知識は永遠の輝き

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右脳は左脳の覚えたことを知らない

2017-04-29 06:15:09 | 生物学
 日経サイエンス2017/06号に、私にとってはかなり衝撃的な実験の記事が載っていました。「海外ウォッチ」の中の「アヒル目隠し実験」という記事です。

 アヒルなどのヒナには卵から孵って最初に見た動く物を親と認識するという性質があり、この現象は「刷り込み」と呼ばれます。英オックスフォード大学の動物学者マーティンホー(Antone Martinho 皿)とカチェルニク(Alex Kacelnik)は、ここでヒナの片目を隠して刷り込みをさせるという実験を行いました。

===========引用開始====下線は私の強調============
 2人は64匹のヒナの片目を隠し,赤または青のアヒル成鳥の模型を見せた。この色つきの偽アヒルが"母鳥"として刷り込まれ,ヒナはその後ろをついて回るようになった。だが,ここで一部のヒナの目隠しを他方の目に付け替え,それまで隠していた目で見るようにしたところ,もはや"母鳥"を認識できなくなったようで,赤のアヒルと青のアヒルに同じ親和性を示した。
 これらのヒナが赤と青のいずれかを選好するようになるまで3時間かかった。一方,片方の目で赤のアヒル,他方の目で青のアヒルを見て別々に刷り込まれていたヒナの場合,両目を見えるようしたところ,赤青どちらを選好することもなかった。
===========引用終り===============================

 私は全く知らなかったのですが、実は鳥の脳には、左半球と右半球とを連絡する「脳梁」という神経の太い束がないのです。ゆえに鳥の脳は完全には左右に分かれていないものの、素早い情報交換はできないと予想されるのです。そしてこの実験で、実際に「素早いコミュニケーションは根本的に存在しないこと,そして片方の目から入った情報は片方の半球にだけ伝えられること」が明らかになったのです。

 つまり、左目を閉じると左目で学習した知識や技量が使えない、左目につながっている脳半球はいわば眠ってしまう、とも言えるでしょう。私は手塚治虫の『三つ目が通る』の主人公の写楽を思い出しました。彼は額に3番目の眼を持っていて、それが開いている時は超人的な知力を発揮するのですが、その眼を絆創膏などで塞がれると、その超人的な知力を持つ人格は消え失せ、年の割には子供っぽい人格となるのです。なるほど三つ目君の脳には一部連絡網の欠落があったのですね。

 ちなみにクジラ類では左右の脳半球が交代で眠る半球睡眠をすることが知られていて、その知見を取り入れて知的生命体としてのイルカの心の描写に活かしているSF作品もあります[Ref-1]。National Geographic 日本版の記事「睡眠の都市伝説を斬る(第66回)」によれば、半球睡眠をする代表的な動物としては渡り鳥とイルカやクジラがよく知られていて、「ぐっすり寝てはイケない状況」におかれた動物たちの生き残り戦略として進化したと考えられるそうです。齋藤基一郎「ヒトの脳と高等哺乳動物脳の比較機能解剖学」植草学園大学研究紀要 vol.2(2010)p77-92の「5節 陸生・海生哺乳動物脳の比較解剖学」によれば、「イルカの脳梁は発達が悪く、そのサイズも小さい。イルカの左右大脳半球はかなり独立に機能し」ということですから、メカニズムは鳥もクジラ類も同じようですね。

 これらの動物ではもしかすると、ひとつの脳に左右2つの心が宿る、という状態に近いのかも知れません。本ブログの心脳問題-論点の多様性-(2012/01/15)では「心脳問題」の論点のひとつとして「統一性・単一性の問題=自分の心は単一の存在であるということ」が挙げられていることを紹介しましたが、実は「ある個体の心が単一の存在である」という命題は、我々がホモ・サピエンスという生物種の心だけを観察して得ただけの思い込みだったのかも知れません。

 昔、惑星系と言えば我々の住む太陽系しか知らなかった時代には、「他の恒星を回る惑星系も似たようなものだろう」と多くの天文学者も考えていました。ところが21世紀に入り続々と他の惑星系が観測されるようになった現在から見ると、それは単に観察例の不足からくる思い込みに過ぎないかったのです[Ref-2]。

 将来、ホモ・サピエンス以外の知的生命体が続々と観察されるようになる時代が来たときには、我々のような心というものはむしろ少数例だったということになるのかも知れません。

 複数の心と言えば古くはE.E.スミス(Edward Elmer Smith)『レンズマンシリーズ』("Lensman series")に登場する第二段階レンズマン4人衆の一人、惑星ヴェランシア(Velantia)のウォーゼル(Worsel)は複数の心を持ち、マルチタスク思考ができました。彼は外見が竜に似た異星人ですが、現在では地球の恐竜は鳥類の祖先で両者は極めて近縁であることがわかってきています。とすれば恐竜の脳梁も発達が悪いか、存在しないか、という可能性も高く、もしも白亜紀末の大絶滅がなく恐竜から進化した知性種族が登場していたとしたら、彼らはヴェランシア人(Velantian)のようなマルチタスク可能な心を持ったかも知れません。なんという偶然の一致でしょうか!

 なおヴェランシア人(Velantian)はあくまでも外見が竜に似ているだけで、進化の系統は地球のいかなる生物とも全く無関係です。またこの"竜(dragon)"とは恐竜よりも西洋の伝説のドラゴンに似てコウモリのような翼も持っているようです。またマルチタスク可能な心というなら、ホモ・サピエンスと言えども全く不可能ということもありません・・・たぶん。


 ところで上記の睡眠の都市伝説を斬る(第66回)の書き方だと、「ぐっすり寝てはイケない状況」におかれた動物たちの脳梁が退化した、と読めます。しかし同じく上記の齋藤基一郎の文献脳科学辞典「脳梁の発生」にもあるように、哺乳類以外の脳には脳梁は存在しないので、イルカの場合はともかく、鳥の場合はもともと脳梁が生存に不必要だったのです。なお脳梁は左右の大脳皮質をつなぐものなので、そもそも大脳皮質の発達の悪い魚類や両生類では必要がないのでしょう。つまり、哺乳類も鳥類もたぶん恐竜類も大脳皮質は左右に分かれて発達したのですが、哺乳類だけが左右を緊密に連絡しなくては生きていけない何らかの事情があったと推定できるでしょう。ではなぜ大脳皮質は左右に分かれなくてはならなかったのかということも謎ですが、これは物理的理由の可能性もありますね。


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Ref-1) 例えばデイヴィッド・ブリン(David Brin)『知性化シリーズ』("The Uplift stories")。

Ref-2) 系外惑星に関する参考一覧
 a) 系外惑星の世界へようこそ[天文工房AstroCraft]
 b) National Geographic 日本語版「国立天文台・田村元秀へのインタビュー」(2011/09/20-09/27)。特に第4回:系外惑星探査の大革命が進行中!
 c) 国立天文台・系外惑星ホームページ
 d) wikipedia日本語版「太陽系外惑星」
 e) >wikipedia日本語版「太陽系外惑星の統計」
 f) 井田茂;田村元秀;生駒大洋;関根康人(編)『系外惑星の事典』朝倉書店(2016/09/10)
 g) 田村元秀『太陽系外惑星 新天文学ライブラリー第1巻』日本評論社(2015/07)

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