deep forest

しはんの自伝的な私小説世界です。
生まれてからこれまでの営みをオモシロおかしく備忘しとこう、という試み。

94・本物たち

2019-03-06 09:15:12 | Weblog
 ジョーハウスには日夜、その道の本物たちが通い詰めている。マツダさんは、アマチュアのジャズバンドでテナーサックスを吹いているし(うまいとは言い難いが・・・)、スタッフの「おいちゃん」と呼ばれるヒゲの人物は、プロ顔負けにウッドベースを弾く。その仲間たちが集まり、たまに店内にスペースをつくっては、ライブが開催される。
 オレはというと、勇気を振り絞ってカウンター席にもぐり込み、横でつぶやかれる至言に「ほうほう」と相づちを打てるまでになっている。こうして夜な夜なカウンターで飲んでいると、興の乗ったお客さんたちの間で、ハモニカやピアニカなどの即興演奏がはじまる。リズムは、テーブルを棒きれで打ち鳴らしさえすればいい。この音楽が実にフリーで、なにげなくて、なのに周囲を巻き込んでいくパワーを持っていて、その開放感に圧倒される。こうなると、やおらマツダさんはサックスを手に取り、すべての旋律を水の泡に還元する調子っぱずれたやつをはじめ、最後は破顔一笑で場をまとめてしまうのだった。これこそがジャズ・・・なのかどうかはわからないが、とにかく、この雰囲気にはしびれさせられる。
 マツダさんはまた、ラグビーチームも持っている。「JJクラブ」という、アマチュアチームだ。これが、結構強い。オレが身を置く美大ラグビー部は、大学リーグ(頂点に早・慶・明や帝京が君臨するアレ)の二部にも三部にも・・・下って下って、その最下層リーグにも相手にしてもらえない弱小な流浪チームだ。そこで、各大学OBの同好会や、どこにも所属できない国籍不明チームたちで構成されるアマチュアリーグに参戦している。その同じリーグに、JJも馳せ参じている。いわば、同格だ。ところが、このチームがひどく強いのだった。飲み仲間のあんちゃん、おっさんたちのごちゃごちゃ混成なのに、まったく侮れない。なにしろ、カウンターで隣り合わせるその連中は、国体から県代表としてお呼びがかかるような輩なのだ。それがまた、頭脳明晰な医者の卵だったりする。まるで太刀打ちできない。その上、美大には絶対にいないタイプの、おしゃれでトレンディでとてつもなく美人のマネージャー集団まで擁している。いろんな意味で、歯が立たない。そんな、丸太のような足をした大男や、首のない(筋肉の中に埋もれてしまっている)怪物もどき、それに、うっかり直視すると目をやられてしまいそうなほどにまばゆく輝く女子たちが、ジョーハウスのカウンターにはそろっているわけだ。さらに、わが彫刻科の恐ろしき先輩たちも足を運ぶ。彼らは、すさまじい勢いで酒を飲み、騒々しく場を盛り上げ、硬い腕を肩にまわしてきては、こちらの人生に重大な影響を及ぼすほどの金言を間断なく放射しつづける。このカウンターはさながら、いろんな王国の酋長たちによるサミットだ。そうした本物が居並ぶ特別な止まり木に、この新参者は恐縮しながら割って入る。「バーネット」という安いジン(ボトルで2300円也)を歯茎にすすり、ツマミもなしのチャージ代300円也だけを握りしめては、通い詰める。そして、彼らの口から漏れる重要な情報に耳を傾けては吸収し、からだをしびれさせる。

つづく

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

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