やはり、欧米の”Chronic rhinosinusitis with nasal polyps:鼻茸を伴う副鼻腔炎”は、日本の”好酸球性副鼻腔炎”と同じものと考えてよさそうです。欧米では、その病態や治療法の検討が、この10年間にいろいろ行われています。
今回の学会は、ISIAN(Internal Symposium on Infection and Allergy of the Nose :鼻の感染症とアレルギーの国際シンポジウム)だったのですが、1976年第1回の会長、ISIANの産みの親は、慈恵医大耳鼻咽喉科の先々代の教授だった高橋良先生です。ヨーロッパで第2回、第3回の会長を引き受けてくださったのが、ベルギー、ゲントのDr. P van Cauwenbergeで、その後このシンポジウムは1986年以降は毎年、世界のいろいろな国で開催されるようになり、今回が第30回となりました。
Dr. Claus Bachertは、そのゲントの先生で、現在の副鼻腔炎の研究の第一人者の一人です。私は開業して10年、好酸球性副鼻腔炎とのかかわりが薄れ、この先生のお話を伺うのも今回がはじめてでしたが、とても興味深い内容でした。さっそく、この先生とそのグルーブの文献を十数編取り寄せ、読みはじめています。
今まで読んだ内容のうち、アスピリン喘息に関係した部分から、目についた部分を書き出してみます(文献46)。
まず、アスピリン喘息の患者さんの粘膜には、好酸球だけでなく著明な肥満細胞の集積も見られること。これは、アレルギー性鼻炎や喘息の主役の細胞のひとつで、花粉などの抗原とIgE抗体の反応によって、ヒスタミンやロイコトリエンなどのアレルギーの症状を引き起こす物質や、好酸球を呼び寄せる物質を出します。またアレルギーに関係するいろいろな物質を出すリンパ球も活性化しているとのこと。アスピリン喘息あるいは好酸球性副鼻腔炎は、いわゆるアトピー性のアレルギーで起こるわけではないのですが、アトピー性喘息やアレルギー性鼻炎の主役たちが、やはりこれらの病気にも、大きく関係しているということです。
また、このグル—プの先生たちは、黄色ブドウ球菌の毒素が、スーパー抗原(花粉症のように、ひとつの抗原がそれに対応する一種類のIgE抗体と結びついてアレルギーを起こすのではなく、ひとつの抗原が莫大な種類の抗体と結びついてしまい、いっぺんに強烈なアレルギー反応が起こってしまうような抗原)として働くことが、アスピリン喘息を増悪させる要因のひとつである可能性を、示しています。
さらに、このグループは中国の先生とも共同研究を行って、東アジア人と白人の副鼻腔炎の違いについても検討されており、その結果が我々日本人の好酸球性副鼻腔炎を考える上で、とても参考になります(文献55)。
ベルギー人と中国人の鼻茸を伴う副鼻腔炎の患者さんを比較すると、症状、内視鏡所見、CT所見では差がないのに、喘息の合併率は、ベルギー人の方がはるかに高率であること。ベルギー人の粘膜では好酸球が優位なのに、中国人では好中球が優位であること。両者ともT細胞(免疫、あるいは炎症の司令塔とも言えるリンパ球)の活性化は高くなり、調節性T細胞(ほかのT細胞と違って、免疫や炎症を抑制する働きをする)とTGFβ1が減っているというのは共通なのですが、ベルギー人ではアレルギーに関係するサイトカイン(細胞同士の情報伝達を行う物質)が増えているのに対し、中国人では感染症のとき活躍するようなサイトカインが増えているとのこと。
ベルギー人の鼻茸を伴う副鼻腔炎が、まさに日本の好酸球性副鼻腔炎の特徴を示しています。それに対して、中国人の副鼻腔炎は、少し前の日本人の通常の副鼻腔炎の特徴を示しているように思われます。おそらく現在の日本人とベルギー人の比較では、これほど明確な差は出ないでしょう。日本人の通常の副鼻腔炎は軽症化しているといわれ、組織を見ても、さほど好中球が目立たないことも多くなっているのです。また、最近日本と韓国では、好酸球性副鼻腔炎が増加しています。しかし、彼らの報告からは、中国では好酸球性副鼻腔炎がまだ問題になっていないことが、推察されます。
欧米の鼻茸を伴う副鼻腔炎が、好酸球性副鼻腔炎と同じものであれば、欧米の副鼻腔炎の研究や治療法は、多いに参考になります。
このブログにいただいたコメントから、好酸球性副鼻腔炎あるいはアスピリン喘息の患者さんが、じんましん様の皮膚の症状も併発されることが、まれではないことを知りました。
勤務医のころ、かなり多くの好酸球性副鼻腔炎の患者さんを診ていたのですが、じんましんの症状を訴える方はいませんでした。おそらく、私たち医師も注意してお聞きすることもなく、患者さんの側も、関係がないと思われたか、喘息や鼻の症状に比べれば軽いからと思われたかで、ご自分からお話されることもなかったのかも知れません。
じんましんというのは、まれな病気ではありません。いろいろな原因で起きますが、7割で誘因が分かりません。誘因が特定されるのは、3割だけです。1割強は物理的刺激(機械的刺激や温熱刺激)によるものです。コリン作動性(入浴や精神的緊張が負荷されたとき)やIgEアレルギー性(食べ物などのアレルギー)によるものが、それぞれ3%程度だそうです。
一方で、アスピリン蕁麻疹/血管性浮腫は、慢性じんましんに高率(20-60%)に合併するという報告もあります。また、じんましんを伴う病気のひとつに、食物依存性運動誘発アナフィラキシーがありますが、この病気も消炎鎮痛剤で増強されることが知られています。
アスピリン蕁麻疹/血管性浮腫は、成人で発症する、消炎鎮痛剤や着色料、防腐剤で誘発されるなど、アスピリン喘息と共通することが多いのですが、それでも皮膚科の側からも、アスピリン喘息と合併することは比較的まれとされているようです。
いずれにせよ、アスピリン喘息とじんましんの関係については、まだ分からないことも、多いのだと思います。
昨日(9月21日)、東京で開かれた国際鼻科学会に参加してきました。
好酸球性中耳炎の海外文献は探しても見つからず、欧米であまり注目されていないのだとは思っていましたが、実は好酸球性中耳炎という病気は、日本以外では全く報告されていないということを知って、驚きました。
民族や社会環境が違えば、病気も違ってきます。たとえば急性中耳炎ですが、米国の小児科学会の急性中耳炎ガイドラインを見ますと、米国内でもイヌイットとネイティヴアメリカンは、急性中耳炎が難治性になるリスクが高いとされています。生活習慣も違いというのもあるでしょうが、想像をたくましくすれば、彼らは私たちと同じモンゴロイドの血をひいています。東洋人は中耳炎が重症化しやすいという可能性はあります。
世界で最も抗菌薬の使用をきびしく制限する急性中耳炎ガイドラインがあるオランダに行った子が、何回も急性中耳炎を起こし、激痛と高熱があって家庭医にかかっても、数日で治るからとガイドラインに従って全く治療をしてもらえず、確かに数日で鼓膜が破裂して膿みが出て、膿みが出れば痛みも熱も下がるのですが、そのうち鼓膜の穴が塞がると、また激痛と高熱を出すという繰り返しだったそうです。しかし、オランダでは、家庭医の紹介がないと耳鼻咽喉科専門医にかかることができず、そういうことが数ヶ月続きました。結局、その子のお父様の同僚の方の尽力で、直接耳鼻咽喉科専門医にかかることができ、鼓膜にチューブを入れてもらったとのことです。
今回の学会でも確認できましたが、欧米では慢性副鼻腔炎を、鼻茸を伴うものと、伴わないものの、二つに分類していますが、欧米の鼻茸を伴う慢性副鼻腔炎というのは、日本の好酸球性副鼻腔炎そのものです。欧米では、日本でいう通常の副鼻腔炎が鼻茸を生じるほど重症化することが少ないようです。
ベルギーの先生の講演では、ベルギーでは鼻茸を伴う副鼻腔炎の83%に喘息を合併するが、中国での調査ではそれが15%程度だそうです。副鼻腔炎が欧米と違うのは、日本だけでなく、韓国を含めた東アジアに共通したことのようです。
日本では、もともとはそれほど多くなかった好酸球性副鼻腔炎の患者さんが、この10年間でかなり増えており、それは韓国でも同様だそうです。もっとも、この病気のことがだんだん知られるようになって、今まで診断されていなかった人が診断されるようになったという部分もあるでしょう。でも、まだまだ診断されていない患者さんも、たくさんいらっしゃると思います。
来週の国際鼻科学会、14th Intenational Rhinologic Society & 30th Intenational Symposium on infection and Allergy of the Nose(ISIAN)のプログラムから、好酸球性副鼻腔炎に関係のありそうな群を抜き出してみました。
Impact of Eosinophiles on Rhinosinusitis
20日11:00- メイヨクリニックの紀太先生のMechanisms of Eosinophilic Inflammation and Pathology in Rhinosinusitis、女子医の野中先生のPromising Pharmacological Treatments for Chronic Rhinosinusitis Associated with Asthmaなど
Nasal Polyp -Eosinophilic or Neutrophilic-
22日15:40- 京都第2赤十字病院の出島先生の、Clinical Aspects and Postoperative Outcomes of Eosiophilic or Non-Eosinophilic Nasal Polyposis in Japanなど
Eosinophilic Rhinosinusitis
21日、17:20- 慈恵の松脇先生のDifferences and Similarities between Western Countries and Asia in Eosinophilic Rhinosinusitis、メイヨクリニックの紀太先生のPathophysiology of Eosinophilic Rhinosinusitis and Nasal Polyps
Mucus Secretion in Sinonasal Inflammation
21日、15:00- 滋賀大学の清水先生のMerits and Demerits of Mucus Hypersecretionなど
Fundamental Knowledges of Eosinophile for Rhinologist
22日15:40- 紀田先生の講演Recent Advances in Immunobiology of Eosinophils
アレルギー性鼻炎では、患者さんの鼻の中に原因になるもの(抗原)が入って来ると、鼻粘膜の肥満細胞の表面についたIgE抗体と結びつき、それによって肥満細胞からいろいろな症状を引き起こす物質(ケミカルメディエーター)が放出され、それが神経を刺激してくしゃみを起こさせ、副交感神経を介して鼻腺から鼻水を分泌させ、鼻腔の粘膜の血管を拡張させて鼻づまりも起こさせます。
これらの症状は、抗原が入ってきてから数分で起きます。さらに鼻粘膜に好酸球を呼び寄せるなどの反応が続いて起こり、数時間後にそのための症状が起こります。
副鼻腔粘膜にも肥満細胞はあり、アレルギーの反応は起こるのですが、鼻粘膜のように、強い症状は起きないようです。もともと血管も神経も鼻粘膜より少ないというのもひとつの理由でしょう。
通常の鼻茸には、神経があまりありません。血管も、鼻粘膜ほど豊富ではありません。好酸球性副鼻腔炎の鼻茸については、神経について調べた報告がありません。血管については、通常の鼻茸よりも多い可能性はありますが、鼻粘膜ほどではないと考えられます。
だから、ステロイドの内服で鼻茸が数日、もしかすると数時間で、著明に小さくなる理由が、実はよくわからないのです。鼻茸も血管を収縮させる薬を鼻に入れると、少し縮みますが、すぐ元にもどってしまいます。しかし、ステロイドでは何倍も効果があり、しかもステロイドを止めても、何週間も何ヶ月もそのまま縮んだままです。
アスピリン喘息は、IgEによるアレルギーを介さずに起こりますが、最終的に気管支で起こる症状は、IgEによるアレルギー(アトピー型)喘息と同様の症状が起きていると考えられます(同様と言っても、しばしば重症ですが)。アスピリン喘息の発作時の鼻粘膜については、あまり調べられていませんが、鼻水を伴うことが多いと言われているので、おそらくアレルギー性鼻炎と同じようにケミカルメディエーターにより、あるいは直接の刺激により、同様の反応が、鼻粘膜でも起きているのでしょう。
鼻茸が、アレルギー性鼻炎の鼻粘膜のように、誘発物質が体の中に入って数分で大きくなるのかどうか、これも分かっていません。数分で鼻が詰まるのは、もしかすると、鼻茸が大きくなっているのではなく、アレルギー性鼻炎のときと同様に、鼻粘膜が腫れているのかも知れないとも思うのです。誘発物質が入って数時間すると鼻茸も大きくなるのは、私も自分の患者さんで経験しています。