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秋田県仙北市 乳頭温泉鶴の湯 美郷町 名水百選「六郷湧水群」 

2023年09月16日 10時07分58秒 | 秋田県

名水百選「六郷湧水群」。「観光休憩所 清水の館」。秋田県美郷町六郷22−4。

2023年6月2日(金)。

横手市の後三年合戦金沢資料館・金沢城二の丸跡を見学して、北近くにある美郷(みさと)町の名水百選「六郷湧水群」を目指し、17時ごろに「羽州街道どまん中」という交差点角の駐車場に着いた。

事前の予習で、名水市場「湧太郎」、「清水の館」、「御台所清水」を予定地にしていたが、ナビでは名水市場「湧太郎」は分かるが、他のポイントは出てこなかった。道標はあるので、ぐるぐる回りながら、なんとか「観光休憩所 清水の館」にたどり着いた。

敷地内に湧き水を汲めるスポットがあり、容器を持参すれば無料で水を持ち帰ることができる。ここには係員がいたので、水を汲みがてら「御台所清水」への道順を尋ねると、意外と近かった。

「観光休憩所 清水の館」では、蛇口から名水を汲める。

御台所清水(おだいどころしみず)。美郷町六郷字宝門清水2。

水温11.7℃ ph5.8 湧水量21.0l/sec 水深70cm。

『月の出羽路』の絵詞に「瓢(ふくべ)清水即ち御台所清水也」とあり、瓢清水の別名があったようだが、現在では「御台所清水」だけが通り名となっている。同じく絵詞をみると、本来は形がひさご(ふくべ)に似ているのでふくべ清水であるが、台所清水と呼ばれる所以は「むかしこの地に鑑照公(佐竹藩21代<久保田2代>藩主佐竹義隆)の御憩在りし御館の蹟なれば・・・」とある。

菅江真澄によると「御憩館のみかしぎ(お炊事)料に汲み、御茶の水にもめし給ひしよし也」と「台所」の解釈をしている。

周辺は民家で、太桂寺も近く、赤すもも、杉などの木陰に位置する広い清水。水面には浮き草の浮かぶ透き通った清水である。涸れることがないため、周辺住民の生活と密着した清水で、整備も行き届いている。

「水の郷六郷」は、奥羽山脈と出羽山地に挟まれた横手盆地に位置し、奥羽山脈に源を発した丸子川の氾濫により気の遠くなるような年月をかけて形成された扇状地から豊富な水が湧き出す。昔「百清水」といわれた湧水も現在は60カ所余りに減ったという。

「御台所清水」見学後、酒蔵をリノベーションした観光複合施設「名水市場湧太郎」へ立ち寄ってみると、夕方から営業する飲食店の客が集まってくる時間帯になっていて、名水関係の資料館や案内所は終了していたが、無料で酒仕込み水を汲めるようになっていた。

翌土曜日は乳頭温泉鶴の湯の日帰り入浴から予定。多客が予想されるので、早着が必須。大仙市にある国道105号沿いの道の駅「なかせん」で車中泊。

田沢湖。遊覧船乗り場。秋田県仙北市沢湖字春山 148。

2023年6月3日(土)。

道の駅「なかせん」から鶴の湯へ向けて出発。時間に余裕があったので、田沢湖東岸レストハウス駐車場に立ち寄った。以前、西岸にある「たつこ像」を見た記憶はある。9時ごろに羽後交通 乳頭線・駒ヶ岳線・八幡平線・玉川線・田沢湖一周線の路線バスが来て、一人を降ろした。

田沢湖遊覧船出航の案内放送があったので、湖畔の乗り場を見ると数人が乗船するところだった。雨は降っていたが、湖畔の風景を味わえた。

乳頭温泉鶴の湯。入口の待合所。秋田県仙北市田沢湖先達沢国有林50。

9時30分ごろに駐車場へ到着。駐車車両は既に多い。観光客や宿泊客もそれなりに多い。

乳頭(にゅうとう)温泉鶴の湯は、乳頭温泉郷の中で最も古い歴史を持ち、秋田藩主の湯治場だった由緒ある温泉で、日本秘湯を守る会の会員宿である。

1996年に百名山を始めて、秘湯を守る会の宿を知り、宿泊するためにできるだけ母親と旅行し、10軒近く宿泊していた。2000年になり、百名山も残り10山余りとなったので、ウォーミングアップとして300名山の秋田駒ケ岳に登ることにして、初夏に乳頭温泉鶴の湯を予約した。すると、母親が大動脈瘤のために手術をことになり、仕方なく鶴の湯にキャンセルの電話を入れた。それ以来、秘湯を守る会の宿に泊まっていない。日帰り入浴ができれば充分で、鶴の湯では、有名な露天風呂に入れればそれでよい。

立寄り湯は、10:00~15:00で、入浴料は700円である。

土産菓子売店。売店のおばあさんと話していると、爺さんたちが来て買っていった。鶴の湯に来たというだけで気分が昂揚していたせいか、土産菓子を2品も買ってしまった。

入口。左が本陣、右が宿泊棟3号館。

鶴の湯温泉は乳頭山(1478m)の麓の乳頭温泉郷の八軒のうちの一軒で同温泉郷の中でも最も古くからある温泉宿である。

古くは寛永15年(1638年)に二代目秋田藩主 佐竹義隆公が、寛文元年(1661年)に亀田藩 岩城玄蕃公が鶴の湯に湯治訪れたといわれている。一般客相手の湯宿としての記録は元禄時代(1688~1704年)から残っている。

鶴の湯の名前の由来は地元の猟師.勘助が猟の際に傷ついた鶴が湯で傷を癒すのを見つけたことが、鶴の湯の名に残ったという。

茅葺き屋根の本陣は二代目秋田藩主佐竹義隆公が湯治に訪れた際に警護の者が詰めた建物として今では鶴の湯を代表する建物となっている。

茅葺きは数十年ごとに葺き替えをする。生保内下高野地区からススキを刈り、一冬越してから神代梅沢地区の茅手(かやで)と言われる職人が昔ながらの作業をする。

本陣も宿泊ができる。

宿泊棟入口。

事務所、黒湯、白湯。

事務所に行くと、入浴受付の10時まで2号館の休憩所で待つように言われた。事務所へ10時ごろに行くと10人ほどが待っていて料金を支払った。

鶴の湯の半径50m以内に泉質の異なる4つの源泉が湧いている。それぞれ、白湯、黒湯、中の湯、滝の湯と源泉名がついており、同じ敷地から効能、泉質共に異なる4つの温泉が湧く珍しい温泉場である。

黒湯。ぬぐだまりの湯・子宝の湯。ナトリウム塩化物・炭酸水素泉。

黒湯と白湯は廊下でつながっている。白湯に入ってから黒湯に入ったら、たまたま客がいなかった。

混浴露天風呂。柴垣の向こうにあり、柴垣裏の通路からは女性通行人が湯舟を見ていた。

源泉は白湯と同じで、含硫黄ナトリウム・カルシウム塩化物・炭酸水素泉(硫化水素型)。

 

10時40分ごろ鶴の湯を出て、角館城跡へ向かった。

秋田県横手市 後三年合戦金沢資料館②金沢城跡と津軽氏 南部氏 小野寺氏



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