deep forest

師範の私小説世界です。
生まれてからこれまでの営みをオモシロおかしく備忘しとこう、という試み。

過去記憶の保全

2018-04-03 19:39:46 | Weblog
新たなものを書き進めつつ、過去のアーカイブを改めて推敲、加筆して、ちゃんとしたものにまとめてます。
ただ今、「昭和編」の49話あたりを振り返り中。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

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23・オータ

2018-02-06 08:01:58 | Weblog
 金沢から電話がかかってきた。受話器の向こうの人物は、オータの母親です、と名乗っている。はじめて会話を交わすのだが、オータは、学生時代によくつるんでいたラグビー部の仲間だ。犬のように足が速く、ワニのようにアゴが強く、ニワトリのように素直な、多くの美質を持った好漢だ。そのオータのお母ちゃんが、突然に電話が寄越したのだ。何事か?
「あの子、絵描きになる言うて東京にいったきり、連絡をよこさんがです」
 上京していたとは知らなかった。しかもその住所が、同じ西武池袋線沿線の隣駅、「東長崎」だという。
「様子を見にいってもらえんがですか?」
 言われずともそうしよう。なにしろ、会いたいではないか。旧交も温められる。チャリを飛ばして、聞いた住所に駆けつけた。
 コン、コン・・・
 ボロボロの安アパートだ。オレが住んでいる豊栄荘よりも、さらにせま苦しい。
「はい・・・」
 果たして、オータはそこにいた。絵描き然として。正しくは、版画家、だ。上京して、エッチング(銅板に針で引っ掻いて絵を描き、腐食によって発色させる版画技法)の工房を見つけ、そこに所属して作品を制作しているのだという。招き入れられた室内にも、四方を埋め尽くすほどの作品が並んでいる。ほほー・・・と、感傷にひたるいとまもなく、鑑賞にひたる。
 ところがその作品群が、死を連想させるようなものばかりなのだ。その中の一枚は、壁に打ち込まれた釘にペンキ用の刷毛がぶら下がっている、というものだが、どう見ても「首吊り」を思わせる。この男、明らかに病んでいる。肩を縮こまらせ、声を落としてボソボソとしゃべる姿には、明るく、溌剌と、無駄に元気にグラウンドを駆け抜けていた面影は、どこにもない。自信を失っているのだ。これはなんとかしなければならない。学生時代の話に花を咲かせることもなく、その夜は深刻な相談ごとにふけった。
 そこから、久し振りの交流を再開させた。お互いに友だちも少なく、仕事もなく、ヒマなので、ちょくちょくと顔を合わせるようになった。会っては酒を飲み、なんということもない話題に花を咲かせる。これをしてみると、実にウマが合った。今や掛け替えのないカノジョとなったハセガワさんを紹介すると、すぐにふたりは親友になってくれた。オータはたちまち心の回復を見せ、そのうちにすっかり治り、本来の明るさを取り戻して、学生時代のように快活な顔をみなぎらせるようになった。いつも三人で連れ立って出歩いては、青春の真似事のようなことをした。やがて三人は、無二の友、と呼んでいい間柄になった。
 オータは、アホを装いながらとてつもない博学で、話術の天才でもある。座右の書に、ウンベルト・エーコの「薔薇の名前」を挙げるような文学的な男なのだが、徹底的に自分の優位性を隠し、バカな振る舞いで周囲を油断させる。例えばある日、ボーイスカウトのキャンプで野ぐそをしたときの話を披露し、オレとハセガワさんを大笑いさせたことがある。ズボンとパンツを下ろしてしゃがんだ瞬間に、クマザサの葉の先が肛門に突き刺さって悶絶する、というバカバカしいものだ。ところが、その悶え方の描写が見事なのだ。講談が展開して芝居になり、身振り手振りが次第に熱を帯び、やがてランボーが凄絶な拷問を受けるシーンのような白熱の肉体表現に昇華していく。表情、手足の動き、叫び声・・・まさに満身の芸なのだ。これが何十分もの間、延々と、延々とつづく。こちらはその間中、腹がよじれるほど爆笑させられる。創作ダンスのようなものすごいひとり芝居を見させられているうちに、それが「野ぐそ中の肛門にクマザサが刺さった中学生」であることを忘れて圧倒され、思い出したところでまた爆笑させられる、という至芸だ。まったく、困ったものだった。

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22・邪を払う

2017-08-23 21:48:45 | Weblog
 ハセガワさんの口が、ぽかんと開いている。待ち合わせのときよりもかなり大きめに。あんぐり、と言った方がいい。アパートの部屋の玄関ドアを開けた途端に、その状態に落ち入った。彼女は、きっと頭の中を整理しようと努めていたにちがいない。
 ちょとちょと、まってまって・・・この部屋の中の光景はいったいどうしたことかしら?荒っぽいタイプのドロボウでも入ったのではないの?いや、嵐か竜巻が通り過ぎたのかもしれないわ。それとも、空襲による爆撃かなんかが・・・
 しかし、それらのどれでもないことは明白だ。自分を部屋に誘ってくれた男が、この極限的に破壊された室内の惨状にもかかわらず、平然と「ま、ま、どうぞ」と奥へと導いてくれているのだから。この状況は、男が自らつくり上げたものなのだ。ほっと一安心・・・いやいや、できはしない!これは正真正銘の魔窟だ。男のひとり暮らしとは、こういうものなのだろうか・・・?
 どうしよう・・・
 ハセガワさんは逡巡したにちがいない。さりとて、引き返すわけにもいくまい。腹を括ったか、お行儀よく靴を脱ぎ、玄関にそろえた。しかし、ここからどう進めばいいのだろうか?必死で視線をめぐらし、探す。足の踏み場を。しかし、男は勝手知ったるルートを平気で突き進んでゆく。その足跡をトレースし、ハセガワさんはよろめきながら、ようやく小さなエアポケットにたどり着く。そこは、デスクと椅子が置かれた仕事スペースだ。この周辺にだけ、奇妙な無風地帯が設けられているのだ。
「みず、飲む?」
 ひざ丈ほどにまで押し寄せるゴミの山の中から、冷蔵庫が垣間見える。そのドアを開け、男はミネラルウォーターを引き抜いている。新聞紙、ビールの空き缶、ペットボトル、カップ麺のカラ容器、くしゃくしゃの原稿用紙・・・その中に埋もれたコップを器用に探り当て、男は台所に洗いにいった。そのシンクにも、器の汚れものがうず高い。ハセガワさんは、ぽかんと口を開けたまま、戻ってきた男の手から水を受け取った。
「すごいでしょ」
 確かにすごい。ゴミの大海原だ。
 だらしない・・・
 思わず口から出そうになる言葉を、ぐっと飲み込む。聡明なハセガワさんは、なおも思考をめぐらせる。いやいや、これはこの男の実相ではない。冷蔵庫からは、きれいなミネラルウォーターが出てきた。このひとは水道水を飲もうとは考えないのだ。デスク周辺は、荒れていながらも道具が合理的に配置されており、ちゃんと仕事をしようという意思が見える。ゴミの中から、きちんとコップの場所を探り当てた。どうしようもなく散らかしながらも、必要な物の位置はしっかりと把握できている。このひとは本来、几帳面なのにちがいない。
 こころをやんでるんだ・・・
 ハセガワさんは理解した。そして、屹然と立ち上がった。
「そうじをしましょう」
 そう言うと、ハセガワさんは腕まくりをはじめた。メガネの奥で、瞳が黒ぐろと揺れている。
「はい?」
「このおへやをかたづけるんです」
 常に後ろをトコトコとついてくる彼女が発した、はじめての主体的な提案だ。オレはうろたえた。
「ごみぶくろはありますか?」
「あ・・・と・・・台所のシンクの下・・・」
「それにぜんぶつめてゆきましょう」
 こうして、ゴミ屋敷の大掃除が開始されたのだ。ハセガワさんは、これまでに見せたことのない馬力を発揮して、わが荒れた領土をどんどんと耕していく。彼女の進んだ後には畳の床が現れ、花でも芽吹きそうな美しい土地がひらいていく。まるで妖精が通り過ぎた跡のようだ。
 のちに述懐する。夕焼け色の光線が差し込む台所で汚れものを洗いながら、ハセガワさんは思ったのだという。
 わたし、なにをしてるんだろう・・・
 わが魔窟から、こうして邪が払われ、平らかな世界がひらけた。この清潔な部屋は、二度と荒れることはなかった。

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21・ポスト

2017-08-16 12:27:13 | Weblog
 生活とわが自律神経は狂いつつあるが、ハセガワさんとの交際は意外と順調だ。直感をはずしたことがないオレは、今や、あの後光を信じている。会った瞬間に、雷に打たれる相手がいる。びびびっ、とひらめきが走るひともいる。だけど彼女はそうではなく、ほわんと光に包まれて現れた。あの姿が、なんとなく納得できている。うまく言えないが、そういう空気感のひとなのだ。
 この日も江古田駅前で待ち合わせだ。南口(なぜか江古田のヒトビトは、この場所を「ナンコー」と呼ぶ)にいくと、なんだかポストみたいなひとが立っている。よく見ると、ハセガワさんだ。近眼メガネの彼女は、今日も口をぽか~んと開けている。いや、あごをはじめ、手、ひざ、尻・・・全身が脱力している。そして、生気が抜けきっている。人間、なかなかこうまでは生命の気配を消せないものだが、とにかく彼女は、何事かをしていないとき、完全に脱力しきる術を心得ているようなのだった。その姿に、すでに後光は差していない。
「やあ、待った?」
 声を掛ける。その途端に、ぼんやりしすぎのハセガワさんは「はっ」と生気を取り戻す。上空1000ミリバール(意味不明)を浮遊していた魂が、ひゅひゅっ、と肉体に戻り、口を閉じる作業を思い出させるのだ。そのとき、きっとこぼれかけていたよだれを袖口でふくことも忘れない。じゅるじゅるっ。
「いやあ、ポストかと思って、ハガキを投函しそうになったよ」
「ひとりでたってると、よくいわれます・・・ぼーみたい、って」
「ぼう・・・」
「そうです。ぼー(棒)」
「・・・ま、いいや。なにを考えてたの?」
「なんにもかんがえないから、ぼんやりとなるのです・・・」
 なるほど、無の境地だ。しかしこれでは、人さらいに遭ったら、苦もなく担ぎ去られてしまうだろう。オレが守って差し上げねばならない。決意を新たにする。
 江古田の街を、あてもなく歩く。あっちの店に立ち寄り、こっちの店をのぞき込み・・・ただそれだけで、このひとにとっては新鮮な時間らしい。本当にこの二年間、江古田の街の中央にある駅から、徒歩1分ほどの日芸キャンパスまでの間を最短距離で往き、戻る、という「一次元」行動をつづけてきたのだ。その往復路の一歩外は魔界である、と信じ込んででもいたかのようだ。
 マクドナルドに入る。不良の巣窟だ。ケダモノどもがむさぼり食らう邪悪なるフィレオフィッシュをすすめる。生まれてはじめて口に入れる禁断の味わいを噛みしめ、ハセガワさんは「うむー・・・」とうなる。ものすごくおいしいようだ。聞けば、おやつには母親の手づくりのものしか食べたことがなく、スナック菓子の味も知らないという。崇高なるハセガワ家では、カップヌードルやサッポロ一番みそラーメンもご禁制品で、即席麺は、かの高級な「中華三昧」しかダメ、と固く戒められていたのだという。きついしつけだ。だったらパパママよ、それよりも開いたお口の方をどうにかして差し上げればいいものを・・・いや、とにかく、とんでもない世間知らずのお嬢様なのだ。そんな人物を江古田の街で連れ歩くのは、ちょっと「ローマの休日」気分ではないか。しかし、王女様にローマの俗界をご覧いただくというよりは、ヨチヨチの赤ちゃんに新しいおもちゃを見せる気分に近い。それがまた新鮮な感覚をこちらに与えてくれる。
「ちゅちゅーっ・・・ふむーっ、このしぇいくもおいしいです。ただ、ほっぺがつかれますわ」
 「わ」とは言わなかった気がするが、なかなか楽しい。目をこすると、再びハセガワさんが後光に包まれている。しあわせな時間だ。
「この後、オレん家くる?」
 ついにあのセリフを持ち出した。わがぼろアパートまで、ここから歩いてわずか3分だ。
「ゆきます」
 なんの裏をも嗅ぎ取ろうともせず、ハセガワさんは目を輝かせる。魔界への誘いに、このぼんやりとしたひとは逡巡がない。ひとを疑うことを知らない心の清潔さがそうさせるのだが、危ういことこの上ない。相手がこのオレでよかった。ほっ・・・
 ところが、ハセガワさんの行く手には、本物の魔窟が待ち受けているのである。

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20・沈降

2017-08-10 08:45:44 | Weblog
 マンガ家としてデビューを果たした。引っ越しも終えた。おまけにカノジョもできた・・・という形にはなったが、人生は順風満帆とはいかない。いや、天気は晴朗で、航路は洋々とひらけていたにちがいない。しかし、肝心のオレのテンションがダメなのだ。とにかく、マンガを描きたくなかった。考えてみれば、この仕事はたいして好きなわけでもないので、熱量が一向に上がらない。上京するための手段として「マンガ家になる」という道を「なんとなく」選択したに過ぎないので、そこに賭ける意気込みもなければ、野望も情熱もまるでないのだった。上手ではあっても、向いていない、というわけだ。
 スピリッツのありがたき担当編集者氏は、とにかくよくしてくれる。なにもわからないこのペーペーの若造に、懇切丁寧に指導をしてくれるし、一緒になって悩んでくれるし、アイデアを出してもくれる。美味いものも食わせてくれれば、麗しきお姉ちゃんのいる煌びやかな世界でお勉強をさせてもくれる。なにからなにまで面倒を見てくれる。なによりもありがたいことに、読み切りの枠をくれる。
「20ページ、ネームを描いてくれるかなっ」
 描いて、持っていく。
「いいねっ。原稿にしちゃってよっ」
 ペンを入れて持っていく。
「いいねっ。三週後の号に掲載しとくよっ」
 三週後にスピリッツを買って読んでみると、自分の作品が載っている。トビラには必ず「俊才、デビュー」だの「俊才の新作」だのと、輝かしい装飾がわがペンネームの上に据えられていて、読者の期待を煽っている。オレはどうやら、マンガ界の俊才、らしい。
 しかし、マンガ業界は活況を呈していて、新人が次から次へと誕生していく。オレがスピリッツ賞を受賞する少し前の世代には、「ピンポン」の松本大洋や、「伝染るんです」の吉田戦車がいて、ちょっと後には「いいひと」の高橋しんがいた。みんなオレと同様に、出版社のパーティーで空きっ腹を満たし、そこで英気を得て作品を描き、大金持ちになっていった人物だ。そんな、まだ磨かれていない玉が輝きの片鱗を垣間見せるたびに、オレは恐怖におののくしかなかった。自分に才能がないなどとはツユほどにも感じたことはないが、とにかくオレには、決定的に体温が足りなかった。彼らと等質のエネルギーがなかった。つまり、やる気、が。
「次号の枠が空いたから、四日間で14ページ描いてっ」
 徹夜で描く。酒場の仲間に集合をかけ、ベタぬりやトーン貼りを手伝ってもらう。Gペンを使っていては間に合わないので、ピグマという、つまり細線のマーカーを使うしかない。絵がポップで軽いものになる。なんだか急につまらなくなってくる。
「よくできたねっ。載せとくよっ」
 翌週号を見ると、本当に載っている。ありがたや、担当編集者様。彼には頭が上がらないし、足を向けて眠ることもできない。感謝しかない。期待も理解も優しさもありがたい。しかしオレははっきりと、マンガを描くことがつまらなくなりはじめている。それは、「マンガ家になること」をゴールとしていたために、そこをスタートとする今ひとたびのテンションを湧き起こすことができなかったことに第一の理由がある。結局、自分の腕試しをして、そのラインがクリアできれさえすれば満足だったのだ。継続は力だが、オレはその力をスタート地点で使い果たしてしまった。そして、オレの力の源泉は「自由」なのだ。自由な主体性だけが、自分に力を、やる気を与える。逆に言えば、求められることがめっぽうに苦手なのだ。期待されればされるほど逃げたくなる、という厄介な性質なのだった。
 電車に乗ると、当時は携帯電話もないため、座席の誰もがマンガ誌に読みふけっていた。スピリッツを手にしている会社員が開いているページをチラ見してみると、ちょうど「俊才」氏の徹夜作品の部分だ。彼は一心に読み込み、たまに、くすり、と笑ったりしている。すごいことではないか!信じられない気分だ。高揚する。なのに、逃げ出したくなる。次の作品を描かなきゃならない。悦ぶべきことなのに、壊れていく。描きたくない。オレはついに、電話にも出られない状態になった。

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19・デート

2017-08-02 15:02:13 | Weblog
 人間の中身が一瞥でわかる。オレは、洞察には自信があるのだ。そんな見通しの力が、恋愛の対象を輝かせて見せたにちがいない。邪悪な人間を一瞥したとき、寒気を覚えるのと同様の現象だ。ハセガワさんから後光が差して見えたのは、彼女のひととなりがにじみ出ていたからだ。そして、こちら側にそれをキャッチする感受性が備わっていたのだ。「神様のお告げ」とは、そういう言い方で説明ができる。それにしても、人間が本当に光って見えたのは後にも先にも一度きりの経験だ。
 初デートは、大学の講義が終わる夕刻、江古田の喫茶店だった。このオレがコーヒーで間を持たせるなどというのは、打ち合わせ以外ではあり得ないことだが、真面目なハセガワさんは、男子とふたりきりで喫茶店に入るということ自体、不良行為だと考えているので、とにかく酒は封印だ。
 ハセガワさんは、今この瞬間に自分の身になにが起こっているのか、理解できていない。「デート」自体が、人生ではじめての経験のようだ。用心のためか、大きな目を見開いて、こちらをじっと見つめている。近眼メガネの奥で真っ黒な瞳がゆらゆらと動いているのは、「揺れ目」という目の障害らしい。それを差し引いても、きれいな・・・と言うと照れくさいが、素直でまっすぐな強いまなざしだ。それは、正義の目なのだ。なのに、なぜかぽわ~んとほうけた顔に見えるのはなぜだろうか?それは、彼女が目での警戒は怠らないわりに、お口の方を無警戒にぽか~んと開けているからだ。だいぶ開いている。ツーフィンガーほどものオープン状態だ。口呼吸のひとなのだろうか?とにかく、このひとはいつも口をぽか~んと開けている。そのために、常にすっとぼけた顔に見えるのだった。
「口、開いてますよ・・・」
 とは言わないが、いつか注意をして差し上げなければなるまい・・・などと考えている間も、じっと見つめられている。気まずい空気が流れる。
「お、遅かったね。授業が長引いた?」
 ハセガワさんは、はたと気づいたように、あ、と口をさらに開いた。本当にほうけていたのかもしれない。
「あ、と・・・すみません。えこたのまちをあまりあるかないので、おみせとかぜんぜんしらないのです」
 開きっぱなしの口から出る言葉は、全部ひらがなだ。カタコトとも少し違う独特の転がしがはさまり、つい真似をしてからかいたくなる。抜けた感じ・・・と言ったら怒るだろうか?いや、怒るまい。おそらく「キョトン」でやり過ごすにちがいない。このひとが怒るところを想像できない。
「おうちとえきとだいがくをまっすぐにいききするだけで、おみせにたちよることはないのです」
 真面目にもほどがある。お好み焼きの名店「あんず」も、手づくりハンバーグのうまい「ウッドペック」も、学生御用達の居酒屋「お志ど里」も知らないというのか?
「今度連れてってあげるよ」
「ほんとですか。わあ、うれしいです」
 それにしても、オレはいったい、こんな人物のどこを見染めたというのだろう?これを書いている今でさえ、あの学祭における邂逅と後光の現象は謎に満ちている。本当に神の託宣であったのかも疑わしい。しかしとにかくオレは、こうして将来のよめはんになる女の子とはじめての会話をしているのだった。
 アイスコーヒーのグラスに残った氷をチューチュー吸いながら、たわいのない話がつづく。じょじょに打ち解け、ハセガワさんのひらがな発音にもようやく耳が慣れてきた。そして話を聞いているうちに、ふと気づいたのだ。彼女は、語彙と言葉の組み立て、その裏に垣間見せる深みに、劇的な知性を閃かせる。疑いもなく、この人物は極めて聡明だ。アホを装っている、ということなのだろうか?
(※ひらがな表現は頭に入りにくいので、ここから先は通常の日本語に翻訳します)
「女子美の付属高校だったんです」
「へえ、女子校か。わかる。お父さんはなにしてるひと?」
「・・・学校の先生です」
「へえ、わかる。中学校?高校?」
「・・・大学です」
「へえ。どこの?」
「・・・日芸です」
「へ・・・へえ・・・」
 父親が、彼女自身の大学の建築科の教授なのだという。それを誰にも知らせないで、こっそりと受験をしたのだそうな。
「・・・わかる・・・ありそう・・・」
 なんだか危険なものに手をつけそうになっている感じで、バツが悪い。このまま江古田で一緒に過ごしていていいものだろうか?しかし、グラスの氷も解けきったので、この喫茶店の並びにある、お好み焼きの「あんず」にエスコートした。
「ふわあ、はじめてです。お好み焼き屋さん」
「自分で焼くんだよ」
「教えてください」
 ハセガワさんの動きは、常にスローモーションだ。人生初のお好み焼きは、うまくひっくり返すことができなくて、グジャグジャになった。しかし彼女は、小柄なからだに似合わず、よく食べた。そして、ビールをごくごくと飲んだ。酒が飲めない人間とつき合うわけにはいかない。ちょっと安心した。

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18・後光のひと

2017-08-01 08:37:27 | Weblog
 秋になった。もうすぐ、上京してからまる一年だ。マンガを描いて一日をやり過ごす生活にも、江古田の酒場をめぐる生活にも馴染んできた。デビューを機に、アシスタントの仕事はとっととやめた。気持ちスッキリ、ってところか。
 キンモクセイが香っている。「コミュニティ銭湯・浅間湯」からの帰り道だ。昼間のひとっ風呂は気分がいい。ラフな出で立ちで、小脇に風呂桶をかかえ、日芸の正面門の前を通りかかったときのことだ。
「おっ、学祭・・・?」
 日芸キャンパスは華やかに飾り付けられ、盛大に「芸祭」が行われている。すごいにぎわいだ。広大な中庭にステージを組み上げ、ド下手なギターと女子のキンキン声のロックが鳴り響いている。「おでん」「焼き鳥」「韓国風なんとか」「タイ風かんとか」・・・学生たちの思い思いの屋台が軒を並べている。日もまだ高いのに、ご苦労なことだ。騒ぎっぷりはわが金沢美大のバンカラな雰囲気とは比べるべくもないが、東京の大学におけるオシャレな雰囲気が味わえてなかなか愉快だ。屋台で缶ビールを買い、タコ焼きを片手にそぞろ歩く。
 ふと、キャンパスにおける支配者階級・カイさんに出くわした。顔の広い彼女は、いつも校内をパトロールし、隅々にまで目を行き渡らせてくださっているのだ。この日も、何人かの取り巻きの中心にいる。
「あ、杉山さん。紹介するよ、これ、あやちゃん」
 彼女はいつもオレに、自分の友だちである女の子を紹介してくれる。しかし、決して手は出させまいと、ブロックは怠らない。いったいなにをしたいのだろう?
 そのときだ。オレは突然、まばゆい光に照らされたのだ。南無不可思議光が、遠くデザイン棟の階段から漏れてくる。その人物が上階からエントランスに姿を現した途端に、「後光さす彼女」はこちらに顔を向けた。その光の塊とも表現すべき人物は、ぽわ~んとした視線をゆらゆらと落ち着かなげに投げかけつつ、小首を傾げている。近眼なのだ。
「あ、みさちゃん。こっち!」
 カイさんが、女中でも呼びつける温泉女将のように、手をしゃくった。みさちゃん、もカイさんの配下のモノのようだ。
「ハセガワさん・・・」
 オレの記憶はスパークした。山田さんの忘年会で、薄みどり色の長すぎるタイツをひざにたわませていた、あのポカンとした謎少女だ。茫洋とたゆたうような空気感が印象に残っている。いや、正確に言えば、ほとんど印象に残っていない。凡百の容姿に、静的な性格。そんな彼女が、なにゆえに今、光に包まれているのか?
「あ、かいさん~」
 ハセガワさんは、ぴよぴよと音を立てながら近づいてくる。放たれる後光は強まる一方だ。ところが、カイさんには彼女がまぶしくないのか、平然とした顔をしている。
「みさちゃんは、私のタロット占いのお手伝いをしてくれてるんだよ」
 常に自信満々のカイさんは、この芸祭でタロット占いの小部屋を設け、迷える小羊たちを正しい道へと導いているのだという。ハセガワさんは、魔女見習いの格好をしてカイさんの傍らに立ち、惑いを払った子羊ちゃんに向けてマジカル棒(?)をくるくると振って、「しあわせになりますように・・・」と言う係なのだそうな。
 ハセガワさんが、ついにオレの真向かいに立った。
「こんにちは。わたしをおぼえていますか?」
 彼女は、すべての言葉をひらがなで発音する。幸いなことに、オレのことは覚えていてくれたようだ。それにしても、この目くらむような光線・・・なんという激しい信号だろう。これは極めて強い神様からの示唆であることは疑いがない。まぶしい。耐えられない。
「あの・・・」
 ハセガワさんはキョトンとしている(彼女はいつでもキョトンとしているのだが)。オレはその場で、翌週にデートをしてくれるように申し入れていた。

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17・またまた引越し

2017-07-27 10:43:26 | Weblog
 マンガ賞の受賞でまとまった金が手に入ったので、東京で二軒目となる引越しをした。生涯で8回目の引越しということになろうか。
 半年ほど住んだ物件は、最悪だった。だいたい、いくら安いと言っても、大家と一緒になんて暮らせるはずがなかったのだ。おまけに、玄関を開けるとけたたましいブザーが鳴るという、不可思議極まる防犯システムだ。この環境で、深夜に帰宅しようものなら、下宿中の住民を頬を張るような勢いで叩き起こすことになる。そしてオレは、深夜・・・というよりも、明け方近くに帰宅する男なのだ。こんな時刻にブザーを鳴らすたびに、肝が縮こまる。恐縮というやつだ。そこでオレは、いつからか玄関を通らず、塀をよじ登って自室(二階)の窓から帰宅をする、という方法を取るようになっていた。つまり、侵入だ。画づらが想像できようか?夜もとっぷりと更けた丑三つどき、道際のブロック塀から窓の手すりを伝い、ボロアパート二階の部屋に忍び込む男の姿を。警官のパトロールにでもかち合ったら、間違いなく盗っ人呼ばわりされるところだ。
 そんなわけで引っ越したのが、江古田駅から徒歩3分のボロアパート「豊栄荘」だ。一階の北西の角部屋、6畳二間、ゲキせまキッチンに、和式トイレ、風呂なし、家賃は4万5千円也。窓を開けると塀が立ちはだかって日当たりは悪く、隣ん家のやたらと吠えまくる犬の鳴き声がやかましいが、ここ以上に安い物件が見つからなかったので、仕方がない。酒場の仲間たちに手伝ってもらい、少ない荷物を運び込んで、ここをマンガ家としての新たな出発点とする。
「あ、新しい住人さん?よろしく」
 その日にたまたま出くわしたお隣さんが、声を掛けてくれた。
「よろしくお願いします」
「なにしてるひと?」
「あ、実はオレ、マンガ家なんです、えへへ」
 マンガの新人賞を受賞したからには、もうマンガ家と名乗ってもよかろう。なかなか悪くない響きだ。ところが、その5歳ばかり年上らしき人物も・・・
「へえ。ぼくもマンガの原作をやってるんだ」。
 「家裁の人」という裁判官ものを、ビッグコミックオリジナルで連載しているのだという。毛利甚八というペンネームの彼は、隣駅にあるマンション住まいなのだが、このボロアパートを仕事場にしているのだ。のちに、片岡鶴太郎の主演でドラマ化されるこの作品で大儲けをする彼だが、この頃はこんな暗くせまい一室で、カタカタとワープロのキーを叩いていた。
「ワープロ、いらない?」
「・・・ワープロ?」
 オレはその新しい時代の未知の機械に触れたことがなかったのだが、今の若者は逆に、古すぎてワープロなるものに触れたことがあるまい。要するに、ブラウン管式テレビのようなゴツいサイズの本体と、手元のキーボードでワンセットという、パソコンに似た代物なのだが、ネットなどの機能をまったく持たず、ただただ文字を打ち込んで文章にしてくれる、というだけの機械だ。電気で動くタイプライター、と言えばいいだろうか。「書院」という名のそのかっこいい未来機械を、彼は「あげる」と言うのだった。
「新しいのを買ったから」
「ああ、じゃ、もらいます」
 オレはクソ重いそいつをもらい受け、わけもわからないままにいじり倒すことにした。こうして昭和のひとは、パソコンへと向かう時代の文化にギリギリ追いつこうとしていた。
 江古田はいい町だ。酒場は多いし、近くに武蔵野音大、武蔵大、そして我が憩いの地である日芸がある。よく日の高いうちに銭湯にいき、その帰りがけに日芸のキャンパスに立ち寄って、学食でひとり飯を食った。彫刻科のアトリエをのぞき込むこともあった。学生時代に交流していた鞍掛くんが、大学の助手になっていて、この闖入者の世話を焼いてくれたりした。デザイン棟では、イングリッド・バーグマンのようなカイさんが、まるでこの地の支配者であるかのように闊歩していた。本館の屋上に居心地のいい場所を見つけて、ビールで夕涼みをしたりもした。江古田は、そして日芸は、オレにとっての庭となりつつあった。

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16・佳作

2017-07-25 22:56:30 | Weblog
 いったいどこで誰に聞いたのか?不思議な夜だった。
 いつも通りに、いつもの酒場にいったのだ。イングレインには、いつも通りの仲間たちがいて、いつも通りの各々の席で飲んでいる。オレもいつも通りの席に座る。しかし、なにかが違う。尻を据えてみると、はて、頭上になにやら奇妙なものが浮遊している。カウンター席に座る客の頭の上には、左右のコンクリート打ちっ放しの壁から壁を渡るように、太いパイプ管が横切っている。夜な夜な「ジェリー」ちゃんが駆け抜けるこのパイプから、銀色に光る丸い物体がぶら下がっているのだ。オレの席の真上、だ。ふと見れば、サッカーボールほどの大きさのその物体からは、ヒモがちょろりと飛び出ているではないか。
「引っぱってみて」
 妖怪のようなママに促される。指先でヒモをつまみ、ぐいっ、と引くと・・・もうおわかりだろうが、玉は左右まっぷたつに割れ、涙がこぼれそうなメッセージの書かれた垂れ幕が現れた。そして、色とりどりの紙吹雪が降りかかってくる。周囲からは、クラッカーのけたたましい音。
 ぱん、ぱん、ぱん・・・
「杉山くん、デビュー、おめでとう!」
 垂れ幕に殴り書きにされた言葉を、仲間たちが口々に投げかけてくれる。よくよく見ると、銀色の丸い物体は、ふたつのザルを貼り合わせたものだった。それにアルミ箔を張って見栄えをよくした、というわけだ。この連中が、こんな粋なサプライズを用意してくれているとは・・・
 さらに驚かされることに、ママがボロボロのラベルの貼られたシャンパンを開けようとしているのだ。この店に一本きりの大スター、カウンターの向こう側の飾り棚で燦然と輝いていた、ピンクのドン・ペリニョンだ。確か店のメニューでは、ン万円・・・となっていたものだ。
 ぽんっ・・・
 本当に抜かれた。どうしようというのだ?まさか、ニセモノ・・・?
「まあまあ、今夜は特別だから」
「みんなに振る舞ってよ」
 周囲からシャンパングラスが差し出される。本物のようだ。まさかこの支払いってオレにまわってくるんじゃないだろうな・・・おびえ、訝しんでいると、しかしそういうわけでもないようだ。
「ひょっとして・・・」
 オレはやっと気づいた。みんなのキープボトルのネックから、賭けの勝ち金が消えている。毎夜のように金を出し合い、勝った者が総取りにして、ボトルの首輪におみくじのようにくくりつけていたものが、どのボトルからもそっくりと消えているのだ。それをかき集めたにちがいない。ぎゅっと胸が苦しくなる。
「いや、でも、まあ、佳作ですから・・・」
 声にならない。しかし、みんなも佳作の価値を知っている。マンガの新人賞は、第一席が「入選」100万円で、第二席が「準入選」50万円、そしてその次が「佳作」30万円、「奨励賞」10万円・・・という順列になる。ところが、特等である入選作が出るところなど見たこともない。この最高賞は、明らかにお飾りだ。そして、数年に一度程度の飛び抜けた作品に送られるのが準入選、という位置づけで、すなわち、実質の一席は佳作ということになる。そんな裏は、マンガ好きなら誰もがお見通しなのだった。この受賞は、きちんと歓んでいいことなのだ。
 オレたちは幸福感に酔った。なのに、そこに冷や水を浴びせるような事実が発覚した。今回の新人賞では、佳作の作品が二点ある、というのだ。ようやく得た地位が薄められるようで、これは内心穏やかなものではない。雄二名が並び立っては、露出も半分にされてしまう。スピリッツの受賞発表号が出ると、オレはもう一点の佳作作品を描いた「三田紀房」というこっぱ新人の名前を睨めつけた。その素人っぽく、野暮で垢抜けない作風を見て、まさかこの人物が「ドラゴン桜」などという大ヒット作を世に送ろうとは、思ってもみなかった。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

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15・前夜

2017-04-26 09:57:15 | Weblog
 ひと月ばかりをかけて、30ページを描き上げた。「パラダイス」というタイトルは、あるしごきじみたボールキャッチの練習方法がラグビー部内でそう呼ばれていたのと、「花園」(大阪にある高校ラグビーの聖地「花園ラグビー場」のこと。野球における「甲子園」と同格の言い回し)の英訳じみた耳あたりを狙っている。
 神保町の小学館まで赴き、スピリッツ編集部の担当氏に見てもらう。
「いいじゃないっ」
 いつも御木さんは、ほがらかに褒めてくれる。ダメ出しのときは苦笑いだが、おおむね、後ろ向きなことは口にしないでいてくれる。ありがたきお人柄。
「新人賞にまわしとくからっ」
 ひとつの関門をくぐった。しかし、次に待つ審査が最重要なのだ。祈って待つしかない。祈っても無駄だが、とにかく、結果が出るのはひと月後だ。そこに、人生の転換点が待っているのだろうか?
 御木さんは、「メシいこうかっ」と夜の街に連れ出してくれる。行き先は、我が身が凍るような高級和食店だ。さらにタクシーに乗り込み、銀座や六本木の高級クラブに向かう。素晴らしいドレスで着飾った女性の横で、いまだデビューも果たしていないペーペーマンガ家は、緊張に身を縮こまらせている。一流を知り、振る舞いを身につけさせよう、という御木さんのありがたき計らいなのだろうが、まったくこの店めぐりをする間に、どんどんと背筋が丸まっていく。終電がとっくに出た深夜、タクシーチケットをもらって江古田への帰路につく。売れたら、自分でもあんな支払いをするようになるのだろうか・・・?ぼんやりと考えてみるが、イメージできない。あの夜遊びがおもしろく感じられるようになるとは思えない。貧乏が性に合っているのかもしれない。
 タクシーを降りて、イングレインに飛び込む。愚かな仲間たちが、まだダラダラと飲んでいる。ありがたいことに、この安酒場は、明け方の5時まで開いているのだ。ご馳走でふくらんだ腹をさすりつつ、ジンで舌を洗う。その苦味で、ようやく現世に連れ戻される。
「へえ、作品の完成、おめでとう」
 妖怪のようなママが、ベビースターラーメンをあてにサービスしてくれる。しみじみとうまい。
「賞を獲ったら、お祝いしなきゃね」
「別に、いいよ」
 ふと、自分には野心も野望もなにもないことに気づく。「天下奪ったる!」みたいな体温だ。そういう、腹の底から湧き上がるもの、いわば情熱が、自分には皆無なのだ。ただ、周囲に対して恥ずかしくないだけの結果が出さえすればいい。このひとたちによろこんでほしい。ゴージャスな生活はめんどくさそうだ。「漂えど、沈まず」・・・開高健の言葉を思い起こす。自分の生き方そのものではないか。すでにオレの人生は、よくわからない方向に流れはじめている。
 ひと月半ほどたって、結果が知らされる。
「佳作だよっ。おめでとうっ」
 御木さんと、また夜の旅に出る。ぐるぐると高級店をめぐる間に、考える。いよいよデビューというわけだ。二度目の賞で、高揚感がないわけではないが、我が行く末が心配になってくる。いったいオレはどこに向かっているのだろうか?

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