deep forest

しはんの自伝的な私小説世界です。
生まれてからこれまでの営みをオモシロおかしく備忘しとこう、という試み。

95・本当の独り暮らし

2019-03-10 00:00:14 | Weblog
 2年生になり、学生寮のようだった「まかない付き下宿」を出ることにした。新たに、アパートに引っ越すのだ。これまで過ごしてきた下宿は朝晩のメシ付きで、最低限の栄養摂取には困らなかったが、おざなりで冷めきった料理には心がなく、ローテーションの献立はまるでエサのように感じられた。男子の入浴は一日置きで、しかも制限時間が定められているため、深夜遅くまでバイトをして帰ると、シャワーを浴びることもできない。周囲の部屋に住む学生たちとも疎遠で(いっそ、まるきり他人だったら楽なのだが)、壁板も薄く、気を使う。不自由さと窮屈さが極まっていた。なにより、なんでも世話を焼いてもらえるこの環境は、管理者の目が及び過ぎ、なんだか子供扱いされているようでバカバカしかった。そこで、大学から少し距離を置いた場所で、完全な独り住いのできるアパートを探したのだった。本当に自由な生活のはじまりといえる。
 具合いがよろしいと目をつけたアパートは、バスケットボールコートのようにだだっ広い工場の二階の物件だ。一階の作業スペースの天井が高いために、家屋の外に張りついた階段が異常に長い。そいつをのぼりきったところで、五部屋ほどが横並びになった廊下につながる。その真ん中あたりの一室が空いていた。即決。トイレ、ユニットバス、キッチン付き六畳一間のこの部屋に、誰にも文句を言わせない王国を築こうというわけだ。大家も管理人も、ここには住んでいない。ただそれだけで、かなりの自由が約束されるというものではないか。かなり悪いこともできそうだ。外部との通信機能も万全だ。廊下には共同のピンク電話があり、呼び出し音が鳴ったら出られる者が出て、用件者を呼びに走る、というルールなのだ。とはいえ、ハイテク機器方面は心細い。洗濯機がないので、汚れ物がたまったらコインランドリーに運び込み、一気に処理をするしかない。エアコンももちろんない。自炊を開始するために、小さな冷蔵庫だけは調達した。それにしても、すべてが自己責任、自己運営という、この開放感と重圧ときたら!鍋や食器類を買いそろえると、いよいよ独立、という気分が盛り上がってきた。
 金沢の市街を見下ろす小高い山の稜線と、美大を冠する小立野の丘にはさまれた谷筋。その最も低い等高線を浅野川が優雅に流れ、両サイドに宅地がひらけている。その家々が途切れはじめる国道沿いに、新しきわが根城はぽつりと建っている。家賃26000円なり。こんな谷底の果ての王国には、バイクのトルクが心強い。買っといてよかった、カワサキGPZ。車もまばらな国道の短い距離をかっ飛ばし、「金沢城で首を切られた者の血の流れ跡」という曰くのある鶴間坂の急カーブを切り返し切り返しのぼって、大学に通うことになった。

つづく

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

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