歴程日誌 ー創造的無と統合的経験ー

Process Diary
Creative Nothingness & Integrative Experience

相対性理論100年記念シンポジウム覚書 4

2005-12-01 | 哲学 Philosophy
第一部 科学哲学的考察ー古きパラダイムの揚棄とcrucial experiment-
(覚書 

第二部 プロセスコスモロジーからみた相対性理論
(覚書 4-5)

相対性理論と量子論は単に物理学の新理論であるばかりではなく、さらに宇宙論へと一般化されるべき重要な原理を孕む点に於てホワイトヘッドの形而上学の成立過程に大きな影響を与えた。ホワイトヘッドのコスモロジーは「宇宙の創造的進化(the creative advance of the universe)」という用語に示唆されるように、宇宙の歴史性を強調する自然観のうえに成り立っている。このような所謂「プロセス・コスモロジー」は、アインシュタインによって体系化された時間の相対論的把握とどのような関係にあるのか、プロセス・コスモロジーを現代物理学との関連性においてとりあげ、時空(世界)がそこにおいて生成する延長連続体(the extensive continuum)というホワイトヘッドのアイデアの意味するものを再考したい。

1 時間秩序に関する三つの立場

(1) 絶対時間を想定する立場(ニュートン物理学)

ただ一つの座標時間がある。そこにおいて過去、現在、未来は一義的な確定した意味を持つ。この座標時間によって宇宙の全ての事象は一つの系列に秩序づけることができる。

(2) ミンコフスキー時空において時間的秩序を考える立場
(特殊相対性理論、ホワイトヘッドの「相対性原理」に於ける重力理論)

 複数の(実際には無限に多くの)時間系がある。ある慣性基準系で二つの事象が同時的であっても、それは他の慣性基準系で同時的であることを保証しない。同時性の基準が座標系の選択に対して相対化されるために、全体としての世界の時間秩序は次のように言い表さなければならない。
(1)どのような慣性基準系においても事象Aの過去にある事象Bは、Aの因果的(絶対)過去にある。
(2)どのような慣性基準系においても事象Aの未来にある事象Bは、Aの因果的(絶対)未来にある。
(3)適当な慣性基準系の選択によって事象Aと同時的(simultaneous)になりうる事象Bは、Aと共時的(contemporary)である。共時性は次のような特質を持つ。
(1) Aと共時的な事象は慣性基準系の選択によってAの過去にも未来にもなり得る。
(2) 共時性の関係は推移的ではない。一般に、AとBとが共時的であり、BとCとが共時的であってもAとCとは共時的であるとは限らない。

ミンコフスキー時空は一つの事象Aに対して、(1) Aの因果的(絶対)過去の領域(2)Aの因果的(絶対)未来の領域(3〉Aと共時的な領域の三つの領域に区分される。

したがって、ここでは無数の座標時間があり、同時性がその無数の座標時間に対して相対化されているとはいえ、因果律が前提する時間秩序〈因果作用causal efficacyの方向性)は基準座標系の選択によらない絶対性を持つ。ただ、この時間秩序の方向性は、全順序集合(直線的順序)ではなくて半順序集合(格子状の順序)として表現される。共時的な二つの事象の間には、直接の因果関係は有り得ない。それらは因果的に独立に生起する。しかしながら、それらの二つの事象は因果的にまったく無関係であることはできない。即ち、どの二つの事象も(1)共通の因果的過去の領域と(2)共通の因果的未来の領域を有する。
その意味で、間接的な因果関係はあらゆる二つの事象の間に成立する。ミンコフスキー時空に於ては、無数の時間系があり得るが、どの時間系も原理的には世界のあらゆる事象に時間的秩序を与えるのに十分である。即ち、無限の過去から無限の未来に伸びている一つの座標時間のなかに世界の全ての事象を秩序づけることは原理的に可能である。したがって任意に選ばれた一つの座標時間において、全体としての宇宙の歴史を語る事が可能である。

(3) リーマン時空に於て時間秩序を考える立場(一般相対性理論)

特殊相対性理論では、異なる空間的場所における同時性は、光信号による時計の同期化という物理的な手続きによって定義されていた。したがって、同時性の意味は「光速度不変の原理」が成り立たない所では確定しない。しかし、重力場のあるところでは、一般に光速度は不変ではないので、「光速度不変の原理」は無条件では成り立たず、局所的に選ばれた慣性基準系(重力場のなかで自由運動する物体に対して静止した系)においてのみ成り立つ。したがって、同時性の意味も局所的にしか確定しない。このような局所的な基準座標系を接続して大域的な基準座標系にして世界の全ての事象に一つの時間的秩序を与える事(宇宙時間cosmological time)が可能であるかどうかは、物理的な偶然性に左右される。物質の分布状況によって、全体としての宇宙に一つの宇宙時間を設定できることもあれば、設定できない事もある。設定できない場合には、全体としての宇宙の歴史について語る事は無意味である。
リーマン時空もまた、一つの事象Aにたいして、局所的にはその(1)因果的過去(2)因果的未来(3)共時的領域の、三つの領域に分かれる。しかし、(1)どの二つの事象も共通の因果的未来をもち(2)どの二つの事象も共通の因果的過去をもっかどうかは、一般には言えない。共通の因果的過去をもっても共通の因果的未来を持たない二つの事象(ブラックホールの内部と外部の事象)や共通の因果的未来をもっても共通の因果的過去を持たない二つの事象(ホワイトホールの内部と外部の事象)を考える事ができる。このような極限的な事例(シュバルツシルトの特異性)に於ては、一つの座標時間において「未来の地平線」や「過去の地平線」のようなものが生じる。即ち、一つの選ばれた座標時間だけでは、世界の全ての事象を時間的に秩序づけることができるとは限らないという立場から、永遠の未来の彼方に於て生起する事象、永遠の過去の彼方に於て生起した事象という概念が必要となる。
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Cahill のprocess physics (杉本)
2006-06-10 18:39:41
最近、オーストラリアの物理学者のCahillと言う人が書いたProcess Physics の論文を読む機会があったのですが、それについてはどのように評価されますか。
返信する
Cahillさんの所謂Process Physics について (田中)
2006-07-18 19:48:20
7月1日ー8日までオーストリアのザツツブルグで6th International Whitehead Conference が開催され、そこにはCahillさんも参加されたので、彼のProcess Physicsの主張を聞く事が出来ました。



現在、様々な用務に忙殺されていますので、ブログの更新も儘なりませんが、時間が出来ましたらCahillさんのアイデアについても、さらに詳しくコメントするつもりです。



Cahill さんのprocess physics は、相対性理論と量子力学を統合することをめざす量子重力理論の最近の研究成果を背景において理解すべきものと思います。



つまり、量子重力理論というのは様々なアイデアの提出されている物理学の最前線なので、どの研究者も研究のプログラムとしての仮説形成の段階にあります。



Cahill氏とは、個人的に話をする機会があったので、次のようなコメントを彼に伝えました。



(1)STR(特殊相対性理論)を否定して、マイケルソンモレーの実験をローレンツの収縮仮説・遅延仮説によって説明するのは、相対論以後の段階に逆戻りすることであり、受け入れられないこと。ローレンツ変換は、変換される基準系に対して全く対称的であり、なんら絶対基準系の存在を主張せずに、時計の遅れと物差しの収縮を、どちらの基準系に基づいても対等に主張する。したがって、互いに対等な慣性基準系の他に絶対基準系があるというローレンツの解釈、とくに時計の遅れや物差しの収縮を、エーテルによる因果的効果と見なす解釈は成立しない。



(2)真空中に於ける光速度不変の事実は実験的に確立している。このことはCahillさんも認めざるを得ないのではないか。STRの実験的根拠を疑うのはナンセンスであろう。



(3)一般相対性理論では、物質の存在故に、或る特別に選ばれた基準系が事実上他の基準系に優先する。たとえば、ビッグバーン宇宙論や、宇宙背景輻射に対して定義された基準系では、相対性理論の枠組みの中で、宇宙全体を記述するのにもっとも相応しい基準系が定義されます。しかし、このことは、最も普遍的な物理法則は、あらゆる基準系に対してかたちを変えずに表現されるべきであるという一般相対性原理に矛盾しない。それを矛盾するかのようにCahill氏が書くのは、権利問題と事実問題を混同しているからである。

つまり、宇宙背景輻射に準拠した基準系を「絶対基準系」と呼ぶことは適切でない。なぜなら、それは宇宙背景輻射に対して相対的に定義されたものであるから。



(4)局所慣性系に於ける光速度不変の原理と、大域的な静止重力場における光の速度の遅れは矛盾しない。シュバルツシルド解を例に取るならば、所謂ブラックホールの表面(事象の地平面)では、重力場に於ける静止系では、光の速度はゼロになる。(だから、光はブラックホールの外には出られない)。しかし、事象の地平に限りなく近い局所慣性系を取ると、そこでは、空間が極度に収縮すると同時に、時計が極度に遅れ、その二つの効果が互いに打ち消しあって、光速度は依然として不変である。そして、このことは、一般相対性理論で重力場による光の経路の彎曲を導くときにすでに理解されていたことである。したがって、慣性的でない基準系で光の速度が変化しうることを根拠に、「光速度不変の原理」を論破することは出来ない。
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