deep forest

しはんの自伝的な私小説世界です。
生まれてからこれまでの営みをオモシロおかしく備忘しとこう、という試み。

96・女子

2019-03-11 08:46:56 | Weblog
 美大というせまい環境における社会は、ある種特殊な文化をつくりだす。女子が平気で、男の独り暮らしの部屋に遊びにやってくるのだ。どの大学でもわりとそういうものなのかもしれないが、それにしたって、美大におけるこの男女間のハードルはひどく低い。女子ひとりきりでも、なんの逡巡も頓着もない。相手に恋愛感情を持っていないからできるのだろうが、とにかく、まったく無防備な状態で踏み込んでくる。酒瓶を抱えて、あるいは空の飯碗を片手に、ということもある。「恵んでやる」、あるいは「恵んでくれ」というわけだ。とにかく彼女たちとの関係はフリーで、フランクで、ノーセックスで、つまりその距離感は限りなく同性的だ。
 オレは越してきたアパートで、ヒマさえあれば自画像を描いている。完全な孤立状態を実現し、持ち前の自己愛に拍車がかかっているようだ。部屋の一角にでかい姿見の鏡があって、それに向かってイーゼルを立て、画紙に4Bを走らせる。そして描き上げると、一枚、また一枚と壁に貼り出していく。そんな日夜を過ごしているので、部屋の四面は自画像で埋め尽くされている。ここまでくると、ナルシシズムというよりも、むしろ「変態的」だ。が、美大生とはそういうものなのだ・・・と思いたい。そういうことをしたがる、痛い年頃でもあった。そこへ、女子がやってくるというわけだ。
 部屋に上がり込む女子たちは、わが大顔面で埋め尽くされた壁を見て、いろんな反応を示す。リスペクトのまなざしを輝かせる希少な美女もいるが、ひどく批判的な罵詈を吐くブスもいる。「大丈夫?」「自分ばっか描いておもしろい?」「なんか気持ち悪い」というわけだ。しかしこうした態度に対しては、そういうてめーこそ学校から帰ってなにしてんだ?と言い返したい(できないが)。バイトもしねーで、テレビ観るか、オナニーするか、寝るか、くらいだろうが。ま、自画像描きとて、極めてマスターベーションに近い行為なわけだが。とにかく、オレはうずうずと突き動かされ、気持ちを抑えきれずにこの行為をしてしまうのだった(デッサンを!だ)。この衝動は、天才の証ではない。逆に、将来への不安や、自分の才能への不安からくるものであることは間違いない。とにかく、そういったものを打ち消すためにやむにやまれず、今はスケッチブックを真っ黒にするしかないのだ。
 性欲は旺盛にある。しかし、女子をそっちに導く技術もなければ、度胸もない。そもそも、部屋に乗り込んでくる女子とは友だちになり過ぎてしまい、あるいは酒の相手として重要視し過ぎてしまい、手を出したくなるような意欲が湧いてこない。豪快な旅館女将のような先輩や、美しいけれどこちらを酒でツブしにくる先輩や、妖精のように可愛らしく小悪魔のように小ざかしい後輩が、代わるがわるに部屋にやってくる。描きたいから脱いで、と言うと、脱いでくれもする。そして、描き上がった、と言うと、顔色も変えずに服を着る。そして、何事もなかったかのように、差し向かいで酒を飲むのだ。奇妙な関係ではある。

つづく

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

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