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学校のない社会 大学のない世界

学校のない社会、大学のない世界に興味・関心のある方、ともに集いましょう。大学教員によるトラックバック等はご遠慮ください。

フラッシュ・モブ

2010年08月31日 04時09分22秒 | サブカルチャー
まずはいくつか画像をごらんあれ。

フランスの大規模OFF 枕投げ

ネット時代の壮大ないたずらといったところかな。

フラッシュ・モブ予告 新宿アルタ前広場

社会的・政治的メッセージを発信する場合もある。

NO PANTS DAY in NY

アートとしての人の集合。パンツなしでみんなで地下鉄に乗ってしまいます。日本ではわいせつぶつ陳列罪でとりしまらるでしょう。が、面白い!


解説

wikipedia フラッシュ・モブ

wikiの解説では政治的なものは含まないとされていますが・・・。

イル・コモンズのふた [警告・フラッシュモブ]

イルコモンズのふたのサイトでは、アートも政治もなんでもありといった解釈がみられますね。

すでに映画・テレビの業界や、イベント・プロデューサーなどはこの群衆行動に目をつけているでしょうね。わたしとしてはこれをぜひ社会運動にビルトインしたいと思うのですが。
ある程度アートっぽく目立たないと、マスコミが取材にきてくれないし。
マスコミに報じられなければ小さなイベントで終わってしまう。。。そんな残念な事態を避けるために。

それから、やっぱりはじける、かっこいい、面白い要素がないと、たくさんの人が集まりません。
人寄せのためにサウンド・デモとか、デモへの美術や音楽の導入も社会運動はやってきました。
しかしネット時代のいま、ネットでよびかけてのオフだけでなくフラッシュ・モブも、社会運動の一風景にしなければなりません。
それをどうすればよいのかは、まだ分かりません。
だけどここにメモを記すことによって、多くの方々と知恵をよせあうきっかけになれば幸いです。











グロテスクな教養、あずましい学養

2005年09月29日 23時10分52秒 | サブカルチャー
注 あずましい:津軽地方の方言で「心地よい、気持ちよい、美しい、すてきな」の意。

 このブログと親しいハラナ・タカマサさんが、旧制高等学校的な教養について批判的に書いておられる。http://blog.drecom.jp/tactac/archive/226

 旧制高校では「寮雨」といって、二階から立ちションベンをすることを優雅に表現したという。また、「ストーム」といって、いじめかバカ騒ぎのような騒動を起こしていたという。このように、自由というよりも反動か放縦のような行動をとるところは、選抜された子どもたちが保護されてすごすところでもあった。そこでのサブカルチャーの一部が「教養」と呼ばれるものらしい。
 
 教養をわたしは支持しない。特権を嫌い、人権を愛するわたしにとって、教養などいらない。
 かわりに、学養がある。教えられ押しつけられるのではなく、自ら学びとったものが。誰に命令されるまでもなくわたしは楽器を手にした。誰に命令されるわけでもなくわたしはNHKの「芸能花舞台」などの伝統芸能番組等を通じて日本舞踊・能・文楽・歌舞伎などに親しんだ。
 ヨーロッパの近代古典音楽はいまいち好きではない。観客との一体感が乏しく、複雑なノイズの美しさを消してしまっているからだ。世界の伝統民族音楽を聴くとき、ヨーロッパの中世以前の音楽を耳にするとき、わたしは新鮮さとともに懐かしさを覚える。そこに魂があり、ふるさとがあるからだ。西洋の近代音楽が消し去った地方地方の独特の音があるからだ。
 たとえば韓国の伽耶琴(カヤグム)を聴くとき、遠い親類の便りを手にしたような親しみを感じる。インドネシアやマレーシアやタイの伝統音楽を聴いても事情はいっしょだ。
 そのことは学校の教養人からはバカにされる。だから何で悪いのよ?
 ペルシャには独自の旋法があり、中国には独特の音階理論がある。古代ギリシャにもピタゴラス音階があった。アラビアやインドにも、近代西洋の平均12音階よりも微細な、小さな音の高低を表現しわける知識と技法がある。
 中世の音楽は、まだ言語がフランス語でもスペイン語でもなかった時期の言葉を届けてくれる。無名の人々の創造性を今に伝えてくれる。

 学養はあずましい。強制がないからだ。
 教養はあずましくない。強制が、出世欲が絡むからだ。子らを出世させたい親や教員の利害がモロに噴出するからだ。それは本人のためという衣をかぶったエゴ・ミエ・支配欲・打算の混合物だ。
 教養には昔から生活のなかになじんでいる、あの不思議な唯一性がない。親や祖父母の記憶と重なるものが何もないわけだ。温故知新のファンタジーも。とてつもない不幸が、信じられない愉悦に変わる魔術がない。
 たとえば、津軽のりんごの香りのような、あるいは激しい雪吹雪が目の前に浮かぶような音はギターでは出せない。山の大地が鳴っているような尺八の音は、フルートでは替えられない。シルクロードを思わせる雅楽の不思議な感触は、オーケストラでは出せない。琵琶の奏でる平家物語は、日本とインドをつなぐうなりをあげている。長崎の隠れキリシタンに伝わる長崎オラショは、日本とポルトガルの交流の証であり、深い信仰と正当な反抗の証拠でもある。

 岩波や中公ではえられないものが学養だ。石牟礼道子は水俣地域から学んだことによって多くのすぐれた小説とエッセーをものした。どんな学校が第二、第三の石牟礼を作れるか? どんな教養が、漁師の暮らしを美しく描けるのか? 
 
 「元琉球放送アナウンサーの岸本金三さんは、少年のころは村で三線の天才と言われていた。床の間にある三線を見よう見真似で5、6歳のころからいじり、小学生のころには祝い座や酒席で大人を踊らすまでになっていた。しかし、初等学校から中学に進むことになり、その入学式を前に異変が起こった。
 夕方、父が中学校の教頭先生をしていた岸本先生をわざわざ招き、金三さんをその前に座らせた。岸本先生は、「三線を弾くことは島の二才グヮー(青年)のやることで、中学・高校・大学へ進むには、今のように三線に溺れていてはだめだ。もし偉くなりたかったら、今後一切三線を弾いてはいけない」と父の前で誓わされた。金三さんは途方にくれたが、中学、高校、大学へは行きたいと夢見ていた彼は、この日を境に二度と三線を手にすることはなかった。ようやく三線を手にしたのは大学入学後である。
 このように少年から三線をとりあげた例は各村ごとにある話である。(宣保 榮治郎 「三線のはなし」 ひるぎ社 沖縄文庫1999、2001 PP24-25)

 教養は学養を破壊して蔓延してきた。あたかも開発が貧乏人の暮らしを悪くしてきたように。ところが、まだまだ教養に染まらない文化が生きているのも事実なのだ。

「小泉:インドネシアはもう次々と新しい音楽が出てくる。(中略)
岩田:それをつくる人はどういう人たちなんですか。
小泉: 普通の人です。専門家じゃない。バリ島には音楽学校の先生以外には専門家はいないんです。あとはもう全部の人ですからね。普通は農耕なんかやっている人たちですね。それが作曲して、しかも楽譜に書かないけれども中でみんな覚えているんですよ。もうものすごく難しい曲を一糸乱れず演奏するんですね。そういう人たちは、毎年3つ4つの曲が公認でできますから、それを覚えなきゃいけない。(中略)
小泉:(中略)ケチャは年ごとにどんどん形が変わり、新しいいいものがでてくる。あるでいいものができると、それが認められて島じゅうに拡がる。ところが、あのから学んで一生懸命覚えたっていうが、しばらくやってるとそれに飽きちゃう、それでやめちゃうんです。そうすると、いままでぜんぜんケチャなんてやったことのないがそれを始めるわけです。ところが、最近あちこちのでケチャを始めた。なんでケチャを始めたのかというと観光客がチャラチャラ来るからだ、これが多いんですよ。島の連中だけだと何年かやっていると飽きちゃうんですよ。それで昔のラーマーヤナ物語とかバリ島の複雑な暦を一年365日みんな絵に描いちゃったり、中そういうことをやっている。それがまた飽きると、こんど一斉にみんな彫刻に転向しちゃうんです。(笑)
(小泉文夫「音楽の根源にあるもの」平凡社1994,2001 PP257-259)」

 文化的再生産力の弱まったところにこそ、教養が「必要」なのかもしれない。

 


 

 
 
 
 
 




♪応援したいレコード店♪ーープランテーション

2004年08月30日 13時13分52秒 | サブカルチャー
大阪の心斎橋に面白いレコード屋がある。その名はプランテーション

http://www.plantation.to/

 主に第三世界のポピュラー系デイスクを取り扱っている。そのほか、ワールド音楽関連の雑誌や書籍、Tシャツなども置いてある。時々、アメリカのヒスパニック系の人の作った社会批評のこもったポストカードがおいてある。アフガン~イラク戦争の時にもイスラム系音楽をすすめていた。そういえばマフマルバフ監督の映画のチラシもここで取ったんだっけ。

 オルタナテイブ大学では、ヨーロッパ中心の知識のあり方を相対化してゆきたい。そのためにも、この大学に来る人たちには、プランテーションをお勧めしたい。論理だけでなく、感性からも
脱西洋近代ができるかどうか、試してみる価値はあると思う。

大阪の中の沖縄

2004年08月22日 22時54分04秒 | サブカルチャー
大阪の阪急東通商店街で、沖縄三線を弾いているミュ-ジシャンをみかけた。彼女の名は双葉。

沖縄本島から大阪の梅田にやってきた。いつもは歩道橋の上で楽器を弾いているという。
何でも3年ギターを、半年三線をしているそうだ。なるほど、どこか三線の弾きかたがギターのリフっぽいわけだ。
まだまだ荒っぽい演奏だが、少々の古典とたくさんのオリジナルをこなしていく。オリジナルは沖縄のリズムが生きており、ウチナーグチで書いた歌詞は沖縄の風景が見えてくるようだった。もちろん、ドミファソシドに代表される沖縄の音階ーーインドネシアのペロッグ音階と酷似ーーもきちんと生かされている。
カチャーシーやとぅばらーまをリクエストすると、「どうして知ってるんですか??」と不思議な顔をされてしまった。CDやTVやFMでやっているよ、と伝えた。
 そうすると彼女は、うれしいような、不愉快なようなフクザツな表情をした。きっと自分たちのものが知られていたうれしさと、自分たちだけのものが勝手に盗み見されたような不快感とが交錯したのだろう。
双葉の足元にはギターも見える。二つの楽器をかかえての旅は大変なはずだ。それでも彼女は疲れも見せない。勢いよくギターを弾きだす。的確なコード進行とフォークの影響の感じられる柔らかな音。そのなかにやはり沖縄のリズムが生きている。あと打ちというのであろうか、ンタンタンタタタの繰り返す、あの独特のスゥイングが素晴らしい。
 歌うときのうちなーぐち独特のなまりも、曲の持つ味わいを深めている。特に三線にはよくマッチしている。
 彼女の演奏に人々は足を止め、聞き入り、拍手をしていた。
わたしも拍手した。手持ちの小銭を彼女のギターケースに入れた。