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楽しくいきましょう、神戸 大阪

虫が好きな野菜が変わってしまった。

家の隣が八百屋だったし、

子供の頃、野菜しか食べられないベジタリアンだった私からすれば、

今の食べやすい野菜は野菜じゃない、スイーツです。

あの時代のバタークリームのケーキよりも食べやすくて美味しい。

特にトマトなんて、全く違う !

まず、形が違う。昔は、カボチャ並みにデカイ。そして半分ぐらいが緑。

そして固い。落としても、そうそう割れない。じょうぶ。

潰れるではなく、割れるです。

噛んだらサクサクしてました。だから、今ほど、みずみずしくない。

味が薄いから、塩をつけて食べるのが当たり前。

当然ヘタも、でかくて丈夫。

次に匂い。雑草臭い。イコール青臭い。

私は特にヘタに近い、青臭くて固い所が好きでした。

だから、ほとんど、何にも残りませんでした。

昔の野菜は、今と違い、全部不揃いです。

本来、自然なら、揃っている事自体がおかしい。

今の野菜は、とっても人工的です。言わば工業製品です。

大体、オーガニックて、わざわざ言っている時点で不自然です。

食べやすくて、美味しいなんて、不自然の極みです。

不味くて、食べにくいのも、たまには売ってみたらどうでしょうか。

そんなのを食べると、今の野菜の再発見ができると思います。

現代の、アクの強いハーブ流行りも、そこに起因するんではないでしょうか。

本来、ハーブは、ただの雑草ですから。

行き過ぎたから、元に戻ろうとする。

日本人は、良くも悪くも細かい事に、こだわり過ぎる所が有ります。

ほどほどを、通り過ぎてしまいます。

食も原点回帰で、野菜嫌いの人が食べたら、即死するような

昔の、超青臭くて食べにくい野菜を使った食堂とか有ってもいいと思います。

私は、そういう野菜を食べると、「うーん、不味い。」

そして、生きているという実感が湧きます。

現代は、食にハズレが無いので、日常の危機管理が出来ない。

それによって、生きている実感が薄いので、

逆に、ストレスになっているように思います。

昔は日常にリスクが、いっぱい有りましたが、今では無くなってしまい、

それがストレスとなり、都会の人間は、

そのせいで、一生懸命、日々小さなリスクを探している。

だから、色んな依存症を作り出しているのだと思います。

結局、生物として、生存している実感を追い続けているのでしょう。

それの、適度な、ほどほどの所が分からない人は、

色んな形で自傷し続け、最後は、自分の生存を脅かす事にまで行く。

そんな人を昔からいっぱい見てきました。

只々、楽ちんである事は、幸せなのでしょうか。

らしい野菜を食べたーい !



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