「まじめにやるんだ近藤さん」(74年6・7号)は、アシスタントの近藤(洋助)くんが描く背景の絵に難癖を付ける怪盗・パンパンを狂言廻しに、ヘタウマ絵の味わい深さを貪欲に取り入れたギャグとノーマルな赤塚タッチを、総体的な画調として溶け合わせた傑作の一本である。
怪盗・パンパンは、金庫破りに向かう途中、夜空の星の描き方に文句を呟いたり、侵入するビルのデザインに満足したりと、アシスタントにしたら、煩わしさこの上ないキャラクターとして登場する。
何しろ、褒めたビルのドアの鍵穴が、自分が用意した鍵には全く合わず、近藤くんに、鍵穴の絵を描き直すよう要求しだす始末なのだ。
その後も、金庫室の〝庫〟の文字が間違っていることを指摘されたり、面倒なことばかり言われているうちに、遂に、近藤くんは嫌気が差してしまい、金庫室から逃げられないよう、ドアを小さく描き換えたりと、パンパンを当惑させる背景ばかりを描いてしまう。
仕方なく、パンパンはビルの窓から逃走を図るが、今度は、一階だった筈の金庫室が、いつの間にか二〇階になっている。
全ては、近藤くん個人の感情の縺れによるものだ。
盗んだ大金を二〇階下に落としてしまったパンパンは、遂にぶちギレ、近藤くんに解雇処分を言い渡す。
そして、田舎に帰った近藤くんに代わり、次のコマから、アシスタント見習いが、後釜として背景を担当する。
だが、見習いだけにまともな絵が描けず、それどころか、遠近法もろくに知らないため、二〇階下の大金入りの風呂敷が手を伸ばして拾えるという乱筆ぶりなのだ。
落ちは、パンパンが盗んだ金を使って、買い物をしようとするが、出したお札が完全に落書きの絵で描かれたものであるため、店主から「こんなへたなお札は たとえ漫画の中でもつかえませんよ」と言われ、ガックリくるというもので、全編に渡り、劇中劇の如くドラマが展開してゆく。
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このような漫画という二次元の枠組みを、恰も三次元との並列世界のように見立て、登場人物達が暴走してゆく物語構造は、「天才ハカホン」(73年26号)でも活用されている。
このエピソードは、『バカボン』世界の住民が全員役者というスタンスで、物語が進行する異色譚で、今回、初めて警官役で漫画に出演する、若い〝漫画俳優〟を主役としてフィーチャーしている。
この新米警官役の俳優、極度に緊張する余り、スピーチバルーンも、コマの真ん中という酷く調子の外れた場所に吹き出す始末で、「は は はじ はじ はじめて漫画に出演したもんで・・・・」と震えながら、汗だくで喋る大根ぶりなのだ。
おまけに、立ち位置まで把握しておらず、前に出過ぎて、絵面が顔面ドアップになってしまい、「カメラのすぐまえにたつやつがあるか‼」と、目ん玉つながりに首根っこを掴まれてしまう。
彼は、通行人役のエキストラに道案内をするという、取るに足りないアクトですら、オーバーアクションで演じてしまい、これにはバカボンや目ん玉つながりも大爆笑。役者として身を立ててゆく自信を失った彼は、「ぼく・・・・この役をおろさせていただきます・・・・」と言い残し、故郷に戻ろうとするが、その時突然、泥棒に入られたとの通報を受ける。
逃走中の泥棒を無我夢中で追跡した彼は、格闘の末、泥棒を見事に逮捕。カメラを意識しない自然体のまま、演技をすればいいということに気付き、俄然自信を付け出す。
だが、その過剰な自信が慢心へと変わり、すっかりスター気取りとなった彼は、「このつぎは ちばてつやの新連載漫画に出演してみたいなあ‼」などと、舐めた口を聞き出し、揚げ句の果てには、チョイ役は嫌だから、自分を主役にさせ、『バカボン』のタイトルの変更や、ギャランティのアップを要求し、翌日から『バカボン』の出演をボイコットする。
「まったく 近ごろの若いやつはすぐのぼせやがって‼」
「漫画をいったいなんだと思ってやがるのだ‼」
「ねえ‼ぼくたちだって長い下づみがあってこそ スターになれんだよね‼」と、怒り心頭の目ん玉つながり、パパ、バカボンの会話によって締め括られる。
現実世界でも蔓延る勘違い人間の如何ともし難い増長ぶりを揶揄した落ちも痛烈で、ファルスの定型を踏まえたドラマトゥルギーも心憎い。
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因みに、「説明付き左手漫画なのだ」に端を発したヘタ絵漫画の系譜は、「まじめにやるんだ近藤さん」以降、読者から募集した似顔絵に台詞を加え、そのまま一本のエピソードとして仕立てた「読者諸君のにがお絵でつくったバカボンなのだ‼」(76年5・6号)や、同様に、複数の赤塚番記者に描かせた絵で、丸一本の漫画にでっち上げた『天才ヘタボン』(「ビックリハウスSUPER」77年1月10日創刊号)といった作品へとリンクする。
これらもまた、赤塚なりの新たな笑いのエレメントを追及した実験的エピソードの一つに数えられるが、いずれも、プロが描いた絵とは異なるため、ヘタウマならぬヘタヘタ漫画と形容すべき下手物であり、記録的価値を越えたプラスアルファがあるとは言い難いのが残念なところだ。
このように、前衛と称し、可変性に富んだシュールな表現手法を類型化する中、これまで取り上げたどの作品よりも、大胆に、それも作為的に手抜きをやって退けた、狼藉の如しエピソードもあった。