本朝徒然噺

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歌舞伎&キモノ好きの集まりと、新橋演舞場夜の部へ(5/25)

2008年05月25日 | よもやまばなし
5月25日(日)、袷の時期最後の「キモノでお出かけ」。

今年は、5月に入ってから気温が低い日が続いたので、「単衣フライング」をすることなく、暦どおり袷を着ることができました
といっても、たまたま昼間暑い時にキモノで出かけることがなかっただけで、暑い日と「キモノでお出かけ」の日が重なっていたらきっとフライングしてたと思いますが

この日は、歌舞伎&キモノ好きのみなさまとのランチ会でした。
前日お目にかかったichigoさまもランチ会に参加してくださり、計6人で和気あいあい、とても楽しいひとときを過ごしました

歌舞伎オフ会

このたびのランチ会は、君野倫子さんの「歌舞伎のかわいい衣裳図鑑」(小学館)の上梓を記念したもの。
この本は、歌舞伎好きの方はもちろん、歌舞伎初心者の方、「これから歌舞伎を観てみたい」と思っておられる方、着物好きの方など、幅広く楽しめると思いますので、ぜひごらんになってみてくださいまし

本の中で、歌舞伎&着物好きの人たちのコメントや「ちなみモノ」が紹介されています。
実はここで、私めも微力ながら(本当に微々たるものですが……)お手伝いをさせていただきました。
このブログでもおなじみの(?)ものが掲載されています。このブログのヘナチョコ写真と違い、とてもきれいに撮ってくださっているので、ぜひごらんになってみてくださいまし。
ちなみモノだけでなく、「歌舞伎座に何着てく?」「納涼歌舞伎、何着てく?」など、シーン別の観劇の装いについていろいろな方のコメントがのっていますので、きっと参考になると思います

この日の私の着物は、前日と同じ泥大島に帯だけ替えて、紋織の博多八寸帯を締めました。
新橋演舞場の夜の部を観に行くことにしていたので、播磨屋さんの紋にちなんで蝶の帯留め。
ichigoさまお手製の定式幕カラーの組紐根付(右)と、「四谷怪談」観劇のお守りにagmaさまからいただいた六地蔵の根付(小さな数珠の玉の中に、六地蔵が彫られているんです)をつけて。

蝶の根付と組紐・六地蔵の根付

◆◇◆◇◆

ランチ会の後、新橋演舞場の夜の部をリピート。
やっぴーさま&櫻子さまも、ランチ会に続いて夜の部をご観劇でした

夜の部の演目「東海道四谷怪談」は四世鶴屋南北の代表作。映画化や落語・講談での口演もたびたびされているので、歌舞伎をごらんになったことのない方にもなじみ深いのではないかと思います。

「仮名手本忠臣蔵」を背景にしており、伊右衛門は塩冶家の浪人、お岩様もまた、塩冶浪人・四谷左門の娘です。
ただし伊右衛門は、御用金を盗んで逃げた身であり、「主君への忠義」とは対照的なところにあります。
そしてお岩とその妹お袖は、浪人生活の貧困のなかで日々の生計を立てることに必死です。
「表」の「仮名手本忠臣蔵」が光だとするならば、「四谷怪談」は、「主君の仇討」という大義名分の光が届かないところで生きる人物にスポットを当てた作品と言えます。
この作品のなかでも「仇討ち」は描かれていますが、それは主君の仇討ちという大きなレベルのものではなく、夫や父親の仇というミニマムなレベル。
大義名分という「飾り」を取っ払ったところで、人間というものをより鮮明に、鋭く描き出したのがこの作品の大きな特徴ではないかと思います。

だから「四谷怪談」の「キモ」は、お岩様の幽霊が出てくるところではなくその前の部分にあると、私は思っています。
顔が醜く腫れてしまったお岩が伊右衛門や隣家への恨みを持って死んでいくところまでを観て帰っちゃってもいいくらいなんですが、途中で帰って祟られても困るので、ちゃんとおしまいまで観ました(笑)。

お岩の顔が醜くなってしまったのは、隣家の者が「血の道の妙薬」と偽って渡した薬を飲んでしまったため。
なぜ隣家の者がそんなことをしたかというと、その家の孫娘が伊右衛門に一目惚れをしてしまったため、なんとかして伊右衛門とお岩を離縁させ、伊右衛門を婿に迎えたいと考えたからです。
たったそれだけのことでこんなことをしてしまう隣家の人間は、いかにも浅はかだと思います。
でも、現代に目を向けてみても、数えきれないほど起こる事件の多くはこれと同等のレベル、すなわち人間のミニマムなエゴイズムによって起きるものではないでしょうか。
お家の転覆を謀って毒を盛るというような大きなレベルの陰謀ではなく、ある意味ちっぽけな陰謀であるからこそ、人間の持つ弱さやおそろしさが浮き彫りになる気がします。

そうとは知らず薬を飲み、醜い顔となってしまったお岩が、隣家と伊右衛門の企みを宅悦から聞かされた時、お岩はふりしぼるように言います。
「日ごろ何かと親切にしてもらっていたから、(隣家の)乳母や小者にまで頭を下げて礼を言っていた。さっきも、自分の命を削るこの薬に両手をついて礼を言った」と。
貧しさと、武家に生まれ育った人間としてのプライドの挟間で苦悩しながらも、人を信じて生きてきたのに、それを裏切られてしまったことによって、お岩のなかの何かが崩れてしまったのだと思います。自分をかろうじて支えてきた「何か」が。

そこからのお岩は、ある種の狂気のようになります。
「こうなったからは、命のあるうちに隣家へ礼を言いに行く」と、身支度を整えようとします。
「礼を言いに行く」という言葉と裏腹に、そこにあるのは深い恨みです。私は、この時のお岩が、ほかのどの場面よりも恐ろしいのではないかと思います。

「産婦のあなたが鉄漿(かね)などつけては……」という宅悦の制止を振り切ってお歯黒をつけ、自らの髪が抜け落ちるのに驚き嘆きつつも髪を梳き続けるお岩。
この時のお岩には、これまでの人生にも、これからの人生にも、そして自分の命そのものにも光を見いだせなくなってしまった人間の、深い絶望と哀しみが表れているような気がします。

新橋演舞場五月大歌舞伎での「四谷怪談」では、福助さんがお岩のそういった悲しさ、哀れさを、非常によく捉えて丁寧に演じておられたように思います。
1つ残念だったのは、変わり果てた自分の顔に驚くところがちょっと大げさに感じられたこと。
伊右衛門に命じられてお岩に言い寄ろうとした宅悦に向かって「武士の娘、武士の妻である自分に対してそんなことをするのは許さない」と毅然と言い放つのに、自分の顔を見て驚くところは何だか町家の女房のような感じに見えてしまいました
でも、そのほかはすごく良かったんじゃないかなあ……と思います。

歌六さんの宅悦もとても良くて、お岩の顔を怖がるところをことさらに強調するのでなく、伊右衛門や隣家の酷い仕打ちに心を痛めお岩を気の毒がる様子がよく表れていて、お岩の悲しさや哀れさをより引き立たせていたように思います。
宅悦の「産婦のあなたが鉄漿(かね)などつけては……」の言葉が印象深く響いてきたのは、歌六さんだからこそなのかもしれません。

11日に観た時と比べてとても印象的だったのは、子どものために吊っている蚊帳まで金に換えるために持って行こうとする伊右衛門をお岩が必死で止めるところ。

それまでは伊右衛門の言うことに泣く泣く応じていたお岩が、「これを持って行かれては子どもが蚊にくわれてしまう」と必死でしがみつきます。その時の「離しませぬ」という叫びが、子どもの身を思う母の悲痛な叫びとして切なく響きました。
これによって、伊右衛門の「悪」がより際立ったのではないかと思います。
11日に観た時はさほどでもなかったのに、この日観た時は伊右衛門がホントに悪いやつに見えて、お岩に捨て台詞を吐いて花道を去って行く播磨屋さんを思わず睨みつけちゃいましたもん
悪いのは伊右衛門であって、播磨屋さんじゃないんですが(笑)。

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2 コメント

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なかなか良かったですよね (やっぴー)
2008-06-10 22:56:42
その節はありがとうございました~
楽しかったですねえ。
今度はぜひ揃って歌舞伎オフを実現したいですね 

私のお岩さんは、すっかり勘三郎さんだったんですが
福助さんもアリかなあと思いました。
まだまだ感は否めませんでしたが 
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やっぴーさま (藤娘)
2008-06-14 21:28:45
お返事遅くなりまして申し訳ございません!

こちらこそ、その節は本当にありがとうございました~
おかげさまで、とても楽しいひとときを過ごさせていただきました
君野さんの素晴らしいご著書との縁をくださったやっぴーさまに、感謝感謝です!

お岩様は、ここ何年か歌舞伎座やコクーンで勘三郎さんが(勘九郎時代から)続けて演じておられるので、どうしてもその印象が強くなってしまうのかもしれませんね。

公演に先立って福助さんが「ただの怪談ではなく、この話にはいろいろなものが含まれていると思う」と意気込みを語っておられましたが、それがよく伝わってくる感じがしました
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