本の題名を実施するのには高等教育が必要なのは誰も認識しているが、
問題は教育の中身であることと、
「個人知」から「組織知」へ、情報公開よる批判の受け入れができる軍事組織になることの必要性について書かれています。
著者は1993年に米海軍兵学校を卒業後に、海上自衛隊に入隊した、政策・メディア研究の博士号を有する1等海佐です。
2部構成からなりアートとサイエンス,理論とドクトリンの概念を基に
米海軍と日本海軍の生い立ちから現在までの近代軍事組織として知的イノベーションの差を比較しています。
軍事組織は大きな問題に直面したとき、その解決方法をどのように生み出していったのか。
そのための方法論をどうすれば生み出し、そして定着させることができるのか。
現在ではPDCAを回して行くことが必要となっています。
それと戦争の術と科学の発展過程を分析し、軍事組織の高等教育、そして作戦術の発展過程を解明していきます。
特に高等教育において米海軍は常に時代の変化に対応していったのに日本海軍はそれが出来ませんでした。
軍事組織は時代の変化、環境の変化、そして敵の変化に直面しており、さまざまな問題を解決しなければならない。
解決方法としてドクトリンと作戦術「戦略目標と戦術行動をつなぐための概念」について理論を展開されています。
終章では軍事組織と問題解決の方法論について述べられています、
その中で一貫として柔軟な発想を可能とする人材育成環境の大切さです。
現在の防衛省・自衛隊にこの様な人材がおられながら旧態依然とした高等教育で育成しているのかと思います。
それは問題となったイージスアショワについて防衛省・自衛隊の中から何も聞こえてこないのはどうしてでしょうか?
資料を改ざんしている組織、説明会で居眠りする幹部、上層部のコロナ感染でも同様です。
防衛省・自衛隊上層部にこの本を贈呈したいと思います。