島ちゃんからもらった命のバトン

2009.1月急性骨髄性白血病発症。
2010.12月、旅立ち。
島ちゃんの軌跡と島ちゃんが遺してくれたもの。

つながり

2011-09-12 22:06:23 | Weblog
土曜日、日曜日と命のリレー「リレーフォーライフ芦屋」に行ってきました。

そこには近畿圏だけでなく他府県の方も参加されていました。

実は、昨年、島ちゃんが昨年このRFLに参加する時、私は反対しました。 島ちゃんは発病し入院生活が始まってすぐに島ちゃんはブログを

始めました。

ブログを通じて同じ病気で闘病生活をしてる方と知り合い互いの病状や闘病生活の事など意見交換してました。

ブログのコメントに何度も励まされたり励ましたりで楽しんでましたが、やっぱり病気が病気なだけに容態が急変しただとか、悲しい事に

突然亡くなったとか・・・。そんな事があると島ちゃんは自分の症状と照らしあわせて落ち込んだり不安になったりでときには荒れる事も

ありました。そんな時私はいつも「もうブログするのやめたら。」といってました。病気がきっかけで知り合った方とあまり仲良くなる必要

はないって思ってました。だから当然、RFLの参加も反対しました。

島ちゃんは治療でスッカリ体力も筋力もなくなっていて車椅子生活でした。家を出る時も玄関で靴を履くのに何分もかかり私の母は「無理して

いかんとき。炎天下やし、大変よ。」って止めたそうですが「ちょっとだけ行ってくるわ」って出て行ったそうです。その時の後ろ姿と表情

が今でも焼きついて忘れられないって今回のRFLに参加した時もボロボロ泣いてました。

 島ちゃん、RFLに参加した日とてもご機嫌でした。夜、島ちゃんを会場まで迎えに行った時の島ちゃんの表情はとても穏やかな笑顔をしてて

とっても生き生きしてました。島ちゃんの車いすを押してくださってたJIMEさんという方にその時私も出合い、ガンで何度も手術をして

それでも「ホントにガンだったの?」と思わせるくらいのパワフルさで私までもが元気を頂きました。

帰りの車のなかで島ちゃんは「ママ、いつもホントにありがとう。ホントにいっぱい感謝してるよ。来年は元気になってるから、子供たちを

連れて家族で一緒に歩こう」って言ってました。

私もRFLに参加しJIMEさん始め色んな方と知り合い今まで島ちゃんに「ブログやめたら」とかRFL参加を反対したことが島ちゃんにとっても

私にとっても違う事だったと気づき「ゴメンネ。一緒に頑張ろう。来年は家族で絶対参加して病気の体験談でも面白、おかしく話そうね。」

って言いました。

車の中で大きな声で二人で歌ってましたからね。

 あれから1年家族で参加するはずだったのに、今回のRFLに島ちゃんの姿はありませんでした。

約束したのに・・・。

会場では、沢山の方が私に声をかけて下さいました。皆さん島ちゃんの事を覚えてくださっていて「素敵な笑顔のご主人でしたよね。」「よく

参加しでくれましたね。ありがとう。」って言ってくださいました。

今年は「オレンジフェニックス」というチームを闘病仲間のEBNONさんと島ちゃん妹のマジョンナと立ち上げ参加しました。

芦屋の会場は生き生きとしていて、なんだかエネルギッシュでそこに立ってるだけで元気が充電されていくんです。

夜、綺麗なお月さまが出てました。

そのお月さまを見て次男坊は「パパがみてるね。ほら、あそこにいるでしょ」と約束通り家族と参加してましたよ。

なんか不思議な夜だったけど島ちゃんを感じることが出来ました。

昨年のサバイバー(ガン患者さん)の方の手形とコメントを書いたフラッグを見せて頂きました。

そこに島ちゃんの手形と「感謝」の文字がありました。

名前は書いてなかったけど震える手で書いた文字は島ちゃんのだってすぐにわかり、涙をこらえる事も出来ず人目も気にせず泣いてしまいました。

島ちゃん、RFLに参加させてくれてホントにありがとう。

そして島ちゃんの想いはちゃんと皆さんに繋がってます。

命のリレーはちゃんと引き継がれてます。

人は助け助けられ、励まし励まされ、命は自分のものであって自分のものでない。だから生きていることに感謝し、当たり前でなく、命を

大切にしないとアカンと参加した方は思ってくれたはずです。

島ちゃん、ホントにありがとう。

そして出会ってくださった方、ほんとにありがとうございます。

今後も皆様と家族のようにお付き合いをさせていただければ嬉しく思います。