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J@Dの備忘録

おっさんの備忘録
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北陸旅行2日目(勝山・白山神社巡り)

2019年07月09日 | おでかけ


今日は曇り時々雨。今朝は上空に厚い雲が広がっていて、弱い雨がパラパラと降っている。朝の気温は22℃で弱い北風が吹いている。湿度が高く、ヒンヤリとした空気がシメシメと感じられる。遠くの景色が靄で霞んで見えた。
今日は平日と同じ5時過ぎに起床した。朝風呂に行こうと、旅館の大浴場に向かう。大浴場に設けられた露天風呂に行くと、雨がポツリポツリと降っていた。熱い風呂に浸かっていると、目も覚めてスッキリとした気分になった。

北陸旅行2日目の今日は国史跡 白山平泉寺に行くことにしている。白山平泉寺までは旅館の最寄りの駅であるえちぜん鉄道あわら湯のまち駅から白山平泉寺の最寄りの駅である勝山駅まで電車を乗り継いでいくことにした。とはいっても、電車は1時間に2本しかない。そのため、旅館の朝食を早めに済ませて出かけることにした。
旅館からは最寄りの駅であるえちぜん鉄道あわら湯のまち駅まで旅館の送迎バスで送ってもらった。ここから電車に乗ってえちぜん鉄道勝山駅に向かった。


あわら湯のまち駅から福井口駅まで行き、ここで乗り換えて、勝山駅まで行く。約1時間40分ほどの電車旅である。


電車に乗っていると雨が降ってきた。福井口駅で勝山永平寺線に乗り換え、勝山駅に向かう。途中で雨は止んだ。えちぜん鉄道勝山駅に到着したのは9時48分である。


ちなみにえちぜん鉄道勝山駅の駅舎は木造2階建寄棟造、桟瓦葺で、登録有形文化財に指定されている。


勝山駅から白山平泉寺までは約5km余あり、バスも1日に3本ほどしかない。そこで、駅前からタクシーを呼んで、白山平泉寺に向かうことにした。白山平泉寺は霊峰白山へお参りをするときの登り口として717年に泰澄大師により開かれた霊場で、平安時代の末期には延暦寺の末寺となり、白山信仰の拠点とし栄えたとのこと。戦国時代末期には一向一揆により、焼失してしまったが、江戸時代に再興された。しかし、1868年明治政府より出された神仏分離令により、神社として分離独立して、現在は平泉寺白山神社となっているとのこと。


なお、白山神社の周辺では発掘調査が行われており、膨大な数の僧坊跡や中央に走る石畳の道、排水溝などが見つかっているとのことである。
白山神社の入口の左手には顕海寺という天台宗の寺がある。この寺は平泉寺の塔頭の1つであったとのことである。


この寺の前を通り過ぎて階段を登り、白山神社の一の鳥居をくぐる。


正面には奥に向かう参道があり、左手には社務所がある。


まずは社務所に入り、御朱印をもらった。


社務所の右手には旧玄成院庭園がある。この庭園は室町幕府の管領 細川高国により作庭されたと伝えられる枯山水の庭園で、北陸で一番古い庭とのことである。昭和5年に国の名勝に指定された庭園内には沙羅双樹が花をつけていて、苔の上に花がいくつも落ちているのが印象的だった。


社務所を後にすると再び、参道に戻って奥に進む。二の鳥居をくぐると、正面に拝殿が見える。


現在の拝殿は焼失後に江戸時代末期に再建された建物である。


この拝殿の裏の階段を上がると、正面には伊弉冊尊(いざなみのみこと)を御祭神とする御本社がある。


この社殿は越前藩主松平重富公による再建で総欅の入母屋造榑葺(くれぶき)の建物である。


この御本社の左手には御祭神を大己貴尊(大国主命)とする越南知社がある。


また右手には天忍穂耳尊を御祭神とする別三社がある。


これらは白山山頂の三山のそれぞれの神を祀っており、白山三社の神々を勧進することは当社創建以来の姿と思われるとのことである。また中世から近世には更に金剱社と加宝社が加えられ、五社が整然と立ち並んでいたという。
右手の奥には鳥居があり、これをくぐって階段を上がると三宮がある。


祀られているのは、栲幡千々姫尊で安産の神様である。この三宮の裏手には白山への登山道(白山禅定道)の入口となっているが、金網で入れないようになっていた。また三宮の前には楠木正成の供養塔がある。


三宮から降りて来ると、南谷発掘現場に向かった。


この場所は三千六百坊を擁する南谷と呼ばれる地区で中世の石畳道や排水路などが発掘されている。


御本社を参拝するあたりから雨がポツリポツリと降ってきていたが、この南谷発掘現場を歩いていると、だいぶ雨が強く降ってきた。この現場はかなり広くて、もう少しゆっくりと歩いてみたいところだったが、かなり疲れもきているので、参道に戻った。
白山神社を後にする頃には本格的に雨が降ってきた。白山神社の前には「白山平泉寺歴史探幽館 まほろば」という建物がある。ここで休憩を兼ねて雨宿りをすることにした。


館内は史跡平泉寺や白山の歴史・自然・文化に関することを展示紹介している。展示を一巡したものの、外は本格的に雨が降っている。昼間の最高気温は24℃を下回る位で、夏日とはならなかったものの、湿度が高くて蒸し暑い。額や首筋から汗が吹き出て、汗拭き用のタオルが手放せなかった。

施設を後にすると、白山神社旧参道を下ることにした。旧参道の途中には、石畳の参道が約700mほど残っている。この参道は中世に僧兵たちが九頭竜川の河原の石を運んだと伝えられている。参道の両側には杉、檜、欅、松など鬱蒼とした並木が続いている。


参道の入口まで来た。


目の前には勝山城博物館が見える。戦国時代の勝山城は柴田勝家の一族である柴田勝安によって築城されたが、明治になって廃城となり、城跡には勝山市役所等が設けられている。この勝山城博物館は歴史上の勝山城とは位置・形式ともに関係はない。ただ、この6階にある展望台からは白山平泉寺旧境内が一望できるとあって、登ってみることにした。


勝山城博物館に入る。館内は人気がほとんど無くて閑散としているが、施設はとても綺麗である。入口で入館料を払うと、エレベーターで展望台に上った。展望台からは勝山市街地が一望できる。東の方角には白山平泉寺旧境内が眼下に広がっている。白山神社の境内の両脇には田畑が広がっているが、ここにはかつて合計6千の僧坊があった場所である。白山神社の後背には白山三山が見えるはずだが、今日は雲に隠れてしまっていた。


博物館の館内は創立者の集めた甲冑や刀剣などの武具などのコレクションが展示されているとのことだったが、見るべき展示品も少なく、博物館を後にした。
お昼を食べるために市内の温泉センターにタクシーで移動したものの、営業時間を過ぎてしまい、やむなく、勝山駅に戻った。勝山駅から電車に乗って、福井駅に向かった。電車に乗っていると、しばらくして雨が止んだ。

福井駅に到着すると、上空には雲が多いものの、青空が見えていて日も射している。


駅前にある商業ビルで土産店をいくつか廻り、その後、休憩を兼ねて、お茶をすることにした。

( 今日のスイーツ(抹茶クリームパンケーキ@フラッフィー パンケーキ アオッサ店) に続く )

えちぜん鉄道福井駅から三国芦原線に乗ってあわら湯のまち駅に向かう。福井駅からあわら湯のまち駅までは電車で40分くらいの行程である。
あわら湯のまち駅に到着したのは18時19分である。急いで旅館に戻ると、夕食の時間に間に合うために風呂で汗も流せずに、旅館内のダイニングに向かった。


北陸旅行1日目(金沢市中巡り)

2019年07月08日 | おでかけ


今日は曇りときどき晴れ。今朝は上空に厚い雲が広がっていて、日射しの無い朝となった。朝の気温は18℃で北よりの風が吹いている。昨夜降った雨で路面はまだ乾ききっておらず、湿度が高くて、シメシメとした空気がヒンヤリと感じられた。
今日から夏休を4日取得した。更に金曜日も有休を1日取って、今週は1週間休みにしてしまった。来週の月曜日は海の日で祝日だから、一昨日の土曜日から数えると10連休ということになる。

この休みに妻と北陸に旅行に出かけることにして、先月、旅行代理店で宿の予約をした。今日から2泊3日で金沢を経由して福井に旅行に行くことにしている。
今朝は6時に起きて家を出ると、日野駅から電車に乗って大宮駅に向かう。大宮駅からは北陸新幹線「かがやき」に乗って金沢に向かった。


金沢駅に到着したのは、11時6分である。


金沢駅の改札を抜けると、駅前のホテルの1階にある旅行代理店専用の荷物一時預け所で大きい手荷物を預け、デイパックを担いで、金沢市中を観光することにした。まずはお昼を食べるため、金沢駅兼六園口から金沢駅前通りを歩いて近江町市場に向かった。

( 今日のランチ(市場海鮮丼@廻る近江町市場寿し 本店) に続く )

日中は雲が多いものの、日も射して気温は上がった。昼間の最高気温は26℃で夏日となり、湿度が高くて蒸し暑い。西よりの風が吹いていて、涼しくは感じられるものの、汗が額や首筋に浮かんで、汗拭き用のタオルが手放せなかった。
お昼を食べた後は金沢城公園の周囲を走るお堀通りを反時計回りに歩くようにして兼六園に向かう。百万石通りと交差する広坂交差点にさしかかったところで、正面に兼六園真弓坂口が見えるが、百万石通りを挟んだところに金沢最古の宮として、 三輪神社を号した石浦神社があり、ここで参拝することにした。


この神社は大物主大神(大国主大神)をはじめとする7柱の神々を御祭神とする神社である。
石浦神社では先月28日から半年が経過した節目に、次の半年の平穏を願う夏詣が始まっている。鳥居をくぐると小さい朱塗りの鳥居が安置されて、絵付けした風鈴が吊られている。風が吹くと、風鈴が涼やかな音を奏でた。


鳥居をくぐると、正面に拝殿があり、拝殿の前に茅の輪が安置されている。茅の輪をくぐり、拝殿で参拝。


拝殿の右手にある社務所で御朱印をもらった。
石浦神社を出ると、兼六園真弓坂口から兼六園に入る。


兼六園は金沢城の外郭として城に属した庭で、加賀藩5代藩主前田綱紀が作庭した林泉回遊式大名庭園である。


庭には大小の池を設け、曲水をつくり、各種の石橋を架けている。宏大・幽邃、人力・蒼古、水泉・眺望の六勝を兼備するという意味で「兼六園」が命名されたとのことである。


兼六園を一巡し、園内にあるお休み処の一つ「奇観亭」で休憩する。旅行代理店でもらったクーポンを渡し、金箔入りのお茶とお団子を1本もらった。


お茶は玄米茶のようなあられに金箔が浮かんでいる。温かい金箔入りの緑茶は、こんぶ茶のような味わいで美味しい。


お団子は上新粉を練ってつくった団子に砂糖醤油の葛餡をかけている。


団子には焦げ目がついていて、もちもちとした食感である。お団子を食べて、お茶を飲むと、少し落ち着いた。
お団子を食べた後は、別途代金を払って、氷宇治金時をもらうことにした。運ばれてきた氷宇治金時はトレーの上に載せられていて、プラスチックのスプーンが添えられている。その宇治金時は、ガラスの器にかき氷がたっぷりと盛られ、その上から抹茶シロップがかけられていて、粒餡がたっぷりと載せられている。


スプーンでかき氷を食べる。ほどよい甘さの粒餡と抹茶シロップがかけられた冷たい氷の微妙なコンピネーションが美味しい。熱くなった体に、一抹の涼気が流れ込んだ。少し、ホッとできた気分である。氷宇治金時を食べた後は、お冷やを一杯もらって、少し休んだ。
少し休んだところで、店を出る。最寄りの桂坂口から出ると、兼六園を後にした。

兼六園から金沢駅に向かうのだが、近道しようと石川橋を渡り、金沢城公園を抜けて行くことにした。加賀百万石のシンボルである金沢城は、前田利家により本格的な建城が行われたが、その後、火災で城のほとんどを消失したとのことで、焼け残った石川門と三十間長屋は國の重要文化財に指定されている。
平成8年に金沢城公園として整備された園内には、河北門などいくつかの建物が再建されている。この江北門は三の丸の正面であり、金沢城の実質的な正門と位置づけられている。


河北門は脇の階段から上ることができ、内部は公開されている。


河北門を後にすると、黒門口から出て、金沢駅に向かった。
金沢駅からは特急「サンダーバード」に乗って、芦原温泉駅に向かう。


金沢駅から芦原温泉駅までは40分弱ほどで到着した。


芦原温泉駅には旅館送迎バスが来ていて、バスに乗って旅館に向かう。
旅館に着くと、早々に温泉に入って汗を流した。


福島旅行2日目(伊藤若沖展@福島県立美術館)

2019年05月02日 | おでかけ


今日は曇り後晴れ。今朝は上空に雲が多く浮かんでいるものの、雲と雲の合間から青空が見えて、朝日が射し込んでいる。福島の朝の気温は14℃で弱い気たよりの風が吹いている。深夜に雨が降ったらしく、空気が幾分湿っているように感じられたが、路面は既に乾いていた。
ホテルの朝食を済ませた後、すぐにチェックアウトをせずに、ピークを外して少し遅めにチェックアウトした。今日の予定は福島県立美術館で開催されている「東日本大震災復興祈念 伊藤若沖展」を見に行くことにしている。美術館の開館が9時30分なので、これにあわせていけば良い。

ところで、昨日から急に鼻がぐずつくようになった。まだ福島では花粉がかなり飛んでいるのか。かなり辛い。
ホテルをチェックアウトすると、荷物をホテルのフロントに預けて、福島交通飯坂線福島駅に向かう。昨日と同様、駅窓口で美術館の当日入場券付フリー乗車券を購入する。これは当日入場券と飯坂線福島駅から福島県立美術館の最寄り駅である美術館図書館前駅間のフリー乗車券をセットにしたお得な乗車券である。

福島駅から飯坂線に乗って、美術館図書館前駅で下車した。


駅から美術館までは歩いて2分位といったところである。
美術館は混んでいた。展示室に入ってから出るまでに、2時間以上を要した。今回の展示会では国内外から若沖の作品が約100点展示されている。なかなか見応えのある作品ばかりである。


展示は5部に分けて展示されている。展示をみた後、美術館の常設展を見てミュージアムショップで絵葉書を2枚購入した。買ったのはいずれも若沖展で印象に残った作品である。美術館を出ると美術館図書館前駅に戻った。


日中は雲が多いものの、日射しが出て明るくなった。今日は暦の上では八十八夜ということ立春から数えて八十八日目にあたり、春から夏に移る節目でもある。昼間の最高気温は20℃で昨日よりは低くなったが、日射しがポカポカと暖かく感じられる。北寄りの風が強く吹いていて湿度が低く、空気がカラリと感じられた。
鼻の調子が悪く、午後に福島市内の寺院を廻るつもりでいたが、それは厳しそうである。とりあえず、福島駅に戻り、遅いお昼を食べることにした。

( 今日のランチ(ビーフステーキ&チキングリルセット@ザ・セレクトン福島 ラ・セーヌ) に続く )

お昼を食べた後は福島市内を軽く散策した後、お土産を買って新幹線に乗って帰宅の途に着く。


福島駅から自宅までは2時間程度といった行程である。これだけ時間的に近いと、そんなに遠くないように思えた。


家に着くと、ちょっとホッとした気分になる。ぐずっていた鼻もだいぶ良くなったようである。


福島旅行1日目(医王寺~中野不動尊)

2019年05月01日 | おでかけ


令和元年初日の今日は曇り。今朝は西の空に雲の合間から青空が見えていたが、東の空にはどんよりとした雲が広がっている。昨日降った雨は既に止んでいて、路面はしっとりと濡れている。朝の気温は14℃で北よりの風が吹いている。ヒンヤリとした空気が心地よかった。
10連休5日目にして、妻と1泊の旅行に行くことにした。行き先は福島である。朝5時過ぎに起床すると、電車を乗り継いで大宮に出て、新幹線に飛び乗った。福島駅に到着したのは9時前である。

福島駅西口の駅前にある宿泊予定のホテルに行って、一部の荷物を預けると、東西自由通路を歩いて駅東口に回り、駅ビル「S-PAL福島」の中にあるカフェでも簡単にモーニングを食べた。今日の午前中は福島市内の寺院を廻ることにしている。最初の目的地は医王寺である。
医王寺までは福島駅から飯坂温泉に向かう福島交通飯坂線に乗って行き、途中の医王寺前駅で下車して、歩いて15分位のところにある。まずは福島交通飯坂線福島駅に向かった。この駅は阿武隈急行福島駅と共用している。1面のホームの片側を阿武隈急行、もう片側が福島交通飯坂線のホームとなっている。


改札に向かう左手に券売機があり、その隣に駅窓口がある。この窓口で鉄道利用促進デーとしている毎月1日と11日、21日に販売している「飯坂線1日乗車券」を買った。このフリー切符を買うと、福島~医王寺前間を往復するよりも安くなる。
福島駅から医王寺前までは2両編成の電車で18分ほどで到着した。


日中は上空に雲が広がっているものの、雲の合間には青空も見えていて、時折、日も射した。昼間の最高気温は23℃まで上昇した。弱い北よりの風が吹いていて湿度がやや高く、湿っぽい陽気である。
駅から医王寺までは道のところどころに設けられた道標に従って15分ほど歩いていったところにある。


医王寺は真言宗の寺院で地元では「鯖野のお薬師さま」と呼ばれて、多くの人々に親しまれている。この寺は鎌倉時代の武将源義経の家臣で「源平盛衰記」では義経四天王に挙げられる「佐藤継信」「佐藤忠信」の菩提寺である。
医王寺の入口を入ると、正面に貴船神社が設けられていて、その左手に山門がある。山門の左脇に受付があり、ここで拝観料を払って、山門をくぐった。


山門をくぐると、正面に「医王寺の緑」と名付けられた杉並木の参道がある。この奥には歴代住職の墓や「佐藤継信」「佐藤忠信」の墓などがあり、これらの墓に囲まれるようにして奥の院薬師堂が設けられている。参道の右手には本堂が、左手には宝物殿がある。


内門をくぐって本堂に入る。


本堂に安置されている本尊は大日如来像である。その右手には「佐藤継信」「佐藤忠信」の母 乙和御前の悲しみを癒そうと甲冑を身につけて夫の勇姿を装った「佐藤継信」「佐藤忠信」の妻「若桜」「楓」の像が安置されている。


参道に戻り、奥に進む。奥の院薬師堂は薬師如来像が安置されている。


その後、宝物殿「瑠璃光殿」に向かった。この宝物殿には医王寺に伝わる「佐藤継信」「佐藤忠信」や源義経、武蔵坊弁慶ゆかりの様々な宝物を展示している。
宝物殿の後、本堂脇の社務所で住職に御朱印を書いて頂いた。令和元年初日の御朱印である。御朱印を頂くと、医王寺を後にした。

医王寺の後、更に西に進んで中野不動尊に向かう。医王寺から西の方に歩いて40分ほどの山中に中野不動尊はある。



中野不動尊は日本三不動のひとつと伝えられてきた東北の「中野のお不動様」として多くの人々が参詣した聖地である。正式には曹洞宗の寺で中野山大正寺というのが、この寺の正式名称となる。この寺は今から830年前に恵明道人が一匹のカモシカに導かれてこの山に入り、そこで山神のお告げによって三ヶ月不動明王を祀り、九字の火を灯したのが始まりとされている。その後、曹洞宗の寺を建てたため、本尊がお不動様となっている。
参拝の前に御朱印をもらった。御朱印を頂ける授与所は本堂の裏手にある。ここで、令和元年初日の御朱印を頂くと、参拝をすることにした。入口の階段を昇ると左手に祈祷殿がある。このお堂には眼守不動明王が祀られていて、眼病や智慧、学問、交通安全など眼にかかわる霊験あらたかとされている。


このお堂を参って、更に奥に進むと、毘沙門天を祀った納札堂があり、その奥に大日堂がある。大日堂は奥の院の入口である顕霊門の上に設けられていて、昭和54年に建てられた朱色の建物である。お祀りされているのは大日如来で、20年ごとに御開帳されるとのこと。脇立には不動明王と愛染明王が並び、大間両側には三万巻の般若心経が納められている。


大日堂の脇には不動滝がある。


大日堂の下部にある顕霊門から奥の院洞窟に入る。


この洞窟の中には不動明王の眷属である三十六童子が祀られている。洞窟の中を一巡して外に出た。


その後、本堂に向かう。


この寺は明治初期の修験道弾圧から山を守ろうと本堂が建てられ、明治36年に開山されたのが曹洞宗中野山大正寺である。それまでの修験道から曹洞宗に改宗されたもので、本尊は御深草天皇の持仏とされていた勅願仏ともいわれる「厄除不動明王」である。
本堂で参拝した後、本堂前にある茶屋かもしか庵で休憩することにした。

( 休憩(味噌おでん@かもしか庵) に続く )

中野不動尊を後にして、再び福島交通飯坂線花水坂駅を目指して歩き始めた。中野不動尊から花水坂駅までは1時間くらい歩いて到着した。


花水坂駅から電車に乗って福島駅に向かう。福島駅に到着すると、ホテルにチェックインをして、ホテル前の居酒屋で夕食を食べ、更に福島駅西口にあるイトーヨーカドーで夜食を買って、ホテルに入った。


鎌倉散策(龍口明神社)

2019年03月18日 | おでかけ


今日は晴れ。今朝は上空に雲ひとつ無い空が広がっていて、次第に明るくなってきた。朝の気温はー1℃と、一段と冷え込んだ。弱い北風が吹いていて、玄関の扉を開けると、冷蔵庫を開けたときのような冷たい冷気が室内に流れ込んできた。ヒンヤリとした冷気が、足下から迫り上がってくるような寒さである。
今日も1日有休消化でお休み。この時期に休みが取れるとは、今の職場だからできることである。とはいえ、1日家でだらだら過ごすのはもったいない。久しぶりに海を見に行こうと、鎌倉に出かけることにした。

日野駅から中央線に乗って八王子に出ると、横浜線に乗り換えて町田に到着した。ここで、小田急線に乗り換えて藤沢駅に到着する。このまま片瀬江ノ島に向かうつもりだったが、ふと思いついて、藤沢駅で下車すると、駅の券売機で「江の島・鎌倉フリーパス」を購入する。これで、江ノ電が乗り放題になる。
後で気が付いたことだが、乗換駅の町田駅でこの「江の島・鎌倉フリーパス」を購入すると、町田-藤沢間の往復乗車券が割引になる。これは盲点だった。次回、鎌倉に行くときは、町田で「江の島・鎌倉フリーパス」を買っておきたい。

フリーパスを購入すると、あらためて小田急線で片瀬江ノ島駅に向かう。片瀬江ノ島駅で降りると、潮の香りが漂ってきて、自分の居場所に帰ってきたという思いが感じられる。


片瀬江ノ島駅は今年の2月から建て替え工事が始まっていて、「竜宮城」をイメージした駅舎はなくなっている。駅舎があったところは仮囲いで囲われていて、現在は工事中である。来年の5月に新しい「竜宮城」の駅舎ができるということなので、楽しみにしておきたい。


ところで、今日の目的地はまずは西鎌倉にある龍口明神社である。現在の龍口明神社は西鎌倉の住宅地の中にある。最寄りの駅は湘南モノレール西鎌倉駅だが、湘南モノレールには乗らずに、片瀬江ノ島駅から歩いていくことにする。距離的には2km強といったところか。約40分程度の行程である。
片瀬江ノ島駅から洲鼻通りを北に歩いて江ノ島電鉄線江ノ島駅に出ると、そこから龍口寺方面に歩いていった。今回の目的地の1つである龍口明神社は元は日蓮宗霊跡本山 龍口寺の山門脇にあった。


この場所は鎌倉時代に龍口山にほど近いところが刑場として使用された時期もあり、村人たちは祟りを恐れていたとのことである。この地は昭和22年に藤沢市に編入されて以降、境内地のみ津村の飛び地として扱われ、関東大震災で全壊したとのこと。その後、昭和53年に現在地に移転したとのことである。移転前の神社は、閉鎖されている。


龍口寺から腰越電車通りを歩いて海岸方面に歩いていく。腰越駅手前の神戸橋交差点で左折して県道を大船方面に歩き始めた。空気は冷たかったが、次第に昇ってきた太陽の日射しが強く、歩いていると上着が暑く感じられてくる。汗だくになりながら新鎌倉山入口交差点に辿り着く。
ここで右折して新鎌倉山住宅地の坂を上っていく。交差点から300mほど坂を上ったところの左手に、龍口明神社がある。龍口明神社は玉依姫命(たまよりひめのみこと)、五頭龍大神(ごずりゅうおおかみ)を御祭神とする神社である。


御祭神の五頭龍大神は、武相鎌倉と江の島に伝わる「五頭龍と弁財天」の伝説に登場する一身五頭の龍神である。昔、武蔵国と相模国の国境付近の長大な湖に五頭龍が棲んでいて、人々を苦しめいたが、ある時、江の島が湧き出し、空から弁財天が降臨した。この弁財天の美しさにひかれ、思いをよせた五頭龍が弁財天に戒められ、その後は行いを改めて、人々を助けるようになったとのことである。その後、弁財天と結婚して山と化し、人々を災害から守り、国家安泰の神「五頭龍大神」となった。
現在神社がある土地はその龍の胴に当たる場所とのことである。

道路に面した一の鳥居をくぐり、右に折れると、左手に二の鳥居が見えてくる。二の鳥居をくぐると、正面に本殿がある。


まずは本殿に向かって左手にある手水舎で手を清め、本殿に向かって参拝する。社務所は手水場と反対側にある。社務所で御朱印をもらった。ちなみにこの神社に押された朱印の上に記載された「龍口明神社」の文字はスタンプだった。
社務所を後にすると、二の鳥居に向かう。二の鳥居の正面には御神木がある。


龍口明神社を後にして、住宅地の中を歩き始めた。高校生の時は、部活でこの辺りはランニングのコースだった。そのときの記憶によれば、住宅地から鎌倉山に上る階段があるはずである。住宅地の裏手に行くと、配水池に行くための階段があった。ここから鎌倉山に上る。階段を登り切って後ろを振り返ると、右手に白い富士山、左手に江ノ島が見える。気持ちの良い眺めである。


階段の上から登山道みたいな道を2~3分ほど歩いていくと、鎌倉山さくら通り沿いにある住宅地の中に入る。住宅地を抜けると、通りに出た。

( 今日のランチ(しらす丼@らい亭) に続く )