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学問全般について語ります

ソフィスト(7) 3冊の本

2015-06-15 06:11:59 | 歴史
 プラトンが哲学者とはもって非なるものとしたソフィスト達について史実を分析してまとめた書籍は世界でもあまり多くないようです。例えば文献3では「わが国はむろんのこと、外国においても、ソフィスト全般について書かれたまとまった書物というものは、あまり見られないようである。[3)p4]」と述べられています。ただ3は初版が1941年という古い著作です。最新の書籍である文献4の巻末の参考文献に多くの文献が挙げられていますが、やはりまとまって読めるものというと少なくて、日本語では文献3-5くらいのものらしいです。ウィキペディアの記事でも現時点での参考文献は3と4だけです。

 さてこの3つの文献は一言でいうと、4はプラトンびいき、5はソフィストびいき、3は中立です。

 史実をわかりやすく伝えているという点で、やはり文献3が一番おすすめです。「根本史料にもとづいて、直接に著者が見たままを明らかにした[p3]」と書いてある通りの著作で、ソフィストに関するもっとも頼りになる本と言ってよいでしょう。特に第5章「その時代」は当時の社会状況や国際状況がしっかりと描かれていてうれしいです。巻末の北嶋美雪による解説を読むと、執筆時期の1941年少し前はちょうど太平洋戦争突入直前で、うかつな事を書くと憲兵に引っ張られそうな時代で、微妙な状況があったようです。著者の田中美知太郎は多くの著作のある西洋古典学者で、実は文献1、2共に彼の著作が下敷きにされています[1)p3][2)p203]。

 文献4の著者は「古代ギリシャのソフィストたちが、哲学に向けた挑戦に、私たちがどう応えるかが、ここで向き合う課題である。[p12]」とか「ソフィストの思想を丁寧に分析しながらも、それと何らか根本的に対決することが、哲学の使命であり続ける。[p44]」とかいう問題意識で書いています。あとがき[p359]では「本書でのソフィストの考察が、哲学そのものにとって、そして現代社会においてどうのような意義をもつのか、その展開は今後の課題である。」とも述べています。良くも悪くも善き生き方や善き社会を考察するという意味での哲学者、それも西洋哲学を使って考察する哲学者、という姿勢が前面に出た著作です。

 しかし第二部では何人かのソフィストの思想を史料に基づいて解説しており、興味のある人には読みがいがあるかも知れません。私は第8章のアルキマダスによる書き言葉に対する語り言葉の優位性を論じた考え方に、色々と想う所がありました。

 文献5も詳細な史料を基に史実を伝えているのですが、事実の羅列気味でやや読みにくい部分もあります。しかし最後の「結論」を読めば伝えたいことがわかります。それはソフィスト達の思想は多様であり、「他のソクラテス以前の思想家たちとまったく同様に、個別の研究対象とされたうえで、本来の意味における哲学史に再統合されるべきであろう」というものです。彼らについての史料の多くの部分が、いわば敵方であるプラトンの著作によるために、哲学史において不当に評価されてきたのだということです。まあ、ソフィスト寄りとは言いましたが、研究者として素直に歴史に向き合えば当たり前のスタンスだとも言えます。

 私から見ると文献4の著者のスタンスなどが異常に見えてしまいます。まあ納富信留氏は歴史研究者ではないようですからいいのでしょう。

 ちなみに私は文献3の各章の簡潔な題名は好みです。
第1章 悪名
第2章 歴史的モデル
第3章 その人びと
第4章 問題の人びと
第5章 その時代
第6章 徳育
第7章 弁論術――レトリック
第8章 エリスティケー――問答競技
第9章 悪名の由来

 文献4の各章も姿勢をよく示した題名です。
序章 ソフィストへの挑戦
第1部 哲学問題としてのソフィスト
 第1章 「ソフィスト」ソクラテス
 第2章 誰がソフィストか
 第3章 ソフィストと哲学者
第2部 ソフィストからの挑戦
 第4章 ソフィスト術の父ゴルギアス
 第5章 力としての言論―ゴルギアス『ヘレネ頌』
 第6章 弁論の技法―ゴルギアス『パラメデスの弁明』
 第7章 哲学のパロディ―ゴルギアス『ないについて』
 第8章 言葉の両義性―アルキダマス『ソフィストについて』
結び ソフィストとは誰か

 文献5の各章は、まさしく列伝ですね。
序文
第1章 プロタゴラス
第2章 ゴルギアス
第3章 リュコフロン
第4章 プロディコス
第5章 トラシュマコス
第6章 ヒッピアス
第7章 アンティフォン
第8章 クリティアス
結論

 ところで文献3の第3章では、有料で政治教育や一般教養教育を行う者としてのソピステースとして、プロタゴラス(Protagoras)、ゴルギアス(Gorgias)、プロディコス(Prodicus)、ヒッピアス(Hippias)、エウエノス(Euenus)を挙げていますが、文献5にも挙げられ従来もソフィストとされていた、トラシュマコス(Thrasymachus)、アンティフォン(Antiphon)、クリティアス(Critias)、エウテュデモス(Euthydemus)、カリクレス(Callicles)、クセニアデス(Xeniades)、リュコプロン(Lycophron)、アルキダマス(Alcidamas)については、この定義でのソピステースには必ずしも当てはまらないとしています[第4章]。

 ソピステースに当てはまるのは誰かという話の詳細は次回とします。


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参考文献
1) プラトン(著);加来彰俊(訳)『ゴルギアス (岩波文庫)』岩波書店(1967/06/16)
2) プラトン(著);藤沢令夫(訳)『プロタゴラス―ソフィストたち(岩波文庫)』岩波書店 (1988/08/25)
3) 田中美知太郎『ソフィスト (講談社学術文庫 73)』講談社(1976/10)
4) 納富信留『ソフィストとは誰か? (ちくま学芸文庫)』筑摩書房 (2015/02/09)
5) ジルベール ロメイエ=デルベ(Gilbert Romeyer‐Dherbey); 神崎繁(訳);小野木芳伸(訳)『ソフィスト列伝 (文庫クセジュ)』白水社(2003/05)

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