栽培種が多くなったので、日本古来の撫子であるカワラナデシコは少なくなった。撫でるほどにかわいい花という意味の名前だが、大和なでしことかサッカーのナデシコ・リーグとか、含意は複雑になっている。神代植物公園の植物多様性センターの「礫地エリア」で大切にされていた。秋の七草の一つでもあり、俳句では秋の季語だが、名前と風姿に誘われて、例句は多い。「撫子や若き女の世すて人 正岡子規 撫子」は分かりやすい。
(2019-07 東京都 神代植物公園)
カワラナデシコ(河原撫子、Dianthus superbus L. var. longicalycinus (Maxim.) F.N.Williams)とは、ナデシコ科ナデシコ属の多年草。秋の七草の1つであるナデシコ(撫子)は本(変)種のことを指す。別名(異名)はナデシコ、ヤマトナデシコ
概要
日本では本州以西四国、九州に広く分布するほか、沖縄諸島(久米島・渡名喜島)に少数が自生する。日本国外では朝鮮、中国、台湾に分布する。主に日当たりの良い草原や河原に生育するが、路傍や山地の斜面、海岸の砂浜等でも生育する。
多年草で、高さ30~50cm。茎は根から叢生し、節が膨らむ。葉は対生、線形~線状披針形で長さ4~7cm、先端は鋭く尖り、基部は茎を抱きこみ(抱茎)、無毛で、粉白色を呈す。葉柄は無い。花期は6~9月。花は茎の頂端に付き、直径4~5cm、がく片は3~4cm、苞(ほう)は3~4対ある。花弁は5枚で、先が糸状に細裂している。雄蕊は10本、雌蕊は花柱2本。色は、淡紅色が一般的だが、白色も多い。また、淡紅色と白色が混ざっている個体もある。栽培していると白色のものが淡紅色に変化したりもする。
日本では、自生地の開発や園芸用の採集、動物による食害、外来種の影響等で減少している地域もある。また、カワラナデシコは草原等の開けた環境を好む種であり、そのような環境が遷移の進行に伴い、日当たりの悪い陰的な環境に変化すると生育に適さなくなる。これは自然現象ではあるが、昔は、草原や山地、河原等の環境は人の手により草刈や枝打ち等され、里山的な利用が行われてきた。これで、日当たりの良い開けた環境が継続してきたという背景がある。近年の人間の生活習慣の変化で、このような「人為的なかく乱」が行われなくなると、カワラナデシコに代表される人間と密接な関係のある普通種が、その自生地や個体数を減少させてしまう結果となりうる。
利用
秋の七草の1つであることから分かるように観賞価値を認められた。栽培も行われ、特に江戸時代には変わり花の栽培が盛んで、古典園芸植物の一つともなっていたが、現在ではほとんど見られなくなり、わずかに伊勢ナデシコと呼ばれる一群などが維持されている。また、他のダイアンサス(ナデシコ)類の交配材料にも用いられる 。
薬用としても利用されており、開花期の全草を瞿麦(くばく)、種子を乾燥したものを瞿麦子(くばくし)と言い、利尿作用や通経作用がある。
撫子 の例句(
あけぼのの舟をたゝくや白撫子 飯島晴子
かたまつて撫子とんで野萱草 森澄雄
かんずめのかんに撫子さして当分ご滞在ですか 荻原井泉水
この石割らば白き撫子あらはれでん 平井照敏 猫町
これがまあ一茶の詠みし撫子か 鷹羽狩行
なてしこの小石ましりに咲にけり 正岡子規 撫子
なてしこは妹がかへ名かありかたや 正岡子規 撫子
なてし子のこけて其まゝ咲にけり 正岡子規 撫子
なてし子や皆のらはべのいくゝねり 正岡子規 撫子
なてし子をつかんて眠る小ども哉 正岡子規 撫子
なでしこにざうとこけたり竹釣瓶 正岡子規 撫子
なでしこにぶらさがりたるこてふ哉 正岡子規 撫子
なでしこに蝶ぶらさがるたわみ哉 正岡子規 撫子
なでしこや歌神に侍すさとめぐり 角川源義
なでしこや賤の女になき忌み言葉 鷹羽狩行
ほそ道の川原撫子男の子めく 佐藤鬼房
サロマ湖の撫子の咲き乱れたる 高野素十
一束の盆花桔梗なでしこと 細見綾子
井戸はたにいもの撫子あれにけり 正岡子規 撫子
井戸端に妹が撫し子あれにけり 正岡子規 撫子
今日不滅撫子を突き出して居る 永田耕衣
児も居らず愛子の村の野撫子 正岡子規 撫子
八輪その中、日本の撫子田中急流に乗る 荻原井泉水
咲てから又撫し子のやせにけり 正岡子規 撫子
喘ぎ喘ぎ撫し子の上に倒れけり 正岡子規 撫子
四五本の撫子うゑてながめかな 原石鼎 花影
土堤に撫子摘むは天下に我一人 永田耕衣
夕焼け河原の撫子に花火筒を据う 尾崎放哉 大正時代
大阿蘇や撫子なべて傾ぎ咲く 岡井省二 前後
夫あらず花撫子と苔の墓 角川源義
小屏風の撫子見ても子を思ふ 正岡子規 撫子
思ひあまり撫子痩せぬ小石原 正岡子規 撫子
我が摘みて撫子既に無き堤 永田耕衣
投げ挿せる撫子や石のすずしさに 荻原井泉水
摺えゐる撫子に水太く打つ 日野草城
撫し子に馬けつまづく河原かな 正岡子規 撫子
撫し子のはかなや石に根を持て 正岡子規 撫子
撫し子の我から伏して咲にけり 正岡子規 撫子
撫し子の河原も広し大井河 正岡子規 撫子
撫し子やものなつかしき昔ぶり 正岡子規 撫子
撫し子や人には見えぬ笠のうら 正岡子規 撫子
撫し子や壁落ちかゝる牛の小屋 正岡子規 撫子
撫し子を横にくはへし野馬哉 正岡子規 撫子
撫子が崖に冬咲き蜑 山口青邨
撫子にはじまる句碑の秋の草 深見けん二
撫子に帽子をとりて荒筵 古舘曹人 砂の音
撫子に白布晒す河原哉 正岡子規 撫子
撫子に草丈のみなすぐれけり 石田勝彦 秋興
撫子に蝶々白し誰の魂 正岡子規 撫子
撫子に褌乾く夕日哉 正岡子規 撫子
撫子に踏みそこねるな右の足 正岡子規 撫子
撫子に迎火映る小庭哉 正岡子規 迎火
撫子に遊び友達もなかりけり 尾崎放哉 大学時代
撫子に雷ふるふ小庭かな 正岡子規 撫子
撫子の句碑になでしこ早や咲きて(秩父長瀞に欣一句碑成る) 細見綾子
撫子の挿芽つきしははつきりと 右城暮石 句集外 昭和十三年
撫子の種つるしたり花もある 正岡子規 草の実
撫子の紅もかなしき捨扇 山口青邨
撫子の老撫子を撫でながら(献亡妻ユキヱ*七句・昭和六十一年九月三日・八十四歳) 人生 永田耕衣
撫子の脇を思えば河ばかり 正岡子規 人生
撫子の花にあはれや蛇の衣 正岡子規 蛇の衣
撫子は昼顔恨む姿あり 正岡子規 撫子
撫子は月にも日にも細りけり 正岡子規 撫子
撫子も挿し十分に意を得たり 中村汀女
撫子も木賊の丈も秋に入る 中村汀女
撫子も白芙蓉も白秋暑し 山口青邨
撫子やただ滾々と川流る 山口青邨
撫子やぬれて小さき墓の膝 中村草田男
撫子や上野の夕日照り返す 正岡子規 撫子
撫子や出水にさわぐ土手の人 正岡子規 撫子
撫子や吾に昔の心あり 正岡子規 撫子
撫子や少年の脛濡れやすく 星野麥丘人
撫子や我が跡空の動くらん 正岡子規 葱室
撫子や死なで空しき人のむれ 永田耕衣
撫子や母とも過ぎにし伊吹山 中村草田男
撫子や海の夜明の草の原 河東碧梧桐
撫子や腹をいためて胤(たね)をつぎ 平畑静塔
撫子や若き女の世すて人 正岡子規 撫子
撫子や高野の道の地蔵堂 河東碧梧桐
撫子や麓ともなく日のさして 岡井省二 鹿野
撫子をいためて豪雨去る岬 飯島晴子
撫子を折る旅人もなかりけり 正岡子規 撫子
日やけせし顔でなでしこ匂ひすと 細見綾子 桃は八重
昔猪睾丸にヨク撫子写りぬ 永田耕衣
昭和すでに撫子はみな何処へ行きし 中村苑子
月よりも夏の灯強し撫子に 日野草城
朝見れば撫し子多し草枕 正岡子規 撫子
末枯やかはらなでしこ石にそひ 山口青邨
桔梗折れば撫子恨む女心 正岡子規 桔梗
梅干すや撫子弱る日の盛 正岡子規 梅干す
棒切れの吾身撫子摘み合はせ 永田耕衣
汐さして葛撫子の勢ひけり 前田普羅 能登蒼し
汗拭いてあたり撫子畑かな 岡井省二 鹿野
浜撫子 先行く海女に消えられて 伊丹三樹彦
浜撫子いまだ心の喪を解かず 鈴木真砂女 夕螢
海大風たえず撫子倒れ咲く 村山故郷
海量もて身心とするに撫子 永田耕衣
海霧うすれきて撫子の吹かれどほし 清崎敏郎
涼風や撫子の土手半ば刈られ 松崎鉄之介
牛の子の床なつかしや野撫子 正岡子規 撫子
秋立つかやゝ撫子のしどろなる 正岡子規 立秋
秋風に撫子白き桔梗哉 正岡子規 秋風
絵屏風の撫子赤し子を憶ふ 正岡子規 撫子
耳もとに高嶺撫子吹かれけり 古舘曹人 樹下石上
花勝に撫し子咲きし山家哉 正岡子規 撫子
花痩せぬ秋にわづらふ野撫子 正岡子規 秋
花細し秋にわづらふ野撫子 正岡子規 秋
萩桔梗撫子なんど萌えにけり 正岡子規 草萌
萩薄撫子なんど萌えにけり 正岡子規 草萌
蝶の翅焦げいろ河原撫子まで 三橋鷹女
蝶一つ撫子の花を去り得ざる 正岡子規 撫子
蟹満寺にのこるなでしこ踏むまじく 赤尾兜子 玄玄
路傍の阜(をか)旅人凭らしむ小撫子 中村草田男
野の道に撫子咲きぬ雲の峯 正岡子規 雲の峯
野仏の供華に虫取撫子も 松崎鉄之介
魂去るや唐撫子の紅の中 飯田龍太
黒揚羽虫とりなでしこにも止まり(千葉県神野寺) 細見綾子