Japan Airlines (JAL) Airbus A300-600R JA8657 @ Hiroshima [20100710_1536]
エアバスA300-600Rという飛行機があります。
通っぽく言うとAB6なんてよんだりする飛行機です。
(”エービーシックス”と読みます)
元々はJASの主力機だったのですが、
人も荷物も沢山積めて、結構な距離を飛べた事、
濃霧でも着陸出来る装置(ILSといいます)に
高いレベルで対応している事などが重宝がられて
JALと合併した後も、日本の空を飛び続けていました。
私がよく利用する広島空港は
しょっちゅう濃霧で車の運転も危ない
天候になってしまうので、
(流石は成田と双璧を成す”政治家が勝手に作りやがったっちゃった空港”です)
霧に強いAB6は広島線で活躍していました。
主翼のフラップに付いている整流版が多いのが、
AB6の外観上の特徴。(と思われる)
そのAB6、昨年発表されたJAL再建計画の一環で
ジャンボジェットことボーイング747とともに退役する事になり、
その日が先月の31日でした。
JALの看板フリート(飛行機の事を、そう呼びます)だった
ジャンボジェットが華々しく引退していったのに対して
外観上特に特徴が無いAB6はひっそりと退役。
ただ、本来は3月26日に退役予定だったのですが、
先の震災で新幹線が止まってしまった事から
連鎖的に飛行機が機材不足になっていたそうで、
(そういえば最近、機材繰り都合の変更や欠航が多かった)
AB6も引退を先延ばしにして
最後の一仕事をしていたんだそうです。
他に急遽避難所になった赤プリ
なんかを思い出しますが、
こういうの、結構あるみたいですね。
フカフカのシートと、眼下の雲がシンクロしていきます。
ところで今回、何で飛行機を取り上げたのかというと、
AB6、フランス製なんですね。
日本の空はアメリカのボーイングに
占領されつつあるのですが、
ボーイングの飛行機、新しくなるにつれて
シートが粗雑になっています。
ANAのトリプルセブンに導入した
新しい椅子なんかは、野球場のシート以下の出来なので、
椅子マニア(そして腰痛持ち)の私としては、
最近敬遠している飛行機です。
それに比べてAB6のシートは
流石にクッションが十分、という程ではないものの、
80年代のフランス車を思い出す様な
フカフカ8、クタクタ2の配分の
絶妙な座り心地でした。
前途の霧で降りられないリスクが少ない
という予備知識も持っていたので、
基本ANA派の私も、機材がAB6の時はJALに乗っていました。
密やかに送られるの図
本来JALから退役する事になっていた
3月頃、ビッグバード(羽田の第1)の屋上で
ひっそりとAB6ありがとう展示というのがされていました。
好事家の方が撮ったらしい写真パネルを前に、
AB6に乗っていらしたパイロットの方々が
一般客に当時の話をしてくれるといった趣。
私もあるパイロットさんに声をかけてみたところ
JAS時代の華やかだった思い出話をしてくれました。
(蛇足ながらJASのスチュワーデスさんは奇麗な人が多かったし。)
パイロットさんが見せてくれた社員証の裏には
JASのステッカーが貼ってありました。
死して志残る、といった感じですね。
ノスタルジーです。
ちなみにAB6は大韓航空が成田-ソウル便で若干運用しているので
乗ろうと思えば簡単に乗る事ができます。
また、JALを退役したAB6は、その殆どが
大きな収納を買われてカーゴ便に成り代わるそうです。
そちらの方面では引っ張りだこなんだとか。
ちょっと浮かばれる思いですね。
エアバスA300-600Rという飛行機があります。
通っぽく言うとAB6なんてよんだりする飛行機です。
(”エービーシックス”と読みます)
元々はJASの主力機だったのですが、
人も荷物も沢山積めて、結構な距離を飛べた事、
濃霧でも着陸出来る装置(ILSといいます)に
高いレベルで対応している事などが重宝がられて
JALと合併した後も、日本の空を飛び続けていました。
私がよく利用する広島空港は
しょっちゅう濃霧で車の運転も危ない
天候になってしまうので、
(流石は成田と双璧を成す”政治家が勝手に作
霧に強いAB6は広島線で活躍していました。
主翼のフラップに付いている整流版が多いのが、
AB6の外観上の特徴。(と思われる)
そのAB6、昨年発表されたJAL再建計画の一環で
ジャンボジェットことボーイング747とともに退役する事になり、
その日が先月の31日でした。
JALの看板フリート(飛行機の事を、そう呼びます)だった
ジャンボジェットが華々しく引退していったのに対して
外観上特に特徴が無いAB6はひっそりと退役。
ただ、本来は3月26日に退役予定だったのですが、
先の震災で新幹線が止まってしまった事から
連鎖的に飛行機が機材不足になっていたそうで、
(そういえば最近、機材繰り都合の変更や欠航が多かった)
AB6も引退を先延ばしにして
最後の一仕事をしていたんだそうです。
他に急遽避難所になった赤プリ
なんかを思い出しますが、
こういうの、結構あるみたいですね。
フカフカのシートと、眼下の雲がシンクロしていきます。
ところで今回、何で飛行機を取り上げたのかというと、
AB6、フランス製なんですね。
日本の空はアメリカのボーイングに
占領されつつあるのですが、
ボーイングの飛行機、新しくなるにつれて
シートが粗雑になっています。
ANAのトリプルセブンに導入した
新しい椅子なんかは、野球場のシート以下の出来なので、
椅子マニア(そして腰痛持ち)の私としては、
最近敬遠している飛行機です。
それに比べてAB6のシートは
流石にクッションが十分、という程ではないものの、
80年代のフランス車を思い出す様な
フカフカ8、クタクタ2の配分の
絶妙な座り心地でした。
前途の霧で降りられないリスクが少ない
という予備知識も持っていたので、
基本ANA派の私も、機材がAB6の時はJALに乗っていました。
密やかに送られるの図
本来JALから退役する事になっていた
3月頃、ビッグバード(羽田の第1)の屋上で
ひっそりとAB6ありがとう展示というのがされていました。
好事家の方が撮ったらしい写真パネルを前に、
AB6に乗っていらしたパイロットの方々が
一般客に当時の話をしてくれるといった趣。
私もあるパイロットさんに声をかけてみたところ
JAS時代の華やかだった思い出話をしてくれました。
(蛇足ながらJASのスチュワーデスさんは奇麗な人が多かったし。)
パイロットさんが見せてくれた社員証の裏には
JASのステッカーが貼ってありました。
死して志残る、といった感じですね。
ノスタルジーです。
ちなみにAB6は大韓航空が成田-ソウル便で若干運用しているので
乗ろうと思えば簡単に乗る事ができます。
また、JALを退役したAB6は、その殆どが
大きな収納を買われてカーゴ便に成り代わるそうです。
そちらの方面では引っ張りだこなんだとか。
ちょっと浮かばれる思いですね。