deep forest

しはんの自伝的な私小説世界です。
生まれてからこれまでの営みをオモシロおかしく備忘しとこう、という試み。

79・くにちゃん

2018-12-17 08:09:39 | Weblog
 浪人生はともかく、前年まで高校生だった(つまり、現役合格生の)級友たちは、ほとんど酒を飲んだ経験がないようだ。我が国の法に照らせば当然のことなのだろうが、高校生活においても酒中心の生活をしてきたオレには、それはちょっと信じられない感覚だ。彼らは居酒屋にいくと、チューハイなどという色水を飲んでは、たちまち酔っ払ってしまう。その燃費のよさには、羨望すら覚える。オレやマッタニはアルコールに抗体ができているので、ビールジョッキやお銚子を盛大に重ね・・・たかったが、なにしろ金がない。テーブルに有り金を並べては、綿密に計算をし、最も効率よく腹を満たし、そして酔っ払える黄金比を探った。
 そんなわけで、高くつく居酒屋(それでも相当安価な店なのだが)は敬遠し、粗悪なジンやウオッカがボトルで飲めるカウンターバーに、チャージ料金だけを握りしめて通うこととなる。氷も必要ない。ストレートの強烈なやつを口に含んでは、舌の上で転がし、歯ぐきに染み込ませて、手っ取り早く酔いを回らせる。力が抜け、とろとろと感覚がひらいてくると、周囲の客が声を掛けてくれるようになる。オトナの世界に立ち入ることを許される、というわけだ。得体の知れない怪人物が入れ替わり立ち替わりに現れては、未来を予言したり、するべきことを示唆してくれたりして、消えていく。これまで知り得なかった様々な価値観と出会うたびに、目を開かされ、ガツンと撃ち抜かれる。深く勉強をさせられた。
 ブラック&ブルーには、くにちゃんという油絵科のかっこいい女の子も通ってくる。アラレちゃんのような大きな黒ぶちメガネに、チリチリのアフロヘアという、不思議な取り合わせ。それでいて、すらりと精悍で、一挙手一投足が野生動物のようで、佇まいがそれはそれは美しい。おまけに、そらはしさん、という、虹のように美しい名前の持ち主だ。なのに、アゴが山田邦子のように尖っているので、くにちゃん、と呼ばれている。いや、失礼なことに、酔っ払ったオレがそう呼びはじめたようだ。
 一浪で入学したくにちゃん姐さんは、バーでの立ち居振る舞いも優雅で、垢抜けている。バーボンをロックでなめ、紫煙をくゆらし、ハスキーな声で「人生ってさ」などとつぶやく。19にして、いったいどんな人生を経てきたというのか、存在そのものがハードボイルドだ。なのに、酔っ払うとたちまちはっちゃけてしまい、ひとの輪のまん中に堂々と乗り込んでは、破顔している。まぶしすぎる。そんなオトナの社交の世界にうっとりと見蕩れたりして、長い夜を過ごす。

つづく

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

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