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ソフィスト(6) 徳とは

2015-06-13 06:16:09 | 歴史
ソフィスト(5)の続き

 『ゴルギアス (岩波文庫)』1)の登場人物であるカルゥリクレス(「ルゥ」は原文では「小文字のル」)の表記は、他の文献などでよく使われているカリクレスに統一します。

 ソクラテス/プラトンは『プロタゴラス』2)では、「生活を安全に保つ途(みち)は快楽と苦痛を正しく選ぶこと」にあり、そのための計量の技術[p148]が大切だと結論しました。ただしここでの快楽とは多くの人がついつい選んでしまうような目先の快楽のことではなく、長期的に見て最善の快楽、最終的な快楽であり、いわば人生の最期に「ああよかった」と思えるような快楽を指します。

 このような「いかに生きるべきか」という人生哲学については『ゴルギアス』での62ページにわたるポロス(Polus)との討論および150ページにわたるカリクレス(Callicles)との討論で特に詳しく語られています。

 ゴルギアスは自分は「正しいこと」も教えると言っているだけで何が正しいことかを語ってはいませんし、プロタゴラスは「国家社会のためにすぐれた人間」となるための能力である「徳」を教えると言っています。ところがポロスは、自分が国家の中で出世して腕を振るうこと、最終的には「ちょうど独裁者たちがするように」自分の思うようにふるまえるようになること、が善きことであり正しいことだと考えています[p74]*1)。そして出世の手段が不正であっても力を持ちさえできれば幸福になれるのだと考えています。そしてその証拠として「不正を行っていながら幸福な人間は数多くいる[p89]」として当時の色々な政治家の例を挙げていきます。

 カリクレスに至っては「正義とは、強者が弱者を支配し、そして弱者よりも多く持つこと[[p136]」とアゴラ(Agora)
で公言したらたちまち陶片追放(Ostracism)されそうな主張をします*2)。彼によれば、それが自然の本来(ピュシス)の正義なのだが法律慣習(モノス)上の正義では逆なのであり*3)、ソクラテスは両者を混同しているのだと主張します。

 解説によれば、「この世において有能有力であることが人間の卓越性(徳)であって、世俗的な成功こそが人生の目標であると信じられていた実利主義的な人生観」「快楽がすなわち善であって、欲望の充足こそ幸福な生活だとするような考え方」ということになります[p349]。

 対してソクラテスは、「不正な仕方で死刑になる者は、不正な仕方で死刑にする者よりもまし[p84-85]」「人に不正を行うのは、害悪の中でもまさに最大の害悪[p85]」という主張や、「不正を行いながら罰をうけない者は、罰を受けた者よりも不幸[p97]」との趣旨の主張を変えません。

 そして彼の人生観の根拠とは、実は来世信仰の一種なのでした[p267-274]。すなわち人は死後に、衣服や肉体といった覆いを捨て去った魂だけの状態で、ミノス(Minos)、ラダマンテュス(Rhadamanthus)、アイアコス(Aeacus)、の3人に裁かれ、一生を正しく敬虔に過ごした者は「幸福の島」に送られ、不正に神々をないがしろにする一生を過ごした者は償いと裁きの牢獄「タルタロス(Tartarus)」へ送られる、という神話(ミュートス)です[p268-269]。人生の最期にどころか、死後に快楽を得るようにすることこそが真の快楽だということなのでした。

 さて具体的な正しい行為や立派な行いの話となると、『プロタゴラス』ではペリクレス(Pericles)が知者であり立派な人の例として挙げられています[2)p39]。彼はまさにプロタゴラスが定義した意味でのの持ち主と言えますが、『ゴルギアス』では彼を含めて過去の偉大とされる政治指導者たちも、プラトン/ソクラテスからはその徳を否定されているように見えます[1)p204,243-255]。「国家の召使い」としてなら申し分ないけれど、「市民たちをよりすぐれた者にする」という点では落第だ[1)p249]、という主張です。

 ではよりすぐれた者」すなわち「正しい人」がするはずの「正しい行い」とは具体的にはどんなものなのでしょうか? プラトン/ソクラテスの考えは少なくともこれら2冊の中にはほとんど示されていません*4)。しかしプラトンの著作のひとつクリトン(Crito)の中で、ソクラテスが死を受け入れる理由を述べている部分に、プラトン/ソクラテスの具体的正義がいくらか示されているようです。書籍はまだ読んでいませんのでウィキペディアの記事を参考にしますと、ソクラテスにとっては、国法(この場合ポリス国家アテナイの法)を破ることは、いかなる理由であれ不正な行為なのです。

 とはいえ、それは単に国法こそ正義という単純なことではないようです。国家との間で自由意志により交わした「アテナイに留まり続けている者は、国家の命令の一切を履行する」という契約を破る行為だから不正だというのです。アテナイの法に従うのがいやなら他の国にいくのは自由なのにアテナイに住むことを選んだのだから、というわけですが、国を選ぶことがそれほど簡単ではない現代日本人から見ると羨ましいような、無茶言うなと言いたいような。また国家という他者を害する行為だから不正なのだ、という別の観点もあります。「人に不正を行うのは、害悪の中でもまさに最大の害悪[1)p85]」と主張しているのですから。

 ということでプラトン/ソクラテスの具体的判断基準は通常の道徳とアテナイの法ということになりそうです。その他にもクリトンのウィキペディアの記事からは興味深い点がいくつか読み取れます。
 ・1) ソクラテスは子供をもうけていた。
 ・2) それも71歳の時に、まだ養育や教育が必要な子供がいた。
 ・3) ソクラテスは従軍したことがあり、それは正義と考えていた。
 ・4) 父母と子、主人と奴隷、国家と国民、の関係は対等ではないと考えていた。

 3)に関しては[2)p138,157-158]でも、「戦争へ行くことは立派なこと」で、短期では苦痛だが国家の安全という快楽をもたらす善なのだと述べています。他の史料によればペロポネソス戦争重装歩兵として参加したとのことで、壮年のソクラテスは頑健な肉体を持つ普通のアテナイ市民だったのです。同時にアリストファネスの喜劇に取り上げられるくらいの有名人でもあったのですが。ともかく、「国のために人を殺すなんて本当は間違っているのではないか?」という20世紀後半にはごく普通に見られるようになった迷いは、この時代にはほとんどゼロのようです。まさしくプロタゴラスの語った神話のように、<つつしみ>と<いましめ>により個人的欲求を抑えて人々が結束するためというのが正義の存在理由だったのです。

 2)に関しては子供が15歳としてソクラテス56歳の時の子になりますが、ウィキペディアの記事[アテナイの社会と文化]によれば、「(女性は)15歳位で親が決めた30歳位の男性と結婚した。」とのことですから、男は晩婚が普通だったのかも知れません。そうだとしても50代でも子供ができたとすれば、ソクラテスは意外に子だくさんだったのかも知れません。それは近代以前の家族なら普通のことでしょうが。


ソフィスト(7)へ続く

===== 注釈 ==========
*1) 対してソクラテスは、独裁者たちは国内で最も微力な者なのだ、と反論する。
*2) カリクレスによれば、強者とは例えば「人間たちの中でもより力の強い人たち」であり、弱者とは例えば「世の大多数を占める人間ども」である。この考えはソクラテスから鋭く矛盾を指された[1)p150-152]。すなわち、多数の者は一人よりも自然本来においてはより強く、そのより強い者が定めた法というものは、自然本来において正義であることになる、と。強さにも多様性があることを考慮していないことが、カリクレスの論理の欠陥である。
*3) ピュシスとモノスの対比という考え方については文献3のp177-189に詳細な説明がある。文献4のp44,126にも簡単な記載がある。それによれば、当時は自然科学の進展により現代でも通用するような自然に関する学説も登場した。さらに国々により法や慣習も様々であることが認識されて、伝統的な神々による自然理解や一国内だけの法や道徳の正しさというものに疑問が感じられるようになったが、そこに理論的根拠を与えたのがピュシスとモノスの対比という考え方だった、とのことだ。
*4) 教育的見地からは具体的には示さずに生徒(読者)に考えさせる意図とも考える余地はある。

===== 参考文献 ======
1) プラトン(著);加来彰俊(訳)『ゴルギアス (岩波文庫)』岩波書店(1967/06/16)
2) プラトン(著);藤沢令夫(訳)『プロタゴラス―ソフィストたち(岩波文庫)』岩波書店 (1988/08/25)
3) 田中美知太郎『ソフィスト (講談社学術文庫 73)』講談社(1976/10)
4) 納富信留『ソフィストとは誰か? (ちくま学芸文庫)』筑摩書房 (2015/02/09)
5) ジルベール ロメイエ=デルベ(Gilbert Romeyer‐Dherbey); 神崎繁(訳);小野木芳伸(訳)『ソフィスト列伝 (文庫クセジュ)』白水社(2003/05)

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