昨日、出会ってもう15年は経つ、
私のソウルメイト(彼女も歌手)と
久しぶりにゆっくりお酒を飲みながら語らうことができた。
とにかく色々なことを語らったのだが、
その中に「歌手としてのテーマ・スタイル」みたいな話があった。
我々も長く歌ってきているので、
若かりし頃の暗中模索も終了し、
「軸」が出来上がってきた昨今である。
私は、「ベタだけど、私のテーマは愛です!」と言ったら、
「わかってる(笑)」と彼女。
でも、そこから先がとても興味深かったのだ。
さすが、彼女は私をよくわかってるし、知っている。
「でもね、愛といっても色々な形があるけど、
あゆちゃんの場合は男女の愛というか、
女性生、セクシュアリティーを大切にしているというか」と言い、そして、
「なんか、あゆちゃんって王子様に向かって歌ってるみたいなのよね」と言うではないか。
47歳にして「愛をテーマに、王子様に向かって歌う」歌手、AYUKO・・・
予想されるあなた方の失笑、苦笑は許そう。
でも、ここでまたまた興味深い過去のこととリンクしたのだ。
30代の前半、私は不思議な導きでボイス・ヒーリングの先生(私の師匠)と出会った。
一年間のヒーリングを学ぶコースに参加することになったのだが、
集まった私を含む4人の生徒は、
ズバリ、テーマ(その時の人生の課題)が「女性性」だったのだ。
どんなワークだったかは今回は割愛するとして
(もし彼女に出会ってなかったら、きっと今でも全身真っ黒な服を着ていたことだろう)、
その頃、個人的にセッションをさせてもらった時に、
(実はその頃のノートがまだあるのだが)彼女に言われたのは、
私が歌ってきた「わけ」というのは、
「たった一人の人に愛してもらうため」で、
その人は小さい頃から願う「王子様」であり、
そして「とても『男』な人」だ・・・
ということだ。
昨日友達が言ったことと、完全にリンクしている。
「で、その王子様は結局どこにいるの!?誰なの!?架空なの!?」
と鼻息荒くなるのを抑えつつ、
「今も、昔も、これからも、私は王子様に向かって歌い続けるのか」と疑問に思う。
それはさておき、「女性性・セクシュアリティー」を謳歌するというのは
私にとってとても大切なことなのだ。
でも、セクシュアリティーというのは別に
「セクシーであること」とか「sexをエンジョイする」
とかいうことに直結することではなく、
それらはセクシュアリティーが表れる「アスペクト」のうちだと思っている。
ハルちゃん(お友達)が
「あゆちゃんのテーマが、愛の中でも男女の愛」と言ったのは、
女性としてのセクシュアリティーを最も感じやすい、
花開きやすいのが「男女の愛」と、私が思っているからだろう。
蓮の花がフワ〜〜〜と開くような、
そして甘美な香りが漂ってくるような・・・
私にとって女性のセクシュアリティーのイメージはそんな
甘く優しく、美しくて、官能的なものなのだ。
(とっても素敵でうっとりしない?)
もちろん男性の存在がなくても、
女性性やそのセクシュアリティーを謳歌することはできるけれど、
男性という「対極」の存在がいるからこそ「引き出される」ものもあるように思う。
まさに「陰陽」のマジック!
そういう意味で、ハルちゃんの「直観」は合っている。
私は決してマザーテレサのような歌手にはなれない、
ならないかもしれない。
でも、先日LIVEをやって感じたことは、
ようやく意識が「自分だけ」から「自分以外の存在へ」とシフトしてきたような感覚だ。
「私、少し成長してきたかもしれない」と少し思っている今日この頃。
とは言え、「女性であることを謳歌する」という意味での
「愛のテーマ」というのは
、きっとこれからも私にとって大切なものであり続けることだと思うし、
歌を通して、皆さん(女性も男性も!)の中の
「蓮の花」がフワ〜〜っと開いてくれたらなあという思いで歌を届けていきたいと思ってる。
「で、王子様はどこなわけ!?」で締めくくる・・・っと!
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私のソウルメイト(彼女も歌手)と
久しぶりにゆっくりお酒を飲みながら語らうことができた。
とにかく色々なことを語らったのだが、
その中に「歌手としてのテーマ・スタイル」みたいな話があった。
我々も長く歌ってきているので、
若かりし頃の暗中模索も終了し、
「軸」が出来上がってきた昨今である。
私は、「ベタだけど、私のテーマは愛です!」と言ったら、
「わかってる(笑)」と彼女。
でも、そこから先がとても興味深かったのだ。
さすが、彼女は私をよくわかってるし、知っている。
「でもね、愛といっても色々な形があるけど、
あゆちゃんの場合は男女の愛というか、
女性生、セクシュアリティーを大切にしているというか」と言い、そして、
「なんか、あゆちゃんって王子様に向かって歌ってるみたいなのよね」と言うではないか。
47歳にして「愛をテーマに、王子様に向かって歌う」歌手、AYUKO・・・
予想されるあなた方の失笑、苦笑は許そう。
でも、ここでまたまた興味深い過去のこととリンクしたのだ。
30代の前半、私は不思議な導きでボイス・ヒーリングの先生(私の師匠)と出会った。
一年間のヒーリングを学ぶコースに参加することになったのだが、
集まった私を含む4人の生徒は、
ズバリ、テーマ(その時の人生の課題)が「女性性」だったのだ。
どんなワークだったかは今回は割愛するとして
(もし彼女に出会ってなかったら、きっと今でも全身真っ黒な服を着ていたことだろう)、
その頃、個人的にセッションをさせてもらった時に、
(実はその頃のノートがまだあるのだが)彼女に言われたのは、
私が歌ってきた「わけ」というのは、
「たった一人の人に愛してもらうため」で、
その人は小さい頃から願う「王子様」であり、
そして「とても『男』な人」だ・・・
ということだ。
昨日友達が言ったことと、完全にリンクしている。
「で、その王子様は結局どこにいるの!?誰なの!?架空なの!?」
と鼻息荒くなるのを抑えつつ、
「今も、昔も、これからも、私は王子様に向かって歌い続けるのか」と疑問に思う。
それはさておき、「女性性・セクシュアリティー」を謳歌するというのは
私にとってとても大切なことなのだ。
でも、セクシュアリティーというのは別に
「セクシーであること」とか「sexをエンジョイする」
とかいうことに直結することではなく、
それらはセクシュアリティーが表れる「アスペクト」のうちだと思っている。
ハルちゃん(お友達)が
「あゆちゃんのテーマが、愛の中でも男女の愛」と言ったのは、
女性としてのセクシュアリティーを最も感じやすい、
花開きやすいのが「男女の愛」と、私が思っているからだろう。
蓮の花がフワ〜〜〜と開くような、
そして甘美な香りが漂ってくるような・・・
私にとって女性のセクシュアリティーのイメージはそんな
甘く優しく、美しくて、官能的なものなのだ。
(とっても素敵でうっとりしない?)
もちろん男性の存在がなくても、
女性性やそのセクシュアリティーを謳歌することはできるけれど、
男性という「対極」の存在がいるからこそ「引き出される」ものもあるように思う。
まさに「陰陽」のマジック!
そういう意味で、ハルちゃんの「直観」は合っている。
私は決してマザーテレサのような歌手にはなれない、
ならないかもしれない。
でも、先日LIVEをやって感じたことは、
ようやく意識が「自分だけ」から「自分以外の存在へ」とシフトしてきたような感覚だ。
「私、少し成長してきたかもしれない」と少し思っている今日この頃。
とは言え、「女性であることを謳歌する」という意味での
「愛のテーマ」というのは
、きっとこれからも私にとって大切なものであり続けることだと思うし、
歌を通して、皆さん(女性も男性も!)の中の
「蓮の花」がフワ〜〜っと開いてくれたらなあという思いで歌を届けていきたいと思ってる。
「で、王子様はどこなわけ!?」で締めくくる・・・っと!
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