
「減税ポピュリズム」はいらない!高橋是清から現代の日本人が学ぶべきこと
Yahoo news 2025/7/3(木) Wedge(ウェッジ) 板谷敏彦
日刊ゲンダイのショートニュース解説です。参議院選挙の争点ですが、アベノミクス詐欺が続き、票を伸ばしている一部「野党」はフェイクそのものです。新聞は兵庫県知事選の時と同じく壊れていて極右を野放し、トランプ関税で日本経済は風前の灯なのに寝ぼけている。
今週のアークタイムス「金曜経済」です。7月9日に迫った相互関税交渉はほとんど進まず。トランプは70%関税と言い出す。貢ぐだけの対米朝貢外交のツケが一気に出てきて日本経済を滅ぼす。政治家は最も重要な問題に口を閉ざして「給付か減税か」が参院選の争点とは何なのか?
「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」は、米国の作家マーク・トウェインの格言だ。技術革新や人権の伸長など、社会環境が昔と異なる現代に同じことは起きないだろうが、それでも似たようなパターンや流れは再び現れるという意味だ。
19世紀後半から20世紀初頭にかけて、蒸気機関による交通革命や電信による通信革命、メディアの発達などにより第一次グローバリゼーションが起こると、リカードの比較優位の理論(各国は他国と比べて「より効率的に生産できるもの」に特化して貿易を行うことで、全体の生産性が向上し、すべての国が利益を得られる)のとおり、貿易が盛んになり世界経済は繁栄した。だが、その一方で先進国の内部ではグローバリゼーションによって富を享受する者と、労働集約的な職業では取り残される者に分かれて深刻な経済格差が発生した。これが1914年から始まった第一次世界大戦の開戦原因になったとの分析もある。
現代は冷戦終了後の安価になった航空料金、コンテナによる物流革命、インターネットの普及などによって貿易が盛んになり、第二次グローバリゼーションの時代とも呼ばれてきた。まさに歴史は韻を踏んでいるわけだが、そうした中で第一次と同様に先進国内では経済格差が生まれ、そうした不満が欧州における右傾化を促し、米国ではトランプ大統領を生み出したとも言える。
トランプ大統領は、成功した高学歴のエリート層や既存の政治体制を何かズルイことをしている破壊すべき既得権益者=「ディープステート(闇の政府)」と決めつけ、「米国第一主義(MAGA)」を唱えてこうした取り残された(と考えている)人々に対してアピールした。反グローバリゼーションである移民政策や貿易政策をはじめ、「移民が犬や猫などのペットを食べている」など虚実を混ぜながらSNSを駆使して、大衆の感情や不満に直接訴えた。まさにポピュリズムの典型例で、従って都合が悪い真実を報道しようとする既存のメディアも敵となる。
我が国においても「諸悪の根源は『財政均衡主義』を唱えて金を出さない財務省にある。そのせいでいつまで経っても日本の景気が回復しない」として、財務省前では「消費税廃止」「罪務省」などのプラカードを掲げた財務省解体デモが少しずつ拡大している。
積極財政で経済を活性化しろ、原資は増税ではなく国債発行でこれを賄い、さらには減税に回せと唱える。これに反対している財務官僚はエリートだ。米国における「ディープステート」のようなものとして捉えられるのだろう。会計係の財布の紐が固いのは本来望ましいことだ。
一部の政治家は票欲しさに財源の話は後回しにし、どんな形であれ減税を公約に入れたがる。前回の消費税増税があれほど強力だった第二次安倍晋三政権の下でも苦労したことを忘れているようだ。
そして、国債をもっと発行して財政政策に使えばよいと主張する者もいる。これまでだって国債残高は増えているが、いつまで経ってもインフレは起こらないし、財政破綻もしないではないか。国内債務であれば自国紙幣さえ刷れば返済は可能だ、というような意見も聞かれる。
そして、その際になにかと引き合いに出されるのが高橋是清だ。戦前の昭和恐慌(世界恐慌)時に日銀による国債引き受けを始めて、積極財政を推進し、世界でもいち早く不況を脱したと。
SNSでは「こんな時に高橋是清が財務大臣であれば!」などという書き込みも見られる。実は高橋是清は知名度こそ高いのだが、内実はあまり知られていない。
積極財政政策で失敗も成功もした、高橋是清
伝記作家の大家、小島直記は高橋が口述し秘書の上塚司が編纂した『高橋是清自伝』を福沢諭吉の『福翁自伝』と河上肇の『自叙伝』と並ぶ本邦最高の名作であると評している。高橋の人生は波瀾万丈、留学先の米国で奴隷になり、芸者の箱持ち(三味線担ぎ)になり、役人となって特許庁を創設しながら、ペルーの銀山投資で無一文。しかし、そこで終わらずに今度は日銀で非正規雇用から日銀副総裁へ、そして日露戦争では欧米の金融機関相手に交渉し日本公債の発行、すなわち日露戦争の戦費調達に成功する。
だが、自伝はここで終わる。高橋はこの後も、日銀総裁、大蔵大臣、総理大臣、再びの合計7度にわたる大蔵大臣と波瀾万丈の人生を送るのだが、この部分は自伝になく、上塚司が随筆などをまとめた『随想録』や『経済論』に頼らざるを得なくなり、高橋発の資料はとても少ない。
先述の小島直記はこうも言っている。「自伝信ずべからず、他伝信ずべからず」。『高橋是清自伝』が出版されたのは高橋の政治家時代。これは当たり前のことだが、自伝や随筆集のすべてが真実というわけではない。相当話が盛られているというのが実際だろう。
ここで高橋是清の財政政策についてあまり知られていないことを2つ取り上げてみる。
高橋の積極財政が行き過ぎてバブルを生み、そして崩壊させた。第一次世界大戦末期の18年9月、寺内正毅首相が米騒動で退任した後、高橋は政友会原敬内閣の大蔵大臣になった。戦時中、欧州の参戦諸国は軍需品生産に傾斜、戦地から離れた日本は欧州に対する軍需物資や欧州の輸出先に対する民生品の輸出、海運などで巨額の外貨を稼いだ。それまでの日本は産業が未発達で輸入が多く、慢性的な外貨不足の上に日露戦争時の外債の返済に苦しんでいたので、第一次世界大戦は「大正の天佑」とも呼べる好況となった。
そこで高橋は各方面からの制止にもかかわらず、金融緩和を続けて株式バブルを発生させてしまった。実態のない株式会社が多数起業された。その後、戦後の欧米諸国の復興もあり、20年2月には日本の株式市場は崩壊してしまう。
下のグラフは米ダウ工業株価指数と日本の東洋経済株価指数の比較だ。米国はその後狂騒の20年代として大相場を迎えたが、日本はほとんど無反応だった。23年の関東大震災を挟み、その後の不況の原因には、高橋のやり過ぎた積極財政にも責任の一端があったのだ。
高橋は新発国債の日銀引き受けを始めたが、日銀がすべてを保有したわけではない。昭和恐慌時に高橋が歳入不足を補完するために国債の日銀引き受けを始めたのは事実だ。
しかし、高橋は日銀が買い入れた国債の85%を再び市中(民間銀行団)に売却したので、実際には日銀が国債を抱え込んだわけではない。ましてやお札をどんどん刷ったという認識は間違っている。
当時、高橋の政策の相談に乗った日銀副総裁の深井英五はその回顧録にこう記している。「日本銀行国債引受発行の方法は著しき効果を挙げたが、高橋氏は当初より之を一時の便法と称していた。即ちこれを財政の常道とするのではなく(中略)臨機処置に過ぎないという意味である」
高橋是清に倣って国債を発行して日銀に引き受けさせろというのは間違いだ。上の表は当時の国債発行額と日銀引受額、そして市中売却額、つまり市中の銀行団に売却した金額になる。
「我が国に皇室のおわします限り、いくら紙幣(この場合国債も同じ)を増発してもインフレにならぬ」 元陸軍大佐で右翼の黒幕の小林順一郎はこう言って啓蒙活動をした。日露戦争後は外貨建て国債の返済に苦しんだ日本は「自国通貨建ての公債ならばデフォルトしない」という言説を生み出した。現代にもこうした言説はあるが、これはそもそも100年も昔の焼き直しだ。
終焉を迎えそうな低金利の時代
今年5月28日に財務省が実施した40年債入札は、流通市場の金利上昇を反映して最高落札利回り3.135%と、40年債の入札が始まった2007年11月以降で最高となった。30年債の利回りが5%を超えた米国をはじめとして世界中で長期債の利回りが上昇している。この世界的な金利上昇懸念はトランプ政権の減税案に加えて、日本での消費減税を巡る議論など、ポピュリズム的政策が直接的に影響を及ぼしていると考えられる。
また、MAGAに発する関税戦争は、世界的なインフレーションを惹起するだろう。長く続いた低金利の時代は終わってしまったのかもしれない。
高橋が失敗しながらも積極財政の姿勢を貫いたのは、外貨不足に悩んだ時代に生きた高橋の根本に「西洋に追いつき、日本の産業基盤を拡充して世界に製品を輸出できる体質にしたい」という願望があったからだ。今、高橋から何かを学ぶのであれば、国債を無造作に発行するのではなく、根本の問題、つまり金融や財政政策に偏らずに、国際競争力をいかにしてつけるかにある。