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学校のない社会 大学のない世界

学校のない社会、大学のない世界に興味・関心のある方、ともに集いましょう。大学教員によるトラックバック等はご遠慮ください。

ストーカーによるいやがらせ

2008年06月30日 23時13分14秒 | 自然保護・修復
(これは、ある日のmixi日記からの転載になります)


今わたしはあるストーカーから出版物を通じた嫌がらせを受けている。

彼は、現代文明の中で狩猟本能を色濃く残したような男で、
学歴や学力の低そうな女性を狩ることを生き甲斐としている。
歪んだプライドの持ち主で、他人にはわかりにくいことでうらみつらみをいだき、独り相撲的な敗北感・屈辱感・劣等感等にまみれている。
女性をすべてお母さんかギャルゲーの女の子キャラのようにみなし、それ以外のイメージの役割を彼女がもし演じれば、キレる、すねる、ごねるといった性格をもつ。
しかもどうやら獲物以外の人の前では賢くてしっかりした人をうまく演じたり自己プレゼンできるタイプだ。
人が自分の好きな人と交わり、関係を切り結ぶことに対して彼は非常に激しい不快感と被害者感を示す。
自分が加害者のシチュエーションであってもおおげさな自己憐憫と被害者意識を示す。しかもそれを(特に社会的地位の低いか生理的に弱い他者に集中的に)投射する。
思いこみ・決めつけが激しく、独断・独善・独裁者的な振る舞いが目につく。

わたしは彼を特に信用していない。
フリースクーラーの立場からは、彼のように知識中心の教育を受けて自我のねじ曲がった人間は問題児にすぎない。
また,学校または大学の外の知の愛好者としては、彼の主張は説明下手だったり、根拠がとぼしかったり、あいまいで主観的なことが多すぎる。研究者と愛好家の入り混じる研究会などに参加したかぎり、そう思える。

だが、彼はわたしを自分にとっての永遠の奴隷か家畜であるかのようにみなしている。私的領有物か所有物のように見なしているのだ。

これは絶対に関わり合いになりたくないタイプである。
リアル世界で会ったときにも被害者意識に満ちたこじつけめいた屁理屈や、おどすような表情・口調・身振りをふりまいていた。
自分は天才だ、奇才・異才だ。心眼が開いている。そうでなくても大天才だ。と顔に書いている。しかし言うことは情けない。マスコミの受け売りだったり、なんにでも反対する万年野党的言い分だったりする。
おまけに彼はバリバリの左翼・共産党系の出版物にも関わっている。
これは、十代のころからイリイチ、アリエス、高坂正高等の書物を通じて反近代の文明論になじんだわたしにとっては耐え難い拷問のような思想である。
また、彼は現代思想オタクでもある。
それは、十代のころブルデュー等を通じて、その種の知識人業界の売り上げまたは人気投票ランキングを相対化したわたしにとって、ただのかしこぶるファッションでしかない。それは安っぽく、悪趣味にしか見えない。

それを彼は面白く新鮮だというだけではなく、神聖なものとして崇拝する儀式を私に強いる。
まったく、いい迷惑とはこのことだ。
もう昨日から腹痛もしたり、悪い夢も見たりしている。
絶対に許せない。


彼はその昔、研究者を目指していたという。
その話を聞いてみると、研究者と小説家の区別もついていないような混乱したことをしゃべりまくった。また、先行研究を批判して打ち立てたい仮説もなく、データを積み重ねて何かを自分で発明したいという意図も伝わってこなかった。
たとえば、社会臨床学会や民族自然誌研究会で一部の研究者の発表に接したときに感じるピリピリした緊張感、冒険心、勇気、聡明さ、ユニークなひらめき…は彼の話からは、みじんも検出できなかった。
ただ自意識過剰と特権意識、ならびに人権感覚のなさがそこにあった。正直、腐っているとしか見えなかった。
統計で言えばクロス集計のような、さまざまな角度からものごとを浮き彫りにしていく作業も彼には向いていないように思えた。
情緒に流されがちで、逆・裏・待遇といったように論理的にものごとを考えたり表現したりするのも苦手のようだった。
たぶん、中高一貫のエスカレターター校に入ってから中だるみ的に学習しなくなっていたのだろう。

その人の差別的な態度、モラル・ハラスメントのような苦痛を与えるいやがらせ、敵意むきだしの姿勢には大変消耗・困惑させられた。
幾度か、フリースクールのこと、稲村という不登校の子どもをだまして入院手続きも無視して暴力的に強制入院させた医者のこと、それを受け継ぐ社会学者や当事者学者のこと、家での抑圧が男の子と女の子では逆に働くという仮説について、メールを送っておいた。
返事がこないため、相手が忙しいか、嫌われたか、それともシステム障害なのかと迷った。
それで、ほぼ同内容で少しだけ訂正したメールを1,2回送っただろうか。だが、無視と放置がかえってきた。
彼が今度作る予定の雑誌に、妥協して協力する、あなたを怒らせたりがっかりさせたのであれば、失礼をわびたいとも記しておいた。
そうすると彼は、それを「ストーキング行為だ」と周囲に吹聴した。またそれを物理的暴力と間違えられても仕方のないような書き方である場所で吹聴した。
さらにそこには、無断でわたしの名前とハンドルネームの双方が使われていた。これはプライバシー侵害行為である。彼は著作物を使ったいやがらせをしたわけだ。
(このへんの行為は赤木コミュ管理人カナメと酷似している。カナメもまた自分に対して異論・批判ならびに和解の申し出をした副管理人にむかって「ストーキングだ」とみなのいる前で、副管理人に恥をかかせたり孤立させかねない状況で言い立てていた。)
ストーカーが関わっている雑誌を見かけて、驚いた。共産党系どころか、まったく共産党の編集者が関わっていた。
わたしは合点がいった。
ああ、これだからやたら思想チェックのようなことをしたがっていたのか。やたらと優等生タイプを集めたがっていたのか。そして異なる立場・思想に不寛容だったのか。
なにか別の目的がありそうだと思ってはいたが、そうだったか。
要するにレーニストなんだ。
高慢ちきな独裁者なんだ。
人に上下をつけ、標準偏差プラスマイナス3以外を読み取れない連中だったのか。
まったく、遊びたい盛りに遊べないとか、苦手科目の克服とか、友達さえも中学入試に有利な文化資本の子どもに限定するとかういった知識中心教育を受けると、これほど歪んだ人格が出てくるものか。

彼なども狩猟生活を送れば、狩猟本能を満たせて、他の女性や女性的な立場とみなした男性にくってかかったりせずにすむのだろう。
しかし他の仕事をやらせると、こんな風におかしくなるのだろう。

だが、今はとりあえずは弁護士を通じて回収や次の版からの訂正を求めることだ。
まったく現代文明というのはそこで大変いきにくい人を作ってしまう。
便利なのか不便なのかよくわからないものだ。

◇誤解を招く表現があったので、訂正しました。(2008.8.9)
研究者→愛好者

わたしは博士号を持たず、また海外研修もしていません。それなのに研究者と分類しては、科学者のコミュニティから知的に一人前だと認められた方がたに対して失礼・非常識に当たります。
まぎらわしい表記になってしまい、申しわけありませんでした。



どんぐり銀行

2005年09月26日 21時59分30秒 | 自然保護・修復
 各地で里山の荒廃が心配され、保全サークルがはやる今日このごろ。
 香川県では、お役所仕事のイメージとはほど遠いユニークな試みがあります。
どんぐり銀行です。↓

http://www.pref.kagawa.jp/midoriseibi/donguri/

 ひろったどんぐりを通貨として銀行に預け入れると、利子もつき、ある一定の額がたまると苗木と交換できます。その苗木を自分の家の近くや、近くの里山に植えたりするのだそうです。そのことによって、自然への借金を返してゆくのだそうです。
 これは、緑化政策としてのみならず、自然との共存をめざす地域通貨のひとつとして、面白い。というのは、貯めたどんぐりで、ステッカーなども購入できるのです。そのうち使える範囲が大きくなるかもしれません。
これでうまくいったら、熱帯林や寒帯林の国・地域でも森林回復のために使える可能性もあります。
 なお、香川県がおこした運動ということも注目に値します。公務員はなまけもの、まともな仕事をできない→だから民営化をしろ! という宣伝かしましい今日このごろですが、役所だからこそ目先の利益や同業他社との競争に足をとられずユニークなアイデアを実行できることを示しています。なんでも民営化すればよいというわけではないからです。
 世の中、すこしくらい遊びとかゆとりがあったほうが、かえってスムーズにことがすすんだり、ときどきあっと人を驚かせる大胆な実験にもすすめるというものです。それが福祉をはじめとするセーフティ・ネットなのです。
 そのことは、近年の「改革」論議では、すっかり忘れ去られてしまっています。ヴェーバー流に解説すれば、合理主義をめざした結果、かえって合理主義を魔術のように崇拝してしまい、意図せぬ結果を招く、といったところですね。

 一人でも多くの人に知ってもらいたい、興味深い試みです。

遺伝子組み換え作物への反対

2005年05月07日 20時17分05秒 | 自然保護・修復
みどりのMLより転載。

何百万年もかけて進化してきた固有の生物種(野生種・人工品種を問わず)を、一部の国・企業の利益のために組み替えてもよいのかどうか、大いに疑問です。周囲の生態系や伝統文化・言語、地元社会の利益などとのバランスを考えるに妥当なのでしょうか?

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー攝津です。転送です。

以前の呼びかけについては
http://blog.melma.com/00133685/20050426235419
をご覧いただければ幸いです。


(以下、転送)
++++++++++
「新潟遺伝子組み換えイネいらない!」連絡会

いつもご協力とご声援をいただきましてどうもありがとうございます。また多くの方
のアドバイスを参考にさせていただいております。

私たちの会としましては、北陸センターでの説明会を受けて、このままでは実験がス
タートしてしまうことへの危機感が増しております。そこで反対の意見書への署名と、
東京での集会を企画しております。つきましてはこの会が賛同を得ていることを伝え
るために、出来るだけ多くの方の署名簿を提出したいと思っております。何かと忙し
い時期にご面倒をお掛けしてしまいますが署名活動へのご協力をお願いいたします。

署名簿は http://www.valley.ne.jp/~valley/  にアップしてあります.B5版と、
個人向けにA4版も用意させていただきました(ワード形式なので若干手直しが必要に
なるかと思いますが、賛同団体名などを記入してから署名活動をお願いいたします)。

送り先は
「新潟遺伝子組み換えイネいらない!」連絡会

949-3553 新潟県上越市吉川区川谷3193-1 天明伸浩 tel 025-547-2210 
fax 025-534-5956 e-mail valley@valley.ne.jp



第1次集約は5月20日です。時間的には少ないのですが、栽培開始時期をにらみな
がらの運動になります。どうぞみなさまご協力お願いいたします。



HPからダウンロードできない方はご連絡ください。ファイルで送らせていただきます。






星の谷ファーム
百姓 天明伸浩
新潟県上越市吉川区川谷3193-1
tel&fax 025-547-2210
http://www.valley.ne.jp/~valley/

エコロジカル・ノートパソコン

2005年01月28日 20時33分23秒 | 自然保護・修復
うるわしのブルターニュというブログの記事で、エコロジーに配慮したパソコンがあることを知った。

詳しくは↓ 富士通のHPを参照。

http://www.fmworld.net/product/hard/pcpm0501/ecology/index.html?fmwfrom=fmv_rightmenu

 何でもトウモロコシから作ったプラスチックでノート・パソコンのボディを作っているとか。
うちの大学でもできないだろうか? (予算と人手不足で多分ダメだろうけど苦笑)
 説明書や箱容器も再生紙を作るなど、自然環境に負荷を小さくする工夫がいっぱい搭載されている。塗料、インキ、ハンダ……あらゆる点が環境への悪影響を小さくするべく改良されている!
 よくぞここまでこだわったものだと驚きかつ感心してしまう。
 科学・技術は戦争とともに飛躍的に発展してきた。しかし一方では、こうして環境のために科学・技術を使うこともできるわけだ。

 近々パソコンを買い換えるまたは買い足す予定の方は、このエコロジカル・ノートパソコンを検討されてはどうだろうか?(ただし、わたしが試用したわけではないので、使い心地までは保障できません。あくまでもオプションのひとつということで。)

アマゾンのリンク
↑ 富士通のFMV-80k

 今、わたしたちは自然を破壊したほうが成長し、失業率の小さくなる世界に生きている。たとえば木は切り倒されてはじめて商品価値を発揮する。ペットボトル入りの水、アレルギー疾患用の薬などが売れれば売れるほどGNPは上がる。
 そのように過酷な世界で、反ー経済成長的な商品が開発・販売されている。
 これはぜひ応援したいと考えるものである。




台風で森林伐採中止@フィリピン

2004年12月06日 16時41分57秒 | 自然保護・修復
 フィリピンにまたまた台風がやってきた。多くの人たちが避難生活を送っている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041206-00000008-nna-int

 アロヨ大統領は、地すべりの原因が森林の過剰伐採にあるとの環境団体の指摘をうけ、伐採を禁止するとか。

 しかし、実際には、闇で伐採されるのではないだろうか?
 自立した経済圏を壊し、世界経済のなかで貨幣収入によって生活をしようとする。そうすると、
意図とは裏腹に貧困化する。

 これまでも森林伐採によって生息地を狭められている野生生物もある。たとえば、WWFのサイトでは、フィリピンワシが、森林伐採による生息地破壊によって絶滅の危機に瀕していると言っている。http://www.wwf.or.jp/wildlife/redlistanimals/bird/bird012.htm

 台風の被害を待たずして、伐採を禁止し、元の生態系に近い種を選んで植林をしなければ、動物も植物も人も生きられない地球になってしまう。
 木材の輸入国であり、自らの地元でもクマなど他の動物の生息地をおびやかしている日本も他人事ではなく考えるべき、そして行動すべき問題だ。

 では何ができるだろう? どなたかいいアイデアがあれば、教えてください。

 

 

 

 






 

 

 
 


 


おわびと説明

2004年10月16日 22時08分15秒 | 自然保護・修復
ひさびさのカキコです。

実は家のPCが不調でして。今はネットカフェからの投稿です。
なかなか相談センタ-に電話がつながらなかったり、体調の関係で寝込んだりしていたので、
しばらく更新できませんでした。楽しみにしていた方、ごめんなさい m(__)m。

ネットカフェ代も安くないので、PCが直り次第、記事の投稿を継続します。

ペットボトルと水筒ーー自律と他律

2004年09月30日 01時20分55秒 | 自然保護・修復
ヴィデオ・ニュースの丸劇トーク・オン・デマンドで、ペットボトルの話をやっていた。http://videonews.jp/

 なんでも、ペットボトルは紙容器・ガラス瓶・アルミ缶・スチール缶などと比して、環境負荷が大きいという。
 ゲストの安井さんによれば、リサイクルのイメージのあるペットボトル。だが実際には、電化製品のパッケージや一部の卵のパックに使われるだけだという。
 さらに、コンビニなどで売っているペットボトル飲料は、水なら0円、お茶なら1円。あとは流通、容器、リサイクルコストなどの集合だ、と神保さんは語る。
 これは説得力があった。なんだか高いなあと漠然と思っていたがたった0円や1円のものにいちいち百数十円も払っていたなんて、ビックリした。
キャップに雑菌が繁殖するというのもビックリした。(よく日常的に、真夏でも飲んでいたなあ。

 最近ではガラスではなくステンレス製の魔法瓶が各メーカーから出されていると神保さんのコメントを聞き、希望が出る構成だった。

 さっそく、近所の西友でステンレス製魔法瓶を手にいれた。少し手間がかかるけれど、ペット容器よりも水筒のほうがエコロジーかつエコノミーだ。中身もさめにくい。外出先はもちろんのこと、家の中でも一度入れたお茶を水筒に保存しておくと、冷めにくいため便利だと気づいた。
 中には「これだけペット飲料が増えれば、お茶を水筒に入れると選択の幅が小さくなる」と嘆く人もいる。
 しかしそれは間違いだ。むしろ無限に選択の幅が広がる。
というのは、自分でお茶を入れるとき、お茶っ葉の銘柄、種類、お茶の濃度、温度などを自在に調整できるからだ。多品種少量生産も手作りにはかなわない。自分でお茶を入れれば、世界にたったひとつしかない自分のお茶ができるのだ!
 水筒を持ち歩いて友人や同僚と「今日は静岡産の緑茶」「わたしのは今日はラベンンダーと紅茶を半々にミックスしたやつ」「ウチはハトムギ茶」といった風に中身を教えあえば、会話もはずむ。互いにおすそ分けをすれば、一日に何種類ものお茶が味わえる。そして、お茶から相手の体質や趣味や人柄を知ることができる。コンビニでできあいのお茶を買うのでは、こうはいかない。
文明批評家のイバン・イリイチ風に言えば、ペットボトルは他律的。水筒は自律共生的(コンヴィヴィアル)な道具だと言える。 
 水筒でお茶を持ち歩くことは、環境にやさしいとか、安上がりだというだけではない。宮台さんが主張していた「デイズニーランド・デニーズ的なアメニティ」と「地域商店街的アメニティ」の
バランスをとる行為でもあるのだ。自分(たち)で自分(たち)の運命を左右する力があると、日常生活を通じて確認できることは、絶望ゆえのテロや犯罪・ファシズムを防ぐ防波堤にもなる。ひとりひとりの存在価値を信じる土壌は、自ら作るしかない。
 
 番組の最後のほうで、三人で「水筒をオシャレなものとして流行らせよう。テレビドラマで有名なタレントにやってもらったらいい。そうだ、韓国に頼もう!」といった話になって盛り上がった。本当に、そうしてもらいたい。

(10/1、記事の趣旨を変えない程度に修正しました。)
  
 
 





フリ-タ-が語る当世渡り奉公人事情

2004年08月09日 22時33分43秒 | 自然保護・修復
フリ-タ-とはどのような職か?

フリ-タ-をしていると、自分が人なのかロボットなのか分からなくなる。
まるでロボットのような作業ばかりだ。
壊れれば機械のように捨てられる。

権利擁護の情報はなく、悪意さえ感じられる中傷の情報が日常会話にもメディアにもあふれている。

不安を隠すためのごまかし、当面の心理的安定のための思考停止と感覚マヒが蔓延している。

女性のフリ-タ-は結婚にあるえない幻想を抱く。奴隷根性と敗北主義(ボ-ヴォワ-ル)に染まっているのだ。

(NOW BUILDING)




ニホンオオカミ復活プロジェクト

2004年07月16日 15時15分30秒 | 自然保護・修復
本の紹介:「日本の森にオオカミの群れを放て」 文・吉家 世洋 監修・丸山 直樹 発行:ビイング・ネット・プレス 発売:星雲社 2004 定価1600円+税 

 ニホンオオカミが絶滅して一世紀が経とうとしている。その今ニホンオオカミ復活計画がもちあがっている。学校が日本に上陸して増えていったのとは対照的だ。
 
 復活論者たちは、各地で深刻化するシカの食害、森林破壊による水害などを防ぐと言う。
 現在、自然保護から一歩踏み込んだ自然修復が求めれている。日本の生態系でその鍵を握るのが、トップ・プリデイター(生態系の頂点の種)にあたるオオカミの復活だということだ。
 また、ヨーロッパのオオカミとイノシシとの共生関係から推論して、日本の本州東北部でのイノシシとオオカミの両種復帰をも視野に入れている。

 すでに欧米各国では、一度絶滅した地域に同種のオオカミを移入し、繁殖が成功している。それで、日本では、ニホンオオカミと先祖が同じ中国のオオカミを移入すべしと著者らは主張する。
 ヨーロッパのオオカミ生息地と比べた日本の国立公園と周辺の住宅地域の調査によると、復活可能性は大きいと言う。
 
 興味深いことに、優れた猟犬の産地とされる地域にニホンオオカミが最期まで生息していたと考えられ、また復活の候補地に選ばれている。また、オオカミを祭る神社のある地もやはり復活候補地に選ばれている。このことから、オオカミとヒトが、身近に密接な関係の中で暮らしてきたことがわかる。

 明治以降、近代西洋思考の注入によって、悪者のイメージを貼られた種を復活させることは、日本の自然・文化の独立性と卓越性を示すことになるだろう。
 それは、現在にいたるアメリカ主導のグローバリゼーションを肯定するか、それともアジア主義でゆくかという思想的課題とも無関係ではない。とりわけ、今日の西洋文化中心の学校や大学をどうするかという選択とも緊密に関連した問題でもある。
 
 作るべきオルタナティブ大学では、近代西洋中心、人間中心の考えにこだわることなく、広くアジアや他の地域の文化や考え方を学ぶ機会を多数用意したいと思っている。みなさんのご理解・ご協力を願いたい。

(写真は京都の西山にある保津峡の一部。)