deep forest

しはんの自伝的な私小説世界です。
生まれてからこれまでの営みをオモシロおかしく備忘しとこう、という試み。

82・失敬の男

2019-01-13 18:21:24 | Weblog
 マッタニは、少々手ぐせが悪い。彼の部屋で飲んでいたある夜に、勢いからか、こんなことを言いだした。
「具合いのええベッドを見つけたんや。運ぶのん手伝うてくれへんか」
「へえ、どこにあるんや?」
「道ばたやがな」
 金沢の街は一年中、ジトジトとした湿気に包まれている。やつは布団干しを怠って、万年床にキノコを生やしてしまったのだ。これではたまらん、というので、ベッドにしよう、というのだった。
「ええのがぎょーさん転がっとんねん」
 はて、ベッドなどというものがゴロゴロと野ざらしに転がっているものなのか?しかも、やつが「そろそろ」と腰を上げた時刻は、深夜の0時をまわっている。外はまっ暗だ。が、疑心暗鬼のままついていく。
 しばらく歩くと、見上げるほどのタンクを連ねる建物の裏手で、やつの足がとまった。日本酒で名高い金沢でも名門の、「萬歳楽」という酒蔵だ。そこが大きな酒屋を直営していて、懐中電灯で照らした軒先に、ビールの空カートンが野積みになっている。
「こいつを運び出したいねん」
 薄暗がりの中で困惑した。
「・・・って、おいおい、これってドロボーじゃねーか」
 ところが、こちらの不本意に耳も貸さず、マッタニの方はうきうき顔でカートンを柱のように重ねている。なんの罪の意識もないらしい。結局オレたちは、積めるだけのカートンを積み上げた。そして、数メートルもの高さにそびえ立つそいつをかかえて、わんこそば祭の女中さんのようにバランスを保ちつつ、人気の消えた街をヨロヨロと持ち帰ったのだった。
 またある日には、こんなこともあった。雨が落ちてきそうな曇天の下、オレのバイト先にマッタニが遊びにきてくれた。カウンター内のオレと愉快に話しながら、やつは飲み食いをして、先に帰っていく。が、オレの皿洗いのバイトは、深夜までつづく。それも終わり、さて帰ろう、と店の傘立てを見たときだ。確かに持ってきたはずのオレの傘がなくなっている。なんてこった、ツイていない。夜半からついに雨が降りだしたために、客のひとりがパクってさしていったにちがいない。しかし、気づいたときにはもう遅い。ずぶぬれで帰り道を急ぎ、なんとかマッタニん家に駆け込んだ。すると、はて、やつの部屋の入り口に、見覚えのある傘があるではないか。
「なっ、なんでオレの傘がここに・・・?」
「なんや、おまえのやったんか。すまんすまん」
 ビールのカートンを縦横に並べたベッドに寝そべりながら、マッタニはゲラゲラと笑い転げている。
「まあ、ええがな。めぐりめぐって、おまえの元に戻ったわけやんか。傘は天下の回りもん、っちゅーのはほんまやねんな」
 まったく、失敬の男なのだった。

つづく

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

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