ある司法書士の修行時代

司法書士の修行の日々に思う徒然事

元登記官かく語りき

2005-01-27 21:48:35 | 司法書士
今日は隣のややお年を召した研修参加者に声をかけてみた。

実は昨日は声をかける機会をつかめず、無視したような感じになっていたので、
少なからず気に病んでいたのだ。というのもそれはまるで、
脳ミソの軽い司法書士有資格者が国家試験を通ったことを何かすごいことと
勘違いし、特認の有資格者を軽視しているふうとも取れないことがないからだ


僕は「よく知らないのですが、登記官の位置づけって法務省や法務局の中
でどんな感じなんですか」と聞いてみた。
僕の頭の中にはフランツ・カフカの「城」に出てくる得体の知れない上級
役人のイメージがあったため、「登記官」という呼称そのものに精神的な
眩暈をうっすらと感じるような興味を覚えたからだ。
元登記官かく語りき「登記簿の最後に印を押す人ですよ」
そんな当たり前のことを聞きたかったわけではないのだが、
カフカ的悪夢は法務局には存在しないことが分かり、何となくがっかりしてまった。

彼は山口の人とは河豚の話をし、広島の人とは蠣の話をした。
そして僕とはクラシック音楽の話をした。
元登記官:「ところで話は変わりますが、音楽はお好きですか」
僕:「ええ」
元登記官:「どのようなジャンルの」
実はここで一瞬躊躇した。というのも僕は最近は全く音楽を聴かないし、
聞くとしてもサントラ(M・ナイマン、G・ドルリューなど)かエニグマ
くらいしか聞かないからだ。後はストーン・ローゼズ、ザ・スミス、
マニック・ストリート・プリーチャーズが関の山だが、一昔前のUKロック
を持ち出すのもなんだし…それで、昔好きだった、
僕:「えーっと、クラシックなんか」
元登記官:「ほう、そうですかっ!! 何が好きですか」
僕:「何って指揮者のことですか」
元登記官:「いえ、曲のことですよ」
僕の内心:僕はショルティが好きでして、カラヤンよりバーンスタインより
彼が好きでした。ショルティの評価は日本では低いですが、低いが
故にムキになって好きになった部分がなかったといえば嘘になります。
でも僕はショルティの無駄のないタクティンクが紡ぎ出す鋼のように
研ぎ澄まされた贅肉をこそぎ落としたような演奏が好きですね…

僕:「えーっと、えー、マーラーとか、当時ブームでしたから…」
実はここでも躊躇したのだ。というのも確かにマーラーは好きだが
それは昔のことで、今は断然ベートーベンだったからだが…
元登記官:「ほう、マーラーですか、私、昔東京に行ったとき、
時間が余ったんで、ホールでマーラーの『夜の歌』を聞きましたよ。
実に素晴らしかったです。シンフォニーにギターが入るのが珍しく
て興味深かったですしね」

実はその時慢性的に周囲に対して不感症の僕の割には興味を感じた。
僕:「ギターは珍しいですね、『夜の歌』は七番でしたったけ」
元登記官:「ええっと、何番か忘れましたけど、素晴らしかったですよ」
僕の内心:僕はマーラーの三番と五番が好きですね、
後は四番と「大地の歌」かな、後期の大作は長いんでどうも…

元登記官:「実は月並みなんですが、私はベートーベンが好きでして」
反射的に僕は言った。
僕:「そうですかっ、僕も好きですよ。僕は挫折した人間なんで、
5番を聞くと勇気付けられます」
元登記官:「挫折って…」
僕:「でも本当に好きなのは七番です」
元登記官:「そうですかっ、私も七番が大好きでして、
第二楽章を聞いて何度涙したことか…」


僕はこの元登記官さんに好感を持ったのはいうまでもない。クラシック好きが
クラシック好きに自分の好きな作曲家をいうとき、モーツァルトやバッハは
なんともなくてもベートーベンに関してはなぜか少し羞恥に似たものを感じ
るのだ。クラシック好き以外には分からないと思うが…「月並み」と断って
いても、僕にベートーベンと告白した彼に対して、ついマーラーといって
しまった自分の軽薄さすら感じたほどだ。

僕の頭の中には第七番第一楽章の勇壮な出だしが波打ち、続けて第二楽章の
安らかな美しい調べが流れ始めた… 

Ф

2005-01-27 07:31:38 | 司法書士
※Фとはロシア語のアルファベットであり英語のFに当たりますが、
 人物のイニシャルではありません。

それは研修の帰りがけのことだ。
いくらただっぴろい大ホールでの講義とはいえ、
終盤になると換気の悪さから空気は澱み、裁判官を前に一応の礼儀を
尽くしている受講生から滲み出ている疲労感も最高潮に達している。
徹夜明けの僕は「おつかれさまです」と消え入るような声を残してホールを後にした。

ポートライナーでの話し相手を見つけようときょろきょろしてたら
前を颯爽と歩くコート姿の青年を発見したので、研修帰りだなと見当をつけて
早足で近づき、会釈して声をかけた。
「あの、司法書士の研修が…」
「はい、そうですよ」と彼は表情を変えずに答えた。
「お名前はなんと仰るのですか?」
「私、近畿のФと申します」
「あっ、私、リチャード・クレイダーマン(仮名)と申します。私も近畿です」
私は苦労してできるだけ親しげな雰囲気を出そうとしたが、それは無謀たったのか…
「そうですか、気がつきませんでした」
とФ氏はそう爽やかに、そっけなく言い放った。
私の頭はその時猛烈に回転していた。
僕に気がついてないということを、僕に対して明確に、自信すら溢れた口調で
言い放ったのは、それはひとえに『僕に対する優越感を示したいからだ』な、
僕が彼に声をかけたのは同じような孤独な境遇にシンパを感じたからだと
僕が勘違いしているであろうことを『僕に気がつかなかった』という言葉、
つまり『僕なんか気がつくに値しない存在なんだ』と言明することで、
僕と彼の孤独の貴さの違いを表現したかったのだな…

「なんでも明日中部と飲み会があると言ううわさがありますけど…」
「そうですね、どこでもそのうわさを聞きますね、明日は行かれるんですか」
「えー、実は詳細がよく分からないんで、決めかねてますが…」
と僕が言いかけたその時、彼は言った、全てを打ち切るように。
「僕は窓際族ですから」
はっきり言って意味が分からなかった、正直言ってアホなのかとも思った。
「窓際族?」と僕は質問するでもなくただ単に唸った。
「はい、僕は関与しませんから、単独行動します」
そう言い切ると、彼は汚らわしいものを振り切るかのように僕に目もくれず、
一回も振り向かずに改札を抜けていった。
その無礼な態度に、意味の分からない言葉に僕は戸惑っていた。
その時僕が思ったのは
変わった奴もいるもんだ、まあ、僕も人のことはいえんが…
という漠然とした感想だったが、また猛烈に頭が回転しだした…
Фよ、そもそも窓際族の語義が違うだろ、君は君の世界を行き、
その世界は孤独だけど自由で、澄み切った美しいものかもしれない、
だけど君が言い放った『窓際族』という言葉が象徴的に君の世界を構成している
一部となっているのなら、語義が間違っているということが意味する重大さに
気づくべきではないのか、それは要するに君の世界観は間違った観念から構成
されいてるのが垣間見えたことの証左なんだぞ…

とまれ僕は不意に思うのだ。
しかし間違ったかどうかの判断は所詮こっち側の判断でしかない。
あっち側にФが完全行ってしまっている存在なら、
間違っているかどうかは問題にならないのでは…

おそらくФは強いのだろう、僕には真似できない。
だけど、親しくもないのに親しい振りをしている人たちより潔いとは思った