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バズワード科学; 負の質量、量子コンピュータ、AI

2018-03-19 05:58:00 | 物理化学
 バズワード物理という言葉があることを知りました。バズワード(buzzword)とはwikipedia日本語版(英語版)に書かれているように、「具体性がなく明確な合意や定義のないキーワード」とのことですが、例えばいかにも革新的な発明や理論であるように見せたくて鬼面人を驚かすがごときキーワードとして使うことが多いようです。

 ひとつの例が昨年(2017年)春先に流れた「負の質量」の話題です。

Ref-1a) "Phys. Rev. Lett. 118, 155301 – Published 10 April 2017"
Ref-1b) 科学検定の記事"【科学ニュース】“負の質量”を持つ流体を作成"()
Ref-2a) エキサイトの記事(2017/04/17)
Ref-2b) カラパチアの記事(2017/04/21)
Ref-2c) エキサイトの記事(2017/04/21)[実は上記カラパチアの記事の丸ごとの引用]
Ref-3a) 超流動ルビジウムの負の質量は反重力ではないです(2017-04-19 15:05:55)
Ref-3b) 物理学者が生成した「負の質量」をもつ物質の正体とは?(2017/06/26)

 これらの記事でも触れられている「力と反対の方向に加速される」という意味での負の質量(Negative mass)の物質というのは、現在のところはまだ理論上だけの存在で、単に"負の質量"と言えば真っ先に思い浮かぶのはこの概念でしょう。それは物理学者にとっても分野外の人にとってもそうだと思います。また今は不要になったとされるディラックの海(Dirac sea)という概念があり、ここでは負のエネルギーすなわち負の質量エネルギーを持つ粒子が想定されています。

 しかし上記の記事で"負の質量"と書かれたパラメータは有効質量と呼ばれるもので、いわば偽の質量です(^_^)。要は実際に働く力の一部のみを取り出して運動方程式に相当するものを組み立てると、質量に相当するパラメータが実際の質量とは異なってくるということです。偽の質量と書きましたがちゃんとした物理用語なので嘘をついているとは言えません。でも知らない人が読めばほぼ確実に誤解しますよね。

 発表者のフォーブス氏も混乱させたのは拙かったと反省しているように見えます。

「「『負の質量』という言葉を使って混乱させてしまったのは、わたしたちが真空で『負の質量』をもつ流体を生成したと思われたからでしょう。有効質量とは、粒子そのものの質量というよりも、質量はシステムに存在するという意味を持ちます。」[Ref-3b]

 この実験系が本当の負の質量を持つ粒子の運動のモデルになることは確かでしょう。同じ方程式に従うのですから。
 
「類似の物理学や天体物理学、特に中性子星やブラックホール、ダークエネルギーなど、実験が不可能だった宇宙論的現象の研究に新たなツールが与えられた」[Ref-1b]

 もっともフォーブス氏も、今は架空の存在である真の負の質量を持つ粒子のモデルというよりは、負の有効質量を持つかもしれない系のモデルという方を重視しているような発言をしているようです。

「たとえば低温原子の中でもリチウム原子は、超新星爆発の超高密度残骸である中性子星の特性をモデル化するのに利用できるはずです。」[Ref-3b]


 という次第ですが、ここで「(真の?)負の質量が発見された」とか注釈を加えるとフェイク・ニュースになります[Ref-2a-c]。カラパチアは出典さえ示していませんし、ダメダメなニュースまとめサイトであることが明らかになりました。エクサイトは出典を示すという最低限の常識はあるのですが、ダメダメな2次情報をそのまま載せてフェイク・ニュース拡散に手を貸してますし[Ref-2b]、知っていながら向こう受けを狙ったのか知らずに解説したのか見当はずれの注釈でフェイク・ニュースを創り出していますし[Ref-2c]、やはり質は低くて信用ならないと言わざるを得ません。


 負の質量事件では発表者は普通に有効質量という言葉を使っていたつもりが中間伝達者がバズワードにしてしまった疑いが濃厚ですが、量子コンピュータという言葉を巡っては研究者自身がバズワードにしてしまった疑いが浮上しているようです。

Ref-4a) 内閣府ImPACTの誇大広告広報と量子コンピュータの話(2017/11/21)
Ref-5a) ImPACTの説明「量子人工脳を量子ネットワークでつなぐ高度知識社会基盤の実現」
Ref-5b) NTT発表(2017/11/21)「日本生まれの量子コンピュータ - NTTがクラウドシステムとして一般に公開」
Ref-5c) ImPACTの説明(2017/12/07)「室温で24時間安定稼働する 量子コンピュータが無償開放――革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)」
Ref-5d) QNN(Quantum Neural Network)解説(2016/10/18)
Ref-6a) 日経サイエンス(2018/02)「日本版「量子」コンピューターの選択」
Ref-6b) 日経コンピュータ(2018/01/12)「「量子コンピュータか否か」議論が問う、日本の技術政策への覚悟」

 ImPACTが推進するQNN(Quantum Neural Network)[量子ニューラルネットワーク]も実用的には意義のある開発と思えますが、実際にビットのエンタングルメントを使ってはいない、ということのようです。量子アニーリングと命名された技術もありますが、これもエンタングルメントを使ってはいないようです。まあ「量子」はあらゆる現象に絡んでいますから「量子」と命名する理由などどんな技術にもありそうですので、きちんと区別することが大事そうですね。

 そういえばここで使われている「ニューラルネットワーク」もアルファ碁などの深層学習のための回路として使われている「ニューラルネットワーク」とは全くの別物です。単に「「量子測定フィードバック」回路をシナプス結合と見立てたシステム[Ref-5d]」というだけなので、これならどんな電子回路でも「ニューロ」と呼べてしまう気がしないでもありません。

 リーダーの山本氏やNTTとしては、真の量子コンピューターは実現が遠そうなので実現性のある技術に注力する、という戦略であり、それは確かにありですね。「だが量子コンピュータの名を冠していては、マスコミも国民も状況を見誤る。世界に通じる言葉で国の戦略を議論すべきだろう。[Ref-6a]」というのが正論でしょう。


 さて、ここで登場したアルファ碁のプロ棋士との勝負以来、AIという言葉がどっと増えましたが、深層学習もニューラルネットも使っていないのにAIと称するものもどっと増えたようです。要は1950年代にはロボット、その後にはコンピュータ、80年代だとエキスパートシステムと称していたものが最近ではみなAIになってしまったという印象を受けます。これらの一部もバズワード(buzzword)の匂いがしますね。



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