このブログを見て、セカンドオピニオンを得たい方、あるいは治療を受けたいという方が、当院を受診されることがときどきあります。それで、最近気になることがあります。好酸球性副鼻腔炎ではない可能性のある方が、そう診断されて治療を受けているが治らないと言って受診された方が、何人かいらっしゃるのです。
たとえば、喘息をお持ちの方で、数ヶ月前から副鼻腔炎になり、治療を受けている方がいらっしゃいました。嗅覚障害が著明で、ステロイドの全身投与で、嗅覚も少し改善するとのことです。マクロライドを長期投与されていましたが、無効とのことです。血液検査で、好酸球増多もあるとのことです。それで、好酸球性副鼻腔炎と、診断されたとのことです。しかし、喘息は小児期からのアトピー性喘息でした。鼻腔内に鼻茸も見られません。そのかわり、膿性の鼻汁が多く見られます。レントゲンでは、上顎洞に著明な陰影が見られますが、篩骨洞にはあまり陰影がありません。
喘息の治療で、ステロイドの点滴を受けたばかりとのことでしたので、鼻茸はそれで縮小した可能性を完全には否定できませんが、この症状と所見であれば、好酸球性副鼻腔炎ではなく、従来の副鼻腔炎の可能性が高いです。
以前、診断基準について書きましたが、最も重要なのは多発性の鼻茸の存在と、それがステロイドの全身投与で縮小することです。それに加えて、成人で発症した非アトピー性喘息の合併か血中好酸球増多があれば、診断してよいと考えています。この方の場合は、鼻茸が見られません。血中好酸球増多は、アトピー性喘息でも高率に見られますので、好酸球性副鼻腔炎に特異的なわけではありません。
好酸球性副鼻腔炎のように高率ではありませんが、従来の副鼻腔炎でも嗅覚障害を起こす方は多いので、嗅覚障害が好酸球性副鼻腔炎に特異的というわけではありません。また、レントゲンで上顎洞より篩骨洞が優位なのは、従来の慢性副鼻腔炎でも多くの例で見られるので、完全に特異的とは言えません。しかし上顎洞が篩骨洞に優位なことは、まず好酸球性副鼻腔炎ではありません。
マクロライド療法が無効であることも、好酸球性副鼻腔炎の特徴だとされますが、従来の副鼻腔炎でも無効なことはあります。まして、急性副鼻腔炎であったり、慢性副鼻腔炎の急性増悪であったり、細菌感染が著明な時期は、急性副鼻腔炎ガイドラインにもあるように、高容量のアジスロマイシン以外のマクロライド系は、抗菌薬としては、あまり効きません。急性期には起炎菌に有効のあ抗菌薬を投与しなければならないのです。
あまり新しい情報もなく、ブログの更新を怠っています。
この1年間、国内の学会発表、文献でも、それほどのニュースはありませんでした。その中で何件かあったのが、ゾレア(オマリズマブ:抗IgEモノクローナル抗体)が、好酸球性中耳炎・副鼻腔炎にも有効であったという報告です。昨日改めて確認してみると、国内7施設から計11例の報告がありました。思っていたより多かったですが、考えてみれば、ステロイド以外に明らかに有効な薬がない好酸球性副鼻腔炎の、有効な新しい治療は、誰もが待ち望んでいるのもですから、その報告があれば、多くの施設で追試が行われるのは、当然です。
すべての報告の詳細な内容を確認できたわけではないのですが、やはりゾレアが有効であった例は血中IgEが高かった症例のようです。好酸球性副鼻腔炎・中耳炎は、基本的にはIgEへの依存なしに発症しますが、少なくとも一部の症例では、IgEが何らかのかたちで関与している可能性もあります。
ゾレアは、日本では他の治療でコントロールできない難治の気管支喘息だけが適応になっています。アレルギー性鼻炎は、最も単純にIgEが関与する病気なので、他のいろいろな要因が関与する気管支喘息に比べ、ゾレアの有効性は高いのですが、適応は認められていません。高額な薬であることと、アナフィラキシーという重い副作用が比較的多い(約0.2%)ことが、適応が狭められた理由でしょう。
東京都では、気管支喘息には医療費の助成があり、高額な薬でも無料で治療が受けられますが、神奈川県を含めた多くの県にはそのような助成はありません。
好酸球性副鼻腔炎や中耳炎にも、適応はありません。症例報告も症例も、喘息の治療として投与され、副鼻腔炎や中耳炎にも、効果が見られた、というものでした。この治療は、一部の好酸球性副鼻腔炎に有効である可能性がありますが、どのような例が対象になり、どの程度効くのか、分からない事が多く、まだ好酸球性副鼻腔炎の、一般的な治療とは言えません。
嗅覚障害の治療の第一選択は、ステロイドの点鼻です。一般には、リンデロン点鼻液(ベタメタゾン0.1%)やオルガドロン点鼻液(デキサメタゾン0.1%)が用いられます。
アレルギー性鼻炎の治療に用いられる鼻噴霧用ステロイドは、全身への吸収が少なく、副作用も稀だとされています。嗅覚障害のステロイド点鼻も、全身の副作用は決して多くはありませんが、鼻噴霧用ステロイドより、リスクはやや高くなります。
一番大きな違いは、噴霧に比べ、点鼻液の方が、咽頭に流れて飲み込んでしまう危険性が高いことです。鼻粘膜からの吸収と違い、飲み込んだ分は内服薬と同じで、ほとんど100%吸収されると考えられます。したがって、これを減らすため、懸垂頭位(点鼻のときの頭を垂らしてのけぞるような姿勢)から起き上がって、のどに薬が流れてきたら、のみこまずに口から出すことが必要です。
次に、ステロイドの種類の違いがあります。鼻噴霧用に使われているフルチカゾン(フルナーゼ、アラミスト)やモメタゾン(ナゾネックス)の、鼻粘膜投与後の体内への吸収率は、1%未満とされています。リンデロンやオルガドロンは、欧米では点鼻用には使われておらず、そのようなデータが見つかりません。しかし、フルチカゾンなどは、とくに吸収率の低いステロイドとして鼻用に採用されたステロイドなので、リンデロンとオルガドロンについてはもっと高い可能性があると考えられ、ベクロメタゾン(アルデシン)の44%というのが参考になるのではないかと思います。
もうひとつの違いは、ステロイドの量と強さの違いです。リンデロンやオルガドロンの点鼻は、1週間で1本を使うのが、標準的な使い方だと思いますが、1本にはそれぞれベタメサゾン、デキサメサゾンが、5mg含まれていますので、1日量は約0.7mgになります。ステロイドは種類によって強さが違い、このふたつは比較的強い方です。まして、はじめに書いたように、咽頭に流れた分を飲み込んでしまうと、生理的分泌量の約2倍を摂取していることになり、視床下部-下垂体-副腎系に抑制がかかっても、不思議はありません。
嗅覚障害の患者さん62人にリンデロンの点鼻を行い、そのうち39人(62.9%)に、血中コルチゾールの正常値以下への低下が見られたという、三重大学の報告があります。しかも、そのうち31人は、1ヶ月でそれが見られており、残りも2ヶ月で起きています。ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)かコルチゾールのどちらかでも低下した例になると、42例(68%)にのぼります。
三重大学の報告では、ステロイド点鼻を中止したら、すべての方で、低下はすぐ回復したこと、症状が出たのは4名だけ(4名とも女性)だったこと、症状が顔面腫脹感、顔面濃毛化といったminor side effect(軽くステロイドをやめたらすぐ治る)であったことから、副作用に注意しながらであれば、ステロイドの点鼻は非常に有効な治療なので、長期連用も可能であるという、肯定的な結論になっています。
嗅覚障害の治療としてのステロイド点鼻は副作用が少ないとされていますが、治療中、血中コルチゾールを測定することは一般的ではありませんので、見つかっていないだけで、この治療を行っている方に視床下部-下垂体-副腎系の抑制が起こるのは、実は珍しいことではないのかも知れません。
私たちも、そのことをよく認識して、治療が1ヶ月以上に及ぶときは、血中コルチゾールの測定は行うべきなのかも知れません。そして低下が見られた場合は、一度治療を中止すべきなのでしょう。しかし、中止すれば短期間のうちに正常にもどることが期待され、その後治療を再開してもよいのではないでしょうか。ただ、もし点鼻液ではく、噴霧でも有効であれば、その方がより安全であると考えられ、かなり長期にわたって治療が必要である好酸球性副鼻腔炎では、その方が良いと思われます。以上は私の個人的な意見ですが。
参考文献 小林正佳ほか:嗅覚障害に対するステロイド薬の長期点鼻療法の安全性と有用性の検討.日耳鼻 108:986-995, 2005
補足ですが、オルガドロンと同じデキサメサゾンを、粉末で点鼻するエリザスは、1日の使用量がデキサメサゾン0.4mgです。オルガドロン点鼻液の1日量約0.7mgよりは少ないですし、オルガドロンに比べると咽頭に入って飲み込む量も少ないとは思いますが、オルガドロン同様、どれぐらい全身に吸収されるかについては、フルチカゾンほど、明らかではないようです。エリザスは防腐剤が入っていないという、大きな長所のある薬ですが、一応書き添えておきます。