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エッちゃんのSamba日記

40才からSamba/打楽器に目覚め、たぶん死ぬまでエッちゃんは呟いてます☆

9月生まれのArlindo Cruz

2015-09-17 19:57:56 | 音楽とか曲とかについて
Arlindo Cruz - Meu Lugar (MTV ao vivo)


MEGA★BRASILから

アルリンド・クルスことアルリンド・ドミンゴス・ダ・クルス・フィーリョは、リオデジャネイロ市郊外のマドゥレイラ出身。1958年9月14日生まれの57歳(2015年)。

父親もアマチュアながらミュージシャンだったため、ホーダ・ヂ・サンバが行われている家庭に育った。

7歳のときに、初めてカヴァキーニョを手にする。

12歳のときには、多くの音楽に触れ、兄のアシール・マルキス同様、ギターを習得。

2年間、音楽理論や読譜学習、クラシックギターをフロール・ド・メイエール学校で学んだ。
この頃から、カンデイアをはじめ様々なアーティストとホーダ・ヂ・サンバを行ったり、プロのミュージシャンとして活動を始める。

15歳のとき、ミナスジェライス州にある航空士官候補生の予備校であるバルバセナ校を修了。在学中も校内のコーラス隊で歌うなど、音楽から離れることはなかった。

予備校を卒業すると同時に、ブロコ・カルナバレスコ(路上のカーニバルで行進をする団体)、カシッキ・ヂ・ハモスで開催されていたホーダ・ヂ・サンバに参加。
毎週木曜日は、ジョルジ・アラガォン、ベッチ・カルヴァーリョ、ベト・セン・ブラッソ、ウビラーニ、アウミール・ギネットらとともに演奏した。
またこのホーダには、後にアルリンドと同じ道を歩む良きパートナー、ゼカ・パゴヂーニョも加わっていた。

カシッキのホーダ・ヂ・サンバに参加した最初の年、アルリンドが作曲した12曲が、様々な演奏者によってレコーディングされた。
最初の曲「リサォン・ヂ・マランドゥラージェン」を皮切りに、「グランヂ・エホ」(ベッチ・カルヴァーリョ)、「ノーヴォ・アモール」(アウシオーニ)など、多くのヒット曲を生んだ。

1980年代には、リオ郊外のカスカドゥーラで「パゴーヂ・ド・アルリンド」を主催。

1982年、ジョルジ・アラガォンが脱退したサンバの人気グループ、フンド・ヂ・キンタウへ加入。
以後12年間でほとんどのパゴーヂの演奏者と共演し、「セジャ・サンビスタ・タンベン」、「ソ・プラ・コントラリアール」、「カステロ・セラ」、「オ・マッパ・ダ・ミーナ」、「プリメイラ・ダマ」といった美しいヒット曲を生み出し、グループを牽引する。

同時にアルリンドの曲はさまざまなサンバのアーティストに取り上げられた。←曲の提供をしたんでしょうね~

ゼカ・パゴヂーニョへは、「バガッソ・ヂ・ラランジャ」、「カザウ・セン・ヴェルゴーニャ」、「ドール・ヂ・アモール」、「クァンド・エウ・チ・ヴィ・ショランド」を提供。

ベッチ・カルヴァーリョへは、「ジロー・コン・ピメンタ」、「パルチード・アウト・モラ・ノ・メウ・コラサォン」「ア・セッチ・シャーヴィス」を提供。

ヘイナウドへは、「プラ・セール・ミーニャ・ムーザ」、「オンヂ・エスタ」を提供した。

アルリンドは、550以上の曲を持つ男として名をはせたと同時に、、サンバにバンジョーを取り入れることを広めた人物だともいわれている。


1993年、フンド・ヂ・キンタウを脱退し、ソンブリーニャと組んで新たな活動を開始。そして数年後に結婚、同じアルリンドという名前の息子をもうける。

90年代半ばから、アルリンドは贔屓のエスコーラ・ヂ・サンバ(サンバ団体)「インペーリオ・セハーノ」のサンバエンヘード(カーニバルの行進のテーマ曲)を作曲するようになる。

1996年、「イ・ヴェラス・キ・ウン・フィーリョ・テウ・ナォン・フォージ・ア・ルタ」で、初めて同団体の作曲に参加。
2006年にはサンバ・エンヘードが、新聞「オ・グローボ」から優秀団体に贈られる “エスタンダルチ・ヂ・オウロ” を受賞する。

2008年、別のサンバ団体「グランヂ・リオ」にサンバ・エンヘード「ド・ヴェルヂ・ヂ・コアリー・ヴェン・メウ・ガス,サプカイ!」を提供する。

今も、アルリンドはソロとしてのキャリアを継続している。


故郷マドゥレイラのサンバチーム、インペリオ・セハーノと自身のパゴーヂの活動、
水曜夜と日曜午後にカルナヴァウのブロコ、
カシッキ・ヂ・ハモスの練習場で行われる「ホーダ・ヂ・パルチード・アウト」の活動を、30年ものあいだ続けている。

2009年半ばDVDとCD「アルリンド・クルス・MTV・アオ・ヴィーヴォ」(DeckDisc)をリリース。

2011年、アルバム「バトゥケス・イ・ホマンセス」をリリース。

2012年、アウシオーニ、カエターノ・ヴェローゾ、ゼカ・パゴヂーニョなどのゲストを迎えたライヴや新曲を収めたDVD&CD「バトゥケス・ド・メウ・ルガー」をリリース。

2014年にはリオデジャネイロ市とNGOの主導で、ヘアレンゴに「アルリンド・クルス文化センター」が設立された。

うーん違う所はわかりました。そして引用はまんまじじゃ駄目だってわかっていました★
最新記事じゃないし・・・って油断してましたわ★
で、これでいいのかしら?

メガブラジル様、こんな100IPに満たないブログに誠実なご指摘ありがとうございます。
私、すっかり初心を忘れておりました★★★
ケイタブラジルさんのご指摘だたんですね★←若いけどリべジ出身のこの業界での有名人ね♪




Serginho Beaga

2015-09-06 12:50:58 | 音楽とか曲とかについて
ここをTけ2さんにも発見されました★「マメにあげてるね~」Tけ2さんが意外にマメです。

以下のHPのほとんどコピペですすみませんm(__)m

ブラジル内陸部のミナス・ジェライス州の州都であるベロリゾンチ(Belo Horizonte)から、セルジーニョ・ベアガー(Serginho Beaga)
ベテランの域に達したサンビスタ(サンバを歌う人)です。
1958年の生まれ(57歳)6歳の頃、父親にプレゼントしてもらったカヴァキーニョ(4弦の小型ギター)を弾くところから彼の音楽人生がスタートしています。
サンバの巨匠たち、カルトーラ(Cartola)、ノエル・ホーザ(Noel Rosa)、パウリーニョ・ダ・ヴィオラ(Paulinho da Viola)、ネルソン・サルジェント(Nelson Sargento)、ゼカ・パゴヂーニョ(Zeca Pagodinho)等からとても多くのことを学び、独自のスタイルを築き上げていきました。
70年代にはプロとして活躍を始め、本場リオ・デ・ジャネイロ、そしてサンパウロにも積極的に出て行って、有名なエスコーラ・ヂ・サンバにも参加することになります。
べイジャ・フロール(Beija Flor)というリオの有名なエスコーラ・ヂ・サンバで、プシャドール(リード・ヴォーカル)を務めていたネギーニョ・ダ・ベイジャ・フロールにその才能を認められ、彼のバンドのメンバーになり、ネギーニョに楽曲を提供するようになります。
そしてネギーニョの素晴らしい歌声で大ヒットしたのが「O Dom que Deus Deu」というセルジーニョ・アガベーが作った曲でした。
それから活動の幅が広がり、ドミンギーニョス・ヂ・エスタシオ(Dominguinhos de Estacio)、レシ・ブランダォン(Leci Brandao)、ジョヴェリーナ・ペロラ・ネグラ(Jovelina Perola Negra)、アジェペー(Agepe)、デモニオス・ダ・ガロア(Demonios da Garoa)、ヂオゴ・ノゲイラ(Diogo Nogueira)、アリネ・カリスト(Aline Calixto)、マルキーニョス・サタン(Marquinhos Sathan)、エリアニ・ジャンセン(Eliane Jansen)、マルキーニョス・ハモス(Marquinhos Ramos)ら、新旧さまざまなサンビスタたちに楽曲を提供していきます。
そしてセルジーニョは地元のミナス・ジェライス州のカーニヴァルで作曲と歌唱の部門で賞を獲得し、リオではマンゲイラ(Estacao Primeira de Mangueira)、ウニドス・ダ・ポンチ(Unidos de Ponte)、サルゲイロ(Salgueiro)、インペラトリス・レオポルヂネンシ(Imperatriz Leopoldinense)等にコンポーザーとして参加しました。現在セルジーニョはリオのエスコーラ、エスタシオ・ヂ・サー(Estacio de Sa)のコンポーザー・チームの一人として、毎年エスタシオのエンヘード作曲に関わっています。


Serginho Beaga

トゥピニキーン・エンターテイメントHP

9曲目がO Dom que Deus Deu


現実逃避中~(^_^;)



Samurai - Djavan - Luz

2015-07-05 14:02:10 | 音楽とか曲とかについて
Samurai - Djavan - Luz


課題図書を読まなきゃなんだけど、ついサンバタウンで見て面白かったんで貰っちゃいます♪
訳詞ってポル語が分かってるだけじゃ難しくって、スラングやらあるので背景やら生活やら…わかっても作った本人に聞いても推測するしかないっていうのもあるのかなぁ~

ジャヴァン(ヂジャヴァン?)はチームの方にCDもらったり、音源教えてもらったけどsambaにしちゃ~オシャレだわ~と思ったなぁ~。
爽やかな歌声なんだけど情熱的
サンバタウン


Samurai (サムライ)

ああ 求めるほどに
ぼくの心に入り込んでくる

ああ ぼくを苦しませる
死にたくなる
死なずとも 傷ついてしまう

行ってくれ
ぼくに何も告げずに
情熱の館の中で

出て行ってくれ
これ以上求めれば
僕に呪いがかかって
肌を撫でてしまう

広がりたまえ 月の光よ
この情熱の深い闇を照らすため

僕は愛の力に
立ち向かおうとしたのだが
勝者の足元に跪いた
サムライのしもべとなって

けれど僕はかくも幸せ
愛がとまらないとはよく言ったもの



Ai
Quanto querer
Cabe em meu coração
Ai
Me faz sofrer
Faz que me mata
E se não mata, fere

Vai
Sem me dizer
Na casa da paixão
Sai
Quando bem quer
Traz uma praga
E me afaga a pele

Crescei, luar
Pra iluminar as trevas
Fundas da paixão
Eu quis lutar
Contra o poder do amor
Caí nos pés do vencedor
Para ser o serviçal
De um samurai
Mas eu tô tão feliz!
Dizem que o amor atrai


【作詞/作曲 Djavan】


年越しライブ

2015-01-01 02:47:32 | 音楽とか曲とかについて
Kotaro Oshio - BOLERO(PV): http://youtu.be/FoXZIv0CwDs
明けましておめでとうございます~(^_^)

http://youtu.be/FoXZIv0CwDs 押尾コータローの年越しライブに行って来ました。
ボレロから始まり、ゲストに、さだまさし、綾戸智恵。


年齢層高めのライブでした。

さださんとの約束通り、ライブ後にNHKに出てました。


ライブもジャズやロックも聞けて
面白かったです~(*^^*)
早く寝よ~(σω-)。о゜


CHORO CLUBU

2014-12-07 16:08:30 | 音楽とか曲とかについて
約12時間の拘束勤務中、流して良いCDの山のなか、みっけ♪
眠くなる曲のなか、このCDは気怠い午後3~4回リピートしてもみんなから文句なし(笑)
ボサノバじゃなく、程よく跳ねるイロンナ曲が丁度良かった。
しかし…hpこの3人を見てlive行きたいとは思えん…曲聞かないと(^_^;)

CHORO CLUBU

SONGS 1997年のCD


Grupo Revela�・�・o - Conselho (DVD Ao Vivo No Olimpo)

2013-12-19 23:13:49 | 音楽とか曲とかについて
何度も載せてるヘヴェラサオン。
samba songbookuを2冊、出来もしないのに買った時、店主Aべさんに「NO.1」は定番すぎて皆やらないね~。バンドでやるなら「NO.2」の方だよ。
…Conselhoは「NO.1」にのってる、Triste Madrugadaも。
誰基準かわかんないけど、1も2も好きだよ。自分でやるとは思わなかったよ。しかも、…これってバンドなのか?考えたら…。ほとんど、用意してくれた環境に、乗っかっただけですが。
うん、ガラじゃないけど、頑張ってみますか(笑)

Grupo Revela�・�・o - Conselho (DVD Ao Vivo No Olimpo)

どーでもいいけど

2013-09-27 20:28:16 | 音楽とか曲とかについて
私世代、歌のトップテンだのうた番組がなくなっても、テレ朝が続けてきたミュージックステーション…浜崎あゆみ居ないな~って見てみたら、まぁいいさ、そんなもんさ、地方からスカウトされて第一線で10年以上やれば気にもなるわな。で、第一線だったんで、落ち目ぐらいに面白おかしく言われるくだらない世界。ほかの価値を自分で見つけて自分を信じて生きていければいのさ。ホント、TV見ない私なんだけど…。このTVも最後まで見れないかもね(笑)