おそらく呪術をする者もこの複雑さの副産物なのだろう。そしてまた統率よく集団を運営するためにリーダーが必要となり、それは小さなグループリーダー、そのリーダーをまとめるリーダーと組織ができていったのだろう。それに加担したのが宗教的な共有できるものだったのだろう。
人間だけが霊長類の中で、もっとも未熟で生まれ、成年になるまで時間のかかるもはいない。胎児の時期から産まれて2年は母と母的な者の世話が必要である。3歳まで脳はフル回転して、おおよそ20歳まで成長する。その過程は40億年の地球の歴史を追体験し、動物の発生、哺乳類の発生、人類5発生の歴史をなぞる。おおよそ20歳で現代までの成長を終えるのだろう。人類は学ぶことが多すぎて、今は22歳くらいではないかとぼくは思っている。
親からの遺伝子を受け継いでることは多くあるが、受精の瞬間から環境や体験から人格が形成されていくのも人間だけである。
教育の根本的なところはここにあって、この制度化がなされたのは一般庶民からみれば200年の歴史もない。
人類700万年の歴史の中で、どの子供も学校に行って学ぶという制度は日本では明治維新の近代化を待つまでなかったのだ。
今もっても人類進化の歴史は詳細に学校で学ぶことはない。また不幸なことに、歴史は過去から学ぶのが常識になっているのか、現代史特に昭和に入ってからの歴史は受験期と重なってくるため、習うこともない。
ホモ・サピエンスの歴史を読んでいると、書き手にもよるのだが、考えることが多い。
戦争をしかたのないものととらえる西洋やアメリカと戦争を放棄した日本やコスタリカ。この時間的距離はとてつもなく大きいように思う。日本の場合、多くの犠牲の上に憲法が作られた。この先進性は相当な未来からみた場合、世界史、人類史の大きな、石器作りを覚えた頃と同じくらいの精神の出来事ということになるだろう。当然戦争は集団制が生んだ最大の悪である。この悪を人類は捨てなければならない。