前回の続きです。
ヒルベルトの公理系における線分や角の定義は以上のようなものですが、ここで『原論』における線分などの定義を見てみましょう。
定義1 点は部分をもたないものである。
定義2 線は幅のない長さである。
定義3 線の端は点である。
定義4 直線はその上の点について一様に横たわる線である。
定義5 面は長さと幅だけをもつものである。
定義6 面の端は線である。
定義7 平面はその上の直線について一様に横たわる面である。
定義8 平面角は平面上にあって互いに交わり、一直線をなすことのない2線の交わりからなる傾きである。
定義9 そして角をなす線が直線であるとき、その角は直線角と呼ばれる。
注意してほしいのですが、定義2による「線」は曲線も含みます。「直線」は定義4に至って初めて定義されています。同様に定義5による「面」は曲面も含み、「平面」は定義7に至って初めて定義されています。
従って定義8による「平面角(plane angle)」は曲線同士の交わりで生じる角も含みます。我々が普通に幾何学で使う「角」やヒルベルトの定義による「角」は直線同士の交わりで生じるものですから、定義9による「直線角(rectilinear)」に当たります。定義8で単に「角」とは言わずに「平面角」と言ったのは、平面ではない面(つまり曲面)の上の線の交わりをも意識したからでしょうか。蛇足ですが、平角と平面角を取り違えないようにして下さい。平角(straight angle)は昨日(02/06)の記事で述べたとおり、角度が180度の角のことです。(注;2010/02/10追記)
またよくよく読むと、実は「線分」と「半直線」ははっきりとは定義されていませんでした。というより、英語サイトを見るとわかりますが、直線も線分も"strait line"として区別していません。また定義3を見れば「線」が「端」を持つ線も含んでいることがわかります。
さらに線分の合同(=長さが等しい)や角の合同(=角度が等しい)も定義されてはおらず、誰しも知っていることとして扱われています。ただ、共通概念(Common Notions)として次の5つが示されています。
共通概念1 同じものに等しいものはまた互いに等しい。
共通概念2 等しいものに等しいものを加えれば全体は等しい。
共通概念3 等しいものから等しいものをひけば残りは等しい。
共通概念4 互いに一致しているものは互いに等しい。
共通概念5 全体は部分より大きい。
共通概念1は ヒルベルトの「線分の合同の公理2」と全く同じ構造で、反射律、対称律、推移律を含んでいます。共通概念2と3は加算が成立することを言っています。ここで一体何の等しさについて述べているのかは書かれていませんが、それは長さとか角度とか面積とか全ての量についてであると言えるでしょう。そしてこのような量は誰にとっても明らかな概念で定義の必要さえない概念としている所に、原論は立脚しているのです。
実際、上記の定義2では「長さ」「幅」を定義なしに使っていますし、定義10での「直角」の定義では「角度」という量を定義なしに使っています。
定義10 直線の上に立っている直線が、接角を互いに等しくするとき、等しい角同士は直角で、一方に立っている直線は、それが立っている直線に対して垂線と呼ばれる。
これに対してヒルベルトの『幾何学基礎論』(p33)では補角をまず定義し、そこから直角を定義しています。
補角と直角の定義 2つの角が頂点と一辺を共有し、他の共通ならざる辺が一直線をなすとき、補角という。その補角と合同なるがごとき角を直角という。
あるいは『原論』の定義と同じように見えるかも知れませんが、合同という概念にはまだ量の概念は含まれていないことに注意して下さい。それゆえかどうか、わざわざ直角の存在証明さえしています。なんてしつこい(^_^)。このしつこさこそ数学というものです。
実のところ現代人にとっても長さや角度は自然に身に付いている概念なので、ヒルベルト流に量はまだ定義されないものとして進めるよりも、あっさりと量の存在を認めたところから出発する方が、わかりやすくて証明も単純になります。典型的な命題が中学数学の最初にも出てくる「対頂角は等しい」という定理の証明で、これは原論では「命題15」です。この定理の共通概念3を使った証明などは「子供にもわかる理屈」と言ってもいいでしょう。
また初等幾何学で基本とされる命題には、三角形の合同条件、三角形の角と辺の大小関係、三角形の相似関係がありますが、これらも長さと角度という概念を我々がよく知っているからすんなりと理解しやすいのです。初等教育にヒルベルト流を取り入れようものなら落ちこぼれが続出することでしょう(^_^)。
そして円ですが、我々が知る初等幾何学での定義は「中心からの距離が等しい図形」というものでしょう。『原論』では定義15で円を同じように定義し、定義16でその中心を定義しています。これも「長さ」の存在を前提にしているのです。それに対してヒルベルトの『幾何学基礎論』では円が登場しません!。(注;2010/06/05追記)
続く
(注;2010/02/10追記) 角度が180度の角は平角ですが、一直線の角という意味で直線角と呼んでしまう恐れがあります。実は、私自身が一とき勘違いしてました8^_^) 直線角は上記の通り直線同士のなす角で、曲線のなす角と区別するための言葉です。が、現代人は単に角というと直線角のことを言うのが普通ですから、今となってはこの言葉は『原論』独特の言葉使いだと思います。
(注;2010/06/05追記) ==>2010/02/21の記事
ヒルベルトの公理系における線分や角の定義は以上のようなものですが、ここで『原論』における線分などの定義を見てみましょう。
定義1 点は部分をもたないものである。
定義2 線は幅のない長さである。
定義3 線の端は点である。
定義4 直線はその上の点について一様に横たわる線である。
定義5 面は長さと幅だけをもつものである。
定義6 面の端は線である。
定義7 平面はその上の直線について一様に横たわる面である。
定義8 平面角は平面上にあって互いに交わり、一直線をなすことのない2線の交わりからなる傾きである。
定義9 そして角をなす線が直線であるとき、その角は直線角と呼ばれる。
注意してほしいのですが、定義2による「線」は曲線も含みます。「直線」は定義4に至って初めて定義されています。同様に定義5による「面」は曲面も含み、「平面」は定義7に至って初めて定義されています。
従って定義8による「平面角(plane angle)」は曲線同士の交わりで生じる角も含みます。我々が普通に幾何学で使う「角」やヒルベルトの定義による「角」は直線同士の交わりで生じるものですから、定義9による「直線角(rectilinear)」に当たります。定義8で単に「角」とは言わずに「平面角」と言ったのは、平面ではない面(つまり曲面)の上の線の交わりをも意識したからでしょうか。蛇足ですが、平角と平面角を取り違えないようにして下さい。平角(straight angle)は昨日(02/06)の記事で述べたとおり、角度が180度の角のことです。(注;2010/02/10追記)
またよくよく読むと、実は「線分」と「半直線」ははっきりとは定義されていませんでした。というより、英語サイトを見るとわかりますが、直線も線分も"strait line"として区別していません。また定義3を見れば「線」が「端」を持つ線も含んでいることがわかります。
さらに線分の合同(=長さが等しい)や角の合同(=角度が等しい)も定義されてはおらず、誰しも知っていることとして扱われています。ただ、共通概念(Common Notions)として次の5つが示されています。
共通概念1 同じものに等しいものはまた互いに等しい。
共通概念2 等しいものに等しいものを加えれば全体は等しい。
共通概念3 等しいものから等しいものをひけば残りは等しい。
共通概念4 互いに一致しているものは互いに等しい。
共通概念5 全体は部分より大きい。
共通概念1は ヒルベルトの「線分の合同の公理2」と全く同じ構造で、反射律、対称律、推移律を含んでいます。共通概念2と3は加算が成立することを言っています。ここで一体何の等しさについて述べているのかは書かれていませんが、それは長さとか角度とか面積とか全ての量についてであると言えるでしょう。そしてこのような量は誰にとっても明らかな概念で定義の必要さえない概念としている所に、原論は立脚しているのです。
実際、上記の定義2では「長さ」「幅」を定義なしに使っていますし、定義10での「直角」の定義では「角度」という量を定義なしに使っています。
定義10 直線の上に立っている直線が、接角を互いに等しくするとき、等しい角同士は直角で、一方に立っている直線は、それが立っている直線に対して垂線と呼ばれる。
これに対してヒルベルトの『幾何学基礎論』(p33)では補角をまず定義し、そこから直角を定義しています。
補角と直角の定義 2つの角が頂点と一辺を共有し、他の共通ならざる辺が一直線をなすとき、補角という。その補角と合同なるがごとき角を直角という。
あるいは『原論』の定義と同じように見えるかも知れませんが、合同という概念にはまだ量の概念は含まれていないことに注意して下さい。それゆえかどうか、わざわざ直角の存在証明さえしています。なんてしつこい(^_^)。このしつこさこそ数学というものです。
実のところ現代人にとっても長さや角度は自然に身に付いている概念なので、ヒルベルト流に量はまだ定義されないものとして進めるよりも、あっさりと量の存在を認めたところから出発する方が、わかりやすくて証明も単純になります。典型的な命題が中学数学の最初にも出てくる「対頂角は等しい」という定理の証明で、これは原論では「命題15」です。この定理の共通概念3を使った証明などは「子供にもわかる理屈」と言ってもいいでしょう。
また初等幾何学で基本とされる命題には、三角形の合同条件、三角形の角と辺の大小関係、三角形の相似関係がありますが、これらも長さと角度という概念を我々がよく知っているからすんなりと理解しやすいのです。初等教育にヒルベルト流を取り入れようものなら落ちこぼれが続出することでしょう(^_^)。
そして円ですが、我々が知る初等幾何学での定義は「中心からの距離が等しい図形」というものでしょう。『原論』では定義15で円を同じように定義し、定義16でその中心を定義しています。これも「長さ」の存在を前提にしているのです。それに対して
続く
(注;2010/02/10追記) 角度が180度の角は平角ですが、一直線の角という意味で直線角と呼んでしまう恐れがあります。実は、私自身が一とき勘違いしてました8^_^) 直線角は上記の通り直線同士のなす角で、曲線のなす角と区別するための言葉です。が、現代人は単に角というと直線角のことを言うのが普通ですから、今となってはこの言葉は『原論』独特の言葉使いだと思います。
(注;2010/06/05追記) ==>2010/02/21の記事
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