知識は永遠の輝き

学問全般について語ります

達人は完璧に間違える:『トーキング・トゥ・ストレンジャーズ』より

2021-04-04 05:53:50 | 心理学
 (2021/03/25)の本ブログ記事で紹介した『トーキング・トゥ・ストレンジャーズ~「よく知らない人」について私たちが知っておくべきこと~』光文社(2020/06/16)は、人が他人を誤解するメカニズムというのが各章を貫くテーマですが、そのひとつが裁判官による被告の人物鑑定です。これは判決での話ではなく、犯罪を犯した者の保釈を許すかどうかの判断のための人物鑑定です。具体的には第2章(アドルフ・ヒトラーと知り合いになる)に書いてある実験ないし調査研究です。

 ハーバード大学の経済学者ムライアサン、3人のコンピューター科学者、シカゴ大学の保釈の専門家がチームを組んでの共同研究です。ニューヨーク市で2008-2013年の罪状認否手続きに参加した554,689人の被告人の記録で40万人強が保釈されていました。そこで検察官が裁判官に与えた情報(年齢と前科)をAIに与えて40万人の保釈リストを作成させました。そして裁判官達が保釈した実際の40万人とAIが保釈判定した40万人とで再犯率を比較したところ、AIリストが25%低かったのです。さらに、AIが高リスクと判定した1%の被告人の48.5%を裁判官達は保釈していました。

 裁判官達はAIが使った情報(年齢と前科)に加えて、実際に面談しての人物鑑定による情報を使っているのですが、それがかえって間違いを生んでいるという結果になったわけです。裁判官達は、そしてたぶん多くの人たちも、「面と向かって会うことで人物をよりよく理解できる」「会うこともせずにデータだけで人物判定をすれば間違いを犯す」という信念を持っているのですが、では人々の人物鑑定力とは実際にはどれくらいのものなのか? それを行ったのがティム・ノックスの実験と呼ばれている心理実験でした。

 本書ではティム・ノックスの実験は第3章.4節第7章の2節と4節の各冒頭で紹介されています。ボランティアの学生達の心理実験の映像から22人の嘘つきの映像と22人の正直者の映像とを選び、彼らが嘘をついているかどうかを様々な人達に見分けさせたのです。結果は嘘を見破れた場合が平均して54-56%とほとんど偶然に近いような数値でした。しかしもう少し細かく見るとおもしろいことがわかりました[*1]

 実は人間は次の3種類に分かれるのです。

  1. 多数派 嘘をつく時と正直である時とで、表情や行動に識別できる違いがある
  2. 小心派 嘘をつく時と正直である時も、嘘をついているかのような表情や行動になる
  3. 嘘つき派 嘘をつく時と正直である時も、正直であるかのような表情や行動になる

 本書では次のように呼ばれています。
  1. 典型的な一致の人達
  2+3. 不一致の人達
  3. 誠実に振る舞う嘘つき

 典型的な一致の人達に対しては嘘を見破れた場合は70-75%でした。不一致の人達に対しては数値は書かれていませんが当然50%より低く、平均して全体では54-56%という結果になっていたわけです。

 さらにおもしろいのが、経験豊富な法執行者の集団、15年以上にわたって尋問経験のある人々が挑戦した結果です。
  1. 典型的な一致の人達に対して・・100%
  2+3. 不一致の人達に対して・・20%
  3. 誠実に振る舞う嘘つきに対して・・14%

 つまりは、1の典型的な一致の人達が示す嘘をついた時の外見と正直な時の外見の区別については経験による熟練により100%の識別ができたのですが、23. 不一致の人達の場合はその外見と中身が一致していないために、間違えたということです。外見の識別が完璧であるゆえに、外見と中身が一致していない場合は完璧に間違えてしまうということになるわけです。

 人の表情などを嘘をついているものと正直なものとに2分するということは、人の顔などを男女に2分するとか、動物の姿を犬と犬でないものとに2分するとかいう問題と同じで、今やAIの得意とするところです[*2]。経験豊富な人達というのはAIのプログラムと同様なことを頭の中でやっているわけですが、そもそもの「きちんと2分することができる」というところが事実ではない状況では、完璧に間違えてしまうことになるのです。

 男女識別に置き換えて言えば、3の人達というのは例えば女性を完全に演じてみせる女形役者が含まれるでしょう。そこで「男っぽい雰囲気の女性を実は男性である女形役者が演じている」という状況を考えてみます。一般の人だと悩んだ末に男と判定することも多いでしょうが、男女識別に長けた経験豊富な人達の場合は確実に女と判定して、結果は100%の間違い・・となるのかも知れません。

 それにしてもAIが使った情報というのは年齢と前科だけということなのですが、定量的な2変数だけからの予測法としては工夫の余地は少なそうで単純な統計的相関からの予測以上のことは考えにくいでしょう。それが結構な正解率になっているということですね。身も蓋もなく言えば前科を重ねるほど信頼性は落ちるということなんでしょうけど。


----本書目次--------------------
はじめに「車を降りろ!」
第1部 スパイと外交官--ふたつの謎
 第1章 フィデル・カストロの復讐
 第2章 アドルフ・ヒトラーと知り合いになる
第2部 デフォルトで信用する
 第3章 キューバの女王
 第4章 佯狂者(ようきょうしゃ;"yurodivy", "holy fool for Christ")
 第5章 事例研究 シャワー室の少年
第3部 透明性
 第6章 『フレンズ』型の誤謬
 第7章 アマンダ・ノックス事件についての単純で短い説明
 第8章 事例研究 社交クラブのパーティー
第4部 教訓
 第9章 テロリストの心の内は覗けるか
第5部 結びつき(カップリング)
 第10章 シルビア・プラス
 第11章 事例研究 カンザス・シティーの実験
 第12章 サンドラ・ブランドに何が起こったか


----------------------
*1) この数値は、嘘を嘘と判定した場合と正直を正直と判定した場合の合計だと思う。
*2) パターン認識(recognition)の中のクラス分類(classificatoion)ということになる。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 生兵法の果てに:『トーキン... | トップ | 確率を観測する (3) »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

心理学」カテゴリの最新記事