステロイドをやめたとき)。
3. 水/電解質の代謝に作用し、高血圧を引き起こすことがあります。
4. 炎症に対する作用。喘息でも好酸球性副鼻腔炎でも、この作用を期待してステロイドを使用します。細かく言うと、アラキドン酸カスケードを抑制し、炎症を引き起こすロイコトリエンなどを減らします。炎症性サイトカイン、接着分子など、炎症の症状を起こしたり、好酸球などの炎症性細胞を局所に誘導する物質も抑制します。好中球やマクロファージといった、炎症性細胞の機能を抑制します。抗体産生も抑制します。このような作用は炎症を改善しますが、同時に細菌などの感染症を起こしやすくなるという副作用も起こり得ます。
好酸球性副鼻腔炎の副鼻腔粘膜や鼻茸でも、好酸球が局所に集まることを減らし、また好酸球の寿命を短くして、好酸球を局所から減らす働きがあると考えられています。しかし、好酸球性副鼻腔炎の鼻茸が、なぜ急速に縮小するのか、ステロイドの働きのすべてが分かっているわけではありません。
好酸球性副鼻腔炎に著効を示す薬は、今のところステロイドの全身投与だけです。ステロイドには副作用の可能性もありますので、他の治療法の開発が待たれるところですが、現在のところは、必要なときには副作用に注意しながら内服ステロイドを用いることになります。
ステロイド(コルチゾン)が関節リウマチに劇的な効果があることが報告されたのは1949年ですが、翌1950年にはもうその功績にノーベル賞が与えられていることが、いかに画期的な発見であったかを示しています。その後10年もしないうちに、グルココルチコイド作用(治療に必要な作用)を残し、ミネラルコルチコイド作用を減らした、現在も使われているようなステロイドが、次々に合成されています。
ステロイドのグルココルチコイド作用は、コルチゾールを1とすると、プレドニゾロンが4、デキサメタゾンとベタメサゾンが25です。プレドニン1錠が5mgであるのに対し、セレスタミン1錠には、0.25mgのベタメサゾンが含まれています。血中半減期は、プレドニンが2.5時間、ベタメサゾンが3.3時間です。デキサメタゾンやベタメサゾンは、1錠中に含まれる量は少ないですが、力価が高く持続時間も長いので、注意が必要です。
健常成人の副腎皮質から分泌されるコルチゾールは約1日約10mgと言われています。
ステロイドは抗炎症作用だけでなく、全身にいろいろな作用がありますが、副作用も同様にいろいろあります。ステロイドの副作用の発現は、個人差もありますが、薬の種類、投与量、投与期間によって違います。短期間の投与であれば安全域が広いのに対し、中等量以上を長期間投与すると、副作用は出やすくなるとされています。
一般的に好酸球性副鼻腔炎のステロイド内服は短期間ですので、副作用の可能性はそれほど高くないと言えます。点鼻ならいっそう可能性は減ります。オルガドロン点鼻を1週間に1本使用し、その大部分がのどに流れてのみこんで吸収されたとしたら、プレドニゾロン換算で1日1mg弱です。しかし、長期に至れば絶対副作用が起きないとは言えません。点鼻ステロイド薬も、効果がないのに漫然と続けるのは、避けたいと考えます。
現在使われている点鼻ステロイド薬を列挙してみます。商品名(一般名/添加物)
- オルガドロン点眼・点耳・点鼻液0.1%(デキサメタゾンリン酸エステルナトリウム1mg/ベンザルコニウム塩化物液、ホウ酸、ホウ砂、エデト酸ナトリウム水和物、等張化剤)
- リンデロン点眼・点耳・点鼻液0.1%(ベタメサゾンリン酸エステルナトリウム1mg/乾燥亜硫酸ナトリウム,塩化ナトリウム,リン酸二水素ナトリウム,リン酸水素ナトリウム水和物,水酸化ナトリウム,パラオキシ安息香酸メチル,パラオキシ安息香酸プロピル)
- ケナコルト-A筋注用関節腔内用水懸注40mg/1m(Lトリアムシノロンアセトニド/ベンジルアルコール、ポリソルベート80、カルメロースナトリウム、塩化ナトリウム及びpH調節剤)
- フルナーゼ点鼻液50μg56噴霧用(フルチカゾンプロピオン酸エステル/結晶セルロース、カルメロースナトリウム、ブドウ糖、ポリソルベート80、濃ベンザルコニウム塩化物液50、フェニルエチルアルコール、pH調整剤(希塩酸)) 各鼻腔1噴霧1日2回
- ナゾネックス点鼻液50μg112噴霧用(モメタゾンフランカルボン酸エステル水和物/ベンザルコニウム塩化物,ポリソルベート80,結晶セルロース・カルメロースナトリウム,グリセリン,pH調整剤) 各鼻腔2噴霧1日1回
- アラミスト点鼻液27.5μg56噴霧用(フルチカゾンフランカルボン酸エステル/結晶セルロース、カルメロースナトリウム、ブドウ糖、ポリソルベート80、ベンザルコニウム塩化物液、エデト酸ナトリウム水和物) 各鼻腔2噴霧1日1回
- アルデシンAQネーザル50μg(ベクロメタゾンプロピオン酸エステル/ベンザルコニウム塩化物、ポリソルベート80、結晶セルロース・カルメロースナトリウム、濃グリセリン、プロピレングリコール、pH調整剤) 各鼻腔1噴霧1日4回
- リノコートパウダースプレー鼻用25μg(ベクロメタゾンプロピオン酸エステル/ヒドロキシプロピルセルロース,ステアリン酸マグネシウム,ステアリン酸) 各鼻腔1噴霧1日2回
- エリザスカプセル外用400μg(デキサメタゾンシペシル酸エステル/乳糖水和物)各鼻腔1噴霧1日1回
以上は、主にアレルギー性鼻炎の治療に用いられますが、好酸球性副鼻腔炎に用いられることもあります。
従来の点鼻薬が1日4回ないし2回であったのが、新しい薬(アラミスト、ナゾネックス、エリザス)では、1日1回になっています。
1本で最も長く使えるのは、ナゾネックス112噴霧で、4週間使えます。ナゾネックスには56噴霧用もあります。フルナーゼ56噴霧用(2週間)は、瓶が持ち運びしにくいという欠点があるようです。フルナーゼには、28噴霧用と小児用(1回の噴霧が半量で、56噴霧使える、日本独特のもの)があります。
たいていの薬に、保存料としてベンザルコニウムが使われています。リノコートとエリザスは、粉なので保存料が入っていませんが、霧状の噴霧薬に比べて、使用感の問題なのか、あまり使われていないようです。リノコートにも、カプセルタイプがあります。
フルナーゼには、フェニルエチルアルコールが含まれて独特の香りがありますが、最近は無臭のものが主流になっています。