25時間目  日々を哲学する

著者 本木周一 小説、詩、音楽 映画、ドラマ、経済、日々を哲学する

この日本

2018年01月02日 | 社会・経済・政治

 新年の討論番組を見ていて、不満に思うことは経済の専門家がでてこないことだ。

 経済学は科学と違って、株価予想ですら、4人の経済専門家に聞けば4通りある。

 安部政権は「財政ファィナンス」という日銀が国債引き受けをするという禁じ手を、銀行を経由させることで誤魔化し

違法性はないと異次元の金融緩和を日銀とタッグを組んで行っている。

 このことについて論じる激論がない。朝鮮半島おことや、大相撲ことは視聴率がとれ、沖縄や、財政話は視聴率がとれない、という浅ましさがマスコミを支配している。

 アクセルをふかしまくる安倍政権-日銀にはもうブレーキはない。安倍政権が続く限り、株価はいいのかもしれないが、積もった債務を一体どうやって処理するのだろう。

 これを考えるに、超インフレを起こし、国の借金を限りなくゼロにし、人々貯金を限りなく紙くずにすることを政府や日銀は折り込み済みではないのか、と疑いもする。

 税収と歳出の差で、税収が上回れば、借金の返済に当てられるが、それには予算規模を60兆円で続ける大英断が必要となる。これが正常な姿なのに、自民党政権も、民主党政権もしなかった。 

 その貧乏クジを引くのは誰か。おそらく、戦後の内閣の変遷を見れば分かる。次々と短期間で政権担当者を替えるのである。戦後も膨大な戦時国債を超インフレと貯金封鎖でチャラにしてしまった過去がある。

 ただ政府の借金がなくなると、5年から10年で再び日本は再興する。国民は辛くとも生き抜くことを政府は知っている。

 と、こんな風に疑っているのだが、テレビでこの問題を正面から扱わない。恐ろしいものをみたくない、国民にパニックを起こさせる、そんな理由なのだろうか。しかし、北朝鮮のことについては「煽る」「脅かす」「屈せず」を続ける。

 国民は戦争支援の方に誘導されているのではないか。そしてそれは戦前も同じだったのではないか。

 グローバル化とは、経済とともに、戦争のない状態への傾向ではないか、と思うのだ。

 日本の様々な分野での凋落は著しい。ハードウェアが得意だった日本はソフトウェアでは完全に遅れをとったのは構造改革が進まないからだ。構造改革が進まないのは、遅れたものたちの壁が厚く、そもそも自民党を応援するものが構造改革をしてほしくない勢力だからだ。

この矛盾どうする? と言っている間も借金は増え続けている。