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異生物の心を想像する

2024-06-30 09:01:44 | 心理学
 昔、たぶんアメリカの宇宙SF全般を指してだったと思いますが、「宇宙人の振る舞いがアメリカ人そっくりだ」という批判だか揶揄だか、親しみを込めたからかいだか?、を読んだことがあります。
 「そういう君は宇宙人でもないのに、どうして宇宙人の振る舞いがアメリカ人と違っているなどとわかるのだ?!」[*1]

 宇宙人の心は宇宙人の振る舞いから判断するしかありませんが、今のところは不可能なので何らかのモデルの心を参考にして推測するしかありません。確かにアメリカ人だけではなく、他の国の人々の心も参考にしたほうが精度は高いでしょう。もっと言えばヒトの心だけよりも、他の動物の心も参考にすべきでしょう。動物の心を推測するというのもハードルが高いことですが、結構科学的研究が色々と行われています。

 さて人や動物の心というか、行動の大もととなる欲求というものについてはマズローの欲求段階説(Maslow's hierarchy of needs)が有名です。英語版wikipediaには8段階(階層,hierarchy)の詳細な図と単純化した5段階の図がありますが、簡単に5つの分類を参照することにしますと、下から。

 1)生理的欲求 (Physiological needs)
2)安全の欲求 (Safety needs)
3)社会的欲求 / 所属と愛の欲求 (Social needs / Love and belonging)
4)承認(尊重)の欲求 (Esteem)
5)自己実現の欲求 (Self-actualization)

 こう並べてみると5以外はヒト以外の動物にもありそうです。日本語版wikipediaでは最初に満たされるべきとされる生理的欲求について「一般的な動物がこのレベルを超えることはほとんどない」と出典不明の記載がありますが、いやいや安全の欲求だってあるに決まっているでしょう。さらには群れを作り社会生活をする動物であれば、社会的欲求や承認欲求だって、ないとみなす方が困難です。オキシトシンの影響を受けるのはヒトだけではないのですから。

 というわけで宇宙人と言えども、その心は上記の欲求を持つと仮定できそうで、そこから推定したことはそうそう間違いにもならないと思われます。
 とはいえ色々な点では違いもありそうで、例えば親子の心情というものは子育てをする動物でなければヒトと似たものにはならないことも十分に考えられます。

 なお地球の生物学における動物という用語は、生物の分類体系の中で動物界に属する生物を指す言葉になります。が、そんな分類が地球とは別の進化史を持つ宇宙生物に通用はしないでしょうから、ここでは、"外界からの情報を取り込み様々に処理したうえで行動に結び付けることのできる神経系類似の機能を持つ生物"というくらいに捉えておきます。つまりは"心"というものを持てる生物というものを考えるわけです。


 などともっともらしく述べてきましたが、冷静に考えてみると、このマズローの仮説は一体どこまで実証されているのでしょうか? そもそも実証するには何をやれば良いのかもよくわかりませんね。
 ということで調べてみると、日本語版wikipediaでは「ほとんどの研究において、その科学的正当性を証明することはできなかった。」「現在の行動科学では専門家がマズロー説を取り扱うことはほぼ皆無となっている。」と死の宣告がなされています。
 英語版wikipediaではもう少し具体的に、2つの仮説への批判が紹介されています。つまり、以下の2つの理論は疑問視されています( is called into question.)。
 1) 似たような背景を持つ異なる個人が、似たような人生の節目で、同じ状況に直面した場合は、結局は同じ決断を下すだろうという期待(予測)
   [different individuals, with similar backgrounds and at similar junctures in their respective lives, when faced with the same situation, would end up taking the same decision]
 2) この階層を上昇するだけだという仮説
   [people will only go up this pyramid]

 これだけでは具体的には何もわかりませんのでさらに調べてみると以下の解説が良さそうでした。
  1) 一橋論叢の記事(2001/11)[Ref-1]
  2) ビジネスリサーチラボ・伊達洋駆の記事(2024/04/18)[Ref-2]
  3) 中小企業診断士・三枝元の記事(2016/06/03)[Ref-3a]
  4) モチベーション・マネージメント協会のコラムの記事(2019/02/04)[Ref-4]

 [Ref-1]が最も詳しく、マズロー自身の実証研究のことも書いてあります。しかしほどよい深さまで、しかも整理されてわかりやすく書かれているのは[Ref-2]だと思います。[Ref-3]もマズローの仮説そのものをわかりやすく整理してありますが、批判についての記載は詳しくありません。[Ref-2,3]を参照すれば、マズロー仮説は以下の点を含みます。
 A.欲求は5-7種類に分類できる。
 B.分類されたグループは階層を成し、人は下の階層から順に満たそうとする。

 Bは言葉を借りれば、
  「より低次の欲求が満たされることが、より高次の欲求の出現条件になっている
  「①の生理的欲求から順に満たしていき、一度低次の欲求が満たされてしまうと、より一層それを満たそうとは思わない

 そして実証研究で否定されているのはBの仮説です。Aの仮説は分類ができるという話なので、まずは認めないと実証研究そのものができないでしょう。むろん具体的な分類が適切か否かについては異論もあるようですし、マズローが異なるとみなした欲求の間にも強い関係があるのではないかという疑いもありそうです。

 具体的な実証研究では個々の欲求をマズロー方式で分類したうえでアンケート調査などをするのですから、個々の欲求を5分類に仕分けること自体は心理学研究者も行っているはずです。具体的にある欲求をどこに分類するかは研究者により異なる可能性もありますが。そしてこれらの欲求は動物が生き残るために進化させたものだという原則に従えば、動物や宇宙人の心にも、少なくとも1-3段階までに分類できる欲求は存在することは間違いないように思われます。

 レベル4の承認欲求は、レベル3の所属欲求の一種にも見えて、どこまで境界線を引けるのか私にはわかりません。仲間からの愛はレベル3、尊敬はレベル4、ということになりますが、無理して別のグループにする必要があるのかどうか? それとも、「群れに入りたい」はレベル3、「群れのリーダーになりたい、高い順位になりたい」はレベル4、ということになるのでしょうか?

 さらには群れに順位を持つ動物にとっては「リーダーになることこそ自己実現だ」ということになるかも知れなくて、そうなると動物だってレベル5までの欲求を持つということになりそうです。さすがにこれは訊いてみないとわからないかも知れないけれど。

 それでも、承認欲求自己実現欲求という概念を見出した、もしくは注目をさせたということはマズローの功績ではないでしょうか?


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*1) 知魚楽
  桑子敏雄 "魚の楽しみを知ること--荘子対分析哲学--" 比較思想研究 第22号(1995)p20-26
    掲載誌は比較思想学会誌『比較思想研究』 第22号
  Empatheme"「知魚楽」に共感する" (記載日不明)
  中島隆博 "ノーベル賞・湯川秀樹に「素粒子の心」を気付かせた本とは?-読む世界遺産『荘子』- " (2022/08/24)


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Ref-1) 松井剛(一橋大学大学院商学研究科) "マズローの欲求階層理論とマーケティング・コンセプト" 一橋論叢 ,126巻,5号 (2001/11)
 Ref-a) 一橋論叢の情報「国立国会図書館」
 Ref-b) 2007年から後継雑誌に移ったらしい。『一橋社会科学』の創刊をめぐって

Ref-2) ビジネスリサーチラボ・伊達洋駆 "欲求階層説は正しいのか:実証研究から見える課題" (2024/04/17)

Ref-3) 中小企業診断士・三枝元「ビジネスのための一般教養--本当にそうなの?を理論で考えるブログ--」の記事
 3-a) "マズローの偉大なる仮説(欲求段階説)①" (2016/06/01)
 3-b) "マズローの偉大なる仮説(欲求段階説)②" (2016/06/03)

Ref-4) モチベーション・マネージメント協会のコラムからメンバー自身の気づき"~欲求階層説の証明~" (2019/02/04)


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