25時間目  日々を哲学する

著者 本木周一 小説、詩、音楽 映画、ドラマ、経済、日々を哲学する

経済をどう判断するか

2018年01月31日 | 社会・経済・政治
今回で経済の話を終わりにしたい。計六冊の本を読んだ。ネットでも調べてみた。結局、経済学とは科学ではない、ひとつの思想であると感じた。現在のデータの読み取り方を重視するもの、過去のデータから読み解くもの、政治行政改革を促そうとするもの、期待を膨らませようと意図するもの、デフレマインド脱却を強調するもの、実にいろいろである。
 ぼくが読んだ本には
 1)アベノミクスはすでに失敗している
 2)アベノミクスは道半ばである
 3)アベノミクスはやがて大きな成長を促す

 経済本は資料が多いのと複雑なことから、ワイドショーや普通のニュースでも詳細な報道がされない。
  安倍首相は簡単に、「株価が上がっている」 「失業率が低い、有効求人倍率がよい」といい、支持派の高橋洋一は不安を消すように、換金できる資産も多く、実は財政危機は脱しているという。
 一方アベノミクスは失敗だったという人は、景気のよいのは一部の金持ちだけではないか。円安でみ輸出企業の生産高はのびておらず、もっぱら為替差益で儲け、それを内部留保しているという。それが賃金上昇に結びつかず、実質賃金は少しの物価上昇と消費税で下がっているという。
 さらに、日銀の異次元緩和の副作用を心配する向きもある。物価上昇2%達成後の日銀の出口センリャクを間違えればハイーパーインフレが起こると予想する人もいる。

 まとめれば上記3つの意見があるということである。科学であるならば解答はひとつである。経済学の本をまともに読んでみて、やはり人文系のものなのだと思ったのだった。そうして考えた。自分で経済を見るにはどうしたらいいのだろうかと。
 そして、尾鷲という過疎化の町にいる自分の家庭、東京で出版社に勤める息子らの家庭、大手データ企業で働く娘らの家庭、彼らの親家庭、友人、友人の仕事など、身辺から感じるほかにないだろうと今のところ思っている。それに大衆新聞情報をプラスしてもよい。
 新聞を開くと株価と為替レートが載っている。息子たちに何か必要なものがあるか、と聞いてみる。友人に仕事はどうかと聞いてみる。そんなところから、大方は「買いたいもにはすでに持っている」という状態である。ほぼ物は飽和の状態だということだ。
 このような状態は長く続いている。当然銀行貸し出しが減り、企業の設備投資は鈍くなる。お金が市中を巡る速度も遅くなる。
 この状態を脱するためには、買いたいと思わせる物やサービスが出てくることである。
 それが現在、及び未来の日本列島人ができるかどうか、ということになる。なんだかそんなところに落ち着いてしまって、これ以上経済論議をするのも、もうよいわ、という気分になった。
 それにしてもよく勉強した。

 並行して、様々なアクション映画を1990年あたりから201年あたりまで100円となります。で借りることのできるDVDで見た。ほとんど20年ほど遠ざかっていた世界である。これあのことはまた折をみて書きたい。