
「人は自分の力で人生を切り開くことができる」というのは幻想である。
これは俺が22年間の人生の中で得た、リアルでクールな実感だ。
そこで、俺は人生にはしなやかさが必要だと考えた。
そしてある逆説的なアプローチを採用することにした。
説明しよう。
世の中には、とても才能があって努力を積み重ねているのに、結実しないと嘆いてる人がいる。
うん、実に多い。
その一方で、なんとなくポンポンと物事がうまくいって成功している人もいる。
両者の差はなんだろうか。
それは、「可能性としての自分の将来をどれだけ想定できているか」だろう。
つまり、「こうなったらいいな」を100種類持っている人の方が、「こうなったらいいな」を1種類だけしか持っていない人よりも願望を達成する可能性が100倍高い。
とても簡単な数学だ。
屁理屈いうんじゃねーよって?
これは屁理屈ではない。
俺は至って真面目だ。
たとえば俺は大学の附属高校に通っていたのだが、大学の学部選びの際、政治経済学部を第一志望にしていた。
一方で社会科学部や第一文学部の勉強も面白そうだと思っていたし、商学部の勉強も将来役に立ちそうだと思っていた。
結果的に俺は政治経済学部に決まったのだけれど、もし俺が社会科学部に決まっていたら、「社会科学部を願望していた自分」のたどってきたストーリーを思い起こしていただろう。
つまり、人間は数多くの潜在的な願望の内、実現したものについてのみ、選択的に「それを願望していた自分」をおもい起こすということだ。
このことから導かれる結論は以下のようなものだ。
<願望達成の可能性というものは、自分の未来への開放度の関数である>
もっと簡単に言うと、「自分の人生の可能性にもっと広く目を向けていいんじゃね」ってことだ。
これは「運命」の本質でもあると思う。(視野狭窄に陥っている人が「運命」に出会う可能性はやっぱり低いだろうから)
まーもっともっと簡単に言うと、「3年生、就活がんばれー」ってことだ。
ザ・ピロウズ - Another Morning
ポップなメロディと、ノスダルジックな気分にさよならしようとする決意に満ちた歌詞がいいですな。
なんでこの人たちもっと売れないんだろう。
確実にピロウズを受け入れるマーケットは大きいと思うのに。
トッシーさんマジ熱いっす!
さりげなくフリクリ知ってるアピールすな笑
おう、またいつでも
色んな可能性を持ってるやつってのは、場合に能天気でもあるかもしれんが、幸せかもな。
それなのに、分ってるのに
人ってのは何故かこだわったり、譲れなものを持ってしまったりするんだな。
どちらも悪いことではないと思うんだけど。
バランスが難しい。
こだわりとか譲れないものっていうのは、こうありたいみたいな信念レベルのものだったら持つべきだと思う。
でも、具体的なもの、例えば職業とか学校とかの場合は、あまり「絶対これ!」ってならない方がその人の能力を最大限引き出す結果にたどり着きやすいのかな、と感じた。
幸せか幸せじゃないかっていうのは別問題だけどね。それは人によるんだろうな。
俺自身も、「絶対これ!」ってものに向かっていく人生もちょっと憧れるし、なかなかできない経験も得られる気がする。
俺はこれじゃなきゃ嫌ってものが何においてもあまり無いからなーかっこいい生き方とは言えないな笑