『不器用な生き方』

うつ病の診断から12年余り。その間に精巣がんや糖尿病の宣告を受け現在も薬を服用しながら不器用に生きる日々の出来事を。

『今日は、沈んでいていいですか?』

2006-03-13 09:29:06 | 思いつくままに

 今日のテンションレベル1点/10点。

先週の金曜日は会社を休みました。そして今日も前に進む力が出ません。ただただ静かにじっとしていたいです。こころは深い深い闇の中へ沈んで行ってしまいそうです。体もこころも動かす事さえしんどいです。時々あるんです。こんな時。今日も会社を休みます。

自分では何となく分かっているんです。なぜ会社に行く事ができないのか。何が自分の前向きな心を妨げているのか。2ヶ月休んで再出社して2週間。他の人達には、簡単な事だったのかもしれません。でも自分にはとても難しい事だったんです。

「他人は他人。」と言う事。たとえ同じ仲間であっても、手が空いていたり分かっている事でも、他人の領域には手も足も口も出さない。そんな仕事場になっていました。

この2週間は『十人十色』、『人は人』とそれもしかたがないんだ、と自分に言い聞かせながら過ごしてきました。けれど、仲間と思っていた一人一人にそしてやはり上司に、ずるさや自己保身、自分さえ良ければそれでいいという利己主義がはっきりと見えてしまった時、ずっと我慢してきたものが砂の城のようにボロボロと崩れていくのを感じました。

「誰だってそうなんだ。これが普通。」「もっとルーズに生きよう。」「過去の理想をいつまで追いかけているんだ。時代が代われば、人も代わっていくもの。」・・・この何日間かでいくつかの自分なりの言い訳を考えて、会社に行っても最低限の仕事のことだけを口にして、それ以外はただじっと『貝』になって目の前の仕事をクリアしてきました。

たぶん、明日からもきっと同じような日が続くのでしょう。相手を変える事はできない事はもう分かっているのだから、自分の考え方、人の見方や付き合い方を変えていくしかないんです。でもなんか、悲しいです。なぜ仲間であるはずなのに足を引っ張り合ったり、陰口や悪口をいいあったり、差別や無視、個人の感情を全く関係のない自分の部下や後輩に当り散らすのでしょう。

今は「自分が生きるために、会社に行こう。」

なんてこころの狭い考え方だろうと自分は思います。でも本当に生きていくためには、こうでも思って今を乗り切るしかないのです。

裏方でもいいから、「人に喜んでもらえる仕事がしたい。」「ありがとう。」と思ってもらう事のできる仕事がしたい。たとえ体は疲れても「充実感を味わえる仕事がしたい。」

自分で何かを変えれば、ひとつでも実現できるのでしょうか?それともみんなそう思っていてもできないものなのでしょうか?

きっと明日は立ち上がります。でも、『今日は、沈んでいていいですか?』