歴程日誌 ー創造的無と統合的経験ー

Process Diary
Creative Nothingness & Integrative Experience

相対性理論100年記念シンポジウムのための覚書 2

2005-11-15 | 哲学 Philosophy
 相対性理論と現代宇宙論

1917 年にアインシュタインが一般相対性理論を宇宙の全体に適用したころから狭い意味での科学的宇宙論が始まったといってよいであろう。「一般相対性理論についての宇宙論的考察(Kosmologische Betrachtung zur allgemeinen Relativitätstheorie)」のなかで、アインシュタインは、適当な初期条件と境界条件の設定によって初めて現実に応用される物理学の理論を宇宙の全体に適用するときにどうなるかという問題を論じて、次のような指摘をしている。
「惑星軌道の問題を扱った際に、私(アインシュタイン)は境界条件を次のような仮定の形で与えた。すなわち、重力ポテンシャル gμνのすべての成分が空間的な無限遠点で一定値になるように基準系を選ぶことが可能であるという仮定である。しかしもし太陽系よりも、もっと大きな宇宙の部分を考えに入れるとき、なお同じ境界条件を設けることができるかどうかは、先験的には明らかでない。そこで、これから、この原理的な問題について私の考えてきたことを述べよう。」
ここで、原理的な問題とは、宇宙論における境界問題の設定である。我々が、例えば、太陽系のような宇宙の一部を問題にするときには、太陽系以外の天体が及ぼす重力の影響を無視して適当な境界条件を設定することができる。しかしなながら、このような制限されたモデルを越えて、宇宙の全体を考察することを要求される場合がある。それは、天文学における我々の視野の拡大によって生じた宇宙の全体像の把握という課題と結びついてくる。

太陽系が我々の銀河の片隅にあり、太陽自身が、不動の天体ではなく銀河の中心の回りを高速度で回転する目立たない天体の一つであり、しかも我々の銀河のほかに無数の島宇宙があって、それらが、重力的な相互作用をしているなどという状況を考えれば、我々は、宇宙の全体を考慮に入れずに部分だけを抽象して考察してすませるというわけにはいかないであろう。

更に、宇宙論的な考察は、宇宙の一部分だけを抽象して考察しているときには気づかれなかった、ニュートン物理学の二律背反を明るみに出すのである。

アィンシュタインによれば、数学的なモデルとして考察する場合に、ニユートンの遠隔作用理論は、ポアッソンの方程式 ΔΦ=4πKρ と質点の運動方程式をあわせただけでは、まだ対等なものとはならず、更に、空間的に無限の遠方でポテンシャルφがある一定の決まった極限値に近づくという境界条件をつけ加えなければならない。この境界条件は、無限遠点で物質の密度がゼロになること同じである。このことは、もし、球対称の重力場を仮定すると、φが無限遠点で定数値となるためには、物質の平均密度ρは中心からの距離rが増大すると1/r2、より速くゼロに近づかなければならないことを意味している。このような宇宙は、かりに無限に大きな全質量を持っていたとしても、有限な宇宙であるとアインシュタインは指摘する。太陽系の外部に行けば行くほど物質密度が希薄になるという宇宙モデルを採用すると、天体から放出された光は、宇宙の外部に向かって逃げだし、何の相互作用もせずに無限遠点に消えていくが、このことは物質についても同様に起こるという可能性を否定できない。更に、恒星系を一つの定常的な熱運動をしている気体と考えて、これに気体分子に対するボルツマンの分布則を適用すると、ニュートンの考えるような恒星系は一般に存在しえない。なぜなら、恒星系の中心及び空間的に無限に遠くにある点の間のポテンシャルの差が有限の大きさを持つということは、それぞれの点における物質密度の比が有限であるということを意味している。したがって、無限遠点の密度がゼロとなるならば、恒星系の中心における密度もゼロとならなければならないからである。

このことは、もし宇宙の一部分のみを考えるならば矛盾のない数学的モデルを構成できるニュートン物理学が、宇宙の全体を対象にして統計力学的考察を行うと、二律背反に追い込まれるということを意味しているのである。

第一批判で宇宙論の二律背反を指摘したカントならば、ここで、経験から導かれた物理学の諸法則を宇宙の全体に適用することに警鐘を鳴らしたであろう。アインシュタインは、カントとは違って、宇宙論の諸問題を形而上学的仮象として科学の埒外におくという選択肢をとらなかった。彼は、あくまでも宇宙の整合的な数学的モデルを構成するために、ニュートン物理学に代わりうる新しい理論である一般相対性理論を使って、宇宙論の二律背反を突破する方法を模索したのである。

アインシュタインは、ニュートン物理学のポアッソンの方程式の代わりに)
ΔΦ-λΦ=4πKρ 
とおいたときにどのような宇宙モデルが構成されるかを考察する。λは、後に宇宙定数と呼ばれるようになった普遍定数で、物質密度の大きな場所では、無視しうる小さな修正項である。この場合には、重力場に関しては、なんら中心点を持たず、物質の密度が空間的な無限遠に行くとしても減少することはない宇宙モデルが得られる。そこで、アインシュタインは、このような修正項λを持つ宇宙モデルを、彼の一般相対性理論に取り込むことによって、ニユートン物理学に内在する矛盾の解消を試みたのである。

特殊相対性理論は重力場のない場合に対応する平坦な四次元空間であるが、物質が存在する場合は、時空がその影響で歪み、場所によって空間の曲率が変化する。この場合には一般的にいって、宇宙の全体像を直観的に理解するのは難しい。しかし、物質の空間的な分布が場所によらず一様でありかつ等方的であるという仮定を置けば、空間の曲率は一定となるので、宇宙の大域的な姿を把握するのが容易になる。

アインシユタインは、もし一様で等方的な空間が正の曲率を持つならば、境界を持たない有限な宇宙像が得れることを発見した。そして、このような数学的モデルは、空間的な無限遠点における境界条件を設定することを不要にし、「重力場に関しては、何処にも中心点を持たず、物質の密度が遠方に行けば行くほど減少するということもない」整合的な宇宙像を与えた。この閉じた宇宙は、アインシュタインの円柱型宇宙と呼ばれるが、その理由は、空間的には有限であるにもかかわらず、時間的には初めも終わりもない世界として解釈できるからである。時間的に宇宙の大域的な姿が変化しないこの宇宙像を理論的に得るためには、前述のように、宇宙定数Λを導入する必要があったが、それは、万有引力に拮抗する斥力を導入することを意味していた。このアインシュタインの論文によつて物理学の言葉で初めて世界の全体を一個の対象として扱うことが可能となったといってよいだろう。また「境界を持たない閉じた連続体」のモデルを提示することによって、境界条件の設定という困難な問題を解消する方法を示唆したことは、後の、ホーキングの「無境界条件」によって、宇宙の初期条件の設定という問題を解消するという考え方を先取りしている点において興味深いものであった。

アインシュタイン・モデルは定常宇宙論であったが、1917年にド・シッターは、宇宙項を含むアインシュタイン型の宇宙から、物質をすべて除去した宇宙モデルを構成することが可能であることを示した。この新しいモデルは、もし物質が存在すれば、斥力によって相互に遠ざかることを予測する点において、膨張宇宙の可能性を秘めたモデルであった。もともとのアインシュタイン方程式に忠実な宇宙モデルが非定常的であることは、フリードマンによって示された。フリードマンの宇宙モデルでは、宇宙定数Λを持たぬために、不安定な解が得られ、宇宙の起源や終末という特異点の問題が避けられないという問題点があった。フリードマンとは独立に、宇宙定数Λを持つ宇宙論で非定常的なモデルがルメートルによって発見されたが、このことは、後にエディントンが証明したように、宇宙定数Λを持つ静的宇宙といえども、曲率半径のごく僅かな増加ないし減少に対して安定ではありえぬことを示唆していた。そして、宇宙の膨張という可能性は、ハッブルの天体観測によって確認されることとなったのである。一九二九年にハッブルは6×109光年の範囲で、星雲の後退速度は距離に比例するという法則を発見し、これ以後は、宇宙の膨張という事実を考慮に入れない宇宙論は退けられることとなった。

1946年にはガモフが初期宇宙における物質は超高密度で、超高温であるので急速な熱核反応を引き起こし、エネルギー密度は、輻射優勢であると述べた。1948年にはボンディ、ゴールド、ホイルがいわゆる定常宇宙論を発表し、アインシュタインの標準的な一般相対性理論を越えて、宇宙全体における「連続的な物質の創造」を主張した。

宇宙は膨張するが連続的な物質の創造によって定常状態が維持されるという新しいタイプの定常宇宙論は、一時期は宇宙に爆発的な始めを想定するビッグバン宇宙論よりも優勢であった。その理由は宇宙の始まりという「特異点」を物理学の用語で記述すること不可能になるという難点とともに、宇宙の始まりにあったと想定されるような超高密度の小宇宙などは一つも観測されないということがあった。定常宇宙論の提唱者の一人であるホイルは1955年に「宇宙がかつて超高密度であったという明白な遺跡が何一つ見つからないのは、爆発的な宇宙創世説に疑惑を持たせるものである」と書いているが、これは当時の状況を反映するものであった。

しかしながら、ホイルが言及したような初期宇宙の名残に相当する現象-宇宙背景輻射が1964年に発見されるに及んで、宇宙論は新しい展開を見せることとなつた。宇宙背景輻射とはマイクロ波の長さで宇宙を浸している低温の電磁輻射である。ビッグバン理論によれば、その起源は、宇宙の開闢時における超高温の火の玉であると考えられる。この輻射の存在は、1948年にガモフがべーテおよびアルファとの共同論文のなかで初めて予言した。彼等は、進化論的な宇宙論の立場から、星の内部における核反応や宇宙を構成する,元素の起源の問題を研究する途上において、宇宙を構成する物質は、宇宙の開闢時の超高温の状態から、宇宙の膨張に伴う冷却化の過程の中で形成されたという仮説を提唱した。宇宙の膨張によって、輻射も弱まり、原罪では、絶対温度にして25度まで冷却したというのが彼等の理論であった。当時の観測技術では、このような弱い輻射を発見することは出来なかったので、彼等の予言はさほど注目されなかった。1964年ベル電話研究所の技師ペンジアスとウイルソンが絶対温度で3.5度のマイクロ波の輻射が宇宙のあらゆる方向から高じ強さで地球に降り注いでいるという事実を発見した。まもなく、これがビッグバン理論の予言する背景輻射であると認定され、彼等は、この功績によってノーベル賞を受賞することとなつた。現在では、この宇宙背景輻射の温度はさらに精密に測定され、絶対温度で、2.7度とされている。

一様な宇宙背景輻射の発見は定常宇宙論とビッグバン宇宙論との間の論争に終止符を打ち、ビッグバン宇宙論に有利な観測的事実として解釈された。しかしながら、この輻射があまりにも一様であって、揺らぎが極端に小さいことは、ビッグバン宇宙論にとってある種の問題を提起している。それは、複雑な構造を持つ我々の宇宙がこの一様な状態からどのようにして進化してきたかという問題である。ビッグバン宇宙論が生き残るためには、どれほど小さくとも、背景輻射のなかに揺らぎがあることが観測されねばならない。この小さな揺らぎの存在は、NASAの人工衛星COBE(Cosmic Background Explorer)によって1990年代の初めに確認され、ビッグバン宇宙論を支持する証拠の一つとなっている。

---補足---

我々の太陽系のある銀河(直径やく10万光年の円盤)は約2000億個の星があり、このような銀河が数千億個あると推定されている。これらは1000個ほどあつまって銀河団を形成し、それらが集まって超銀河団を形成するというように階層的構造をなしている。こういう構造は宇宙開闢の時から存在していたことを示すのが、背景輻射にある僅かな揺らぎである。(10万分の一ほどの僅かの温度差)つまり宇宙開闢40万年ほどの初期宇宙にすでに後の構造へと発展すべき揺らぎがあったということである。この温度の揺らぎをさらに詳しく調べるために、2001年に探査衛星、WMAP(Wilkinson Microwave Anisotropy Probe)が打ち上げられ、背景輻射のスペクトルのエネルギー分布にかんするデータが蒐集され、開闢40万年後の宇宙に物質密度の揺らぎがあったことが示された。

この物質密度の揺らぎの原因については、ビッグバーン宇宙論だけでは説明できず、何らかの形で量子力学を取り入れた宇宙論、量子宇宙論が必要とされる。きわめて思弁的な議論ではあるが、インフレーション理論がそれを説明する理論として登場している。それは、なぜビッグバーンが起きたかを説明する理論でもある。

インフレーション理論によると、宇宙の最初期(10-36秒後)に、真空の相転移がおきて、このときに解放された真空のエネルギーが斥力となってビッグバーンを引き起こしたという理論である。

1998年に宇宙の膨張のスピードが加速している証拠が発見された。(超新星の光度がた値よりも暗いこと)2003年にWMAPの観測データから、平均質量密度の内訳が求められたが、それによると、宇宙の平均質量密度が、臨界密度にきわめて近いことが判明した。帯域的には宇宙は平坦であるということが判明したわけである。これはインフレーション理論の予測、宇宙の曲率は零という予測に合致する。



Comments (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 相対性理論100年記念シン... | TOP | 相対性理論100年記念シン... »
最新の画像もっと見る

2 Comments

コメント日が  古い順  |   新しい順
質問です (Hisamatu)
2005-11-28 21:11:17
質問 3

宇宙には始まりがあるということは、絶対時間を要請することに他ならないという考えがありますが、これについてはどう思われますか。
返信する
宇宙論的時間(cosmological time)について (田中)
2005-11-29 13:12:03
ビックバン宇宙論などで宇宙の年齢が150億年であるというときに言われている時間は、「宇宙論的時間(cosmological time)と呼ばれており、ニュートン物理学のなかではなく、アインシュタインの一般相対性理論の中で定義される時間です。それは、ニュートンのいう「絶対時間」とは意味を異にする概念です。宇宙論的時間は、4次元の宇宙全体を、空間的な超曲面(三次元空間)によって層別化したもので、そのような層別化が可能となるかどうかは、宇宙における物質分布に依存しており、そのような時間が存在する宇宙もあれば、存在しない宇宙もあります。つまり、宇宙時間はアポステリオリな条件によって決まる偶然性をもっている点で、ニュートン物理学で言う絶対時間とは異なります。また、ニュートン物理学では、あらゆる基準系で同時刻となると言う意味での絶対的同時性が成立しますが、宇宙論的時間における同時刻は、そのような意味での絶対性をもっていません。



それでは、どのようなときに宇宙論的時間が定義されるでしょうか。それは、空間における物質分布に関して、一様性、および等方性が成り立つ場合です。このとき、アインシュタインの一般相対性理論の基礎方程式を満たす単純な解が存在し、4次元距離dsは、



ds2=dt2-a2(t)dl2



(数式がうまく出ませんが、2と言う数字は上付文字です)



によって定義されます。此処に出てくるパラメーターtが宇宙論的時間です。
返信する

post a comment

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

Recent Entries | 哲学 Philosophy