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Mr.マトリョーシカの脱走

マトリョーシカ(Матрёшка)式世界からの大脱走。脱兎のごとく。

懇親会。職業観とか。

2008-07-23 01:16:40 | 解釈





いい歳して怒られた。遊び過ぎとかその他諸々で怒られた。


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今日、僕はこのクソ暑い中スーツ来て内定者懇親会に行ってきたわけです。



この時期、僕みたいな文系内定者はオーキド博士垂涎のレアポケモンなので、理系内定者ばっかだった。

ポケモンゲットだぜ!


立食パーティ的なものが終わりに近づき、メアドもゲットだぜ!とか思ってたら、僕が全員の前でシメの挨拶をすることになった。


まあ満更でもないし、ちょっと酔いも回っていたこともあって、マイクロホンを握り「YO、BROTHER。まあこの会社はオイラっち達が変えてっちゃうわけだからみんな仲良くしようぜ~ラブ☆アンド☆ピース^^」的な内容のことを敬語と丁寧語を絶妙にミックスして言った。

なんかものすごいアツくてイタい奴だと思われてしまったかもしれない。

少なくとも俺が逆の立場だったら、イテテテテって思う。


「会社を変えるってなんだよ。3行で説明してみろよ」

「いえ…それは…」

「君、もしかして面接でYARIGAIとか言っちゃった系?」

「あ、はい。言っちゃいました」



あーだめだ。最近ますます皮肉っぽい。

皮肉を言いたい。全世界に向けて皮肉を言いたい。

「偽善エコロジー」とか言っちゃいたい。

なんでかね。


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なんていうかね。

ご飯食べてる時に、同業のI社を辞めてベンチャー立ち上げた人と話してたんですよ。

いや、やっぱりその人の話すごい新鮮だったし、深かった。


僕だって就活(笑)を通じていろんな会社の社員の話聞いて、へーこんな働き方があるんだ、フムフム、なんつってそれっぽい顔しながら納得してきた。

でもそういう話って結局は○○株式会社の新卒採用活動の一環として語られてる言葉だった。

あたりまえのことなんだけどね。

だから、どんなに謙虚で中立的な言葉であろうと(「うちに限らずいろんな会社見て自分にあったとこにしなよ」とか)、それは会社っていうフィルターを通ってしまっている言葉なんだ。

どんな形であれ、「うちは素晴らしい会社ダヨ^^」っていうアピールにつながってたわけだ。

そういうのって痩せた言葉だし、あまり響いてこない。

「あーここでも同じ話してるよー」とか思ったことは数知れず。




でも今日聞いた話っていうのは、すごく豊かな職業観だった。

大企業の説明会でありがちな、「新卒で入った会社で一生勤め上げるのが正しい」というイデオロギーとは一線を画す、豊かな職業観だった。



いや、僕ね。自己分析とかすごく嫌だったんです。(結局自己分析なんて今もよく分からないんですが)

自己分析っていうツールって、自分とぴったりマッチした会社を探しましょう!みたいな今の就職活動の風潮につながってると思うんだけど、これってなんか変。

だってぴったりマッチする会社なんてなくない?

あるのかな。

仮にあったとしても、働いたこともない学生が机上で空論こねくり回したところで、マッチするかしないかなんて分かるわけないじゃん。

いろんな会社の入社案内の先輩社員メッセージみたいな所に、「絶対に自分にあった会社が見つかるはずなのであきらめずに頑張ってください^^」なんて書いてあることが多かったけど、それは希望の会社に運良く入れたあなた様だからこそ言える勝者の弁でしょうが、とか思ってしまう。「ゆとり(笑)」とか思ってしまう。

学生の分際がこんなこと言うのは甚だ失礼だろうけどさ。




そういう偏った一定の職業観ばかりに触れてきた僕にとって、その元I社の人の話はとても貴重だった。

あー就職活動を通じて働くことに対する見方が貧困になっていたなあって感じた。

大企業しか受けなかったしね。

やっぱり、働くことはもっと豊かなはずだなあ。

そう思った。



とてもいい懇親会だった。同期もみんないい感じだしね。

あ、僕自身はこの会社満足してます。ムーブメント起こします。誤解無きように。

貫地谷しほり

2008-07-20 02:19:07 | Weblog
今の気持ち。|貫地谷しほり オフィシャルブログ『しほりのおしゃべり工房』
http://ameblo.jp/kanjiya/entry-10095369152.html


>そして言葉通りに受け取ってしまったお馬鹿な私は、ここ一年くらい自分を楽にするのやめてみようと思ってしまったんです。

>色んな思いが積もっていって辛くなりました。





2か月以上も前の記事なんだけど、あーこの子は苦労してるんだなあと。


こういうのは悩むよなあ…。辛いよなあ…。



僕は彼女とは真逆の性格だ。

でも彼女の悩みはとても理解できる。







僕はあまり悩みを人に打ち明けるタイプではないし、人を頼るということがなかなかできない。

それでも周囲の人にかなり迷惑をかけ、救われてきた。


そういう俺からしてみれば、彼女の誰にでも悩みを話してテンションを高めていくやりかたは、むしろとても強くて健全な生き方に思える。

でも彼女からしてみれば、俺の生き方をとても強いもののように思ってしまうのかもしれない。




あー、やっぱりこういうのって誰もがぶつかる悩みなんだろうか。

その時は結構辛いけどどうにかなるものである。

頑張れ。

テーマ曲&アニメ<夏>

2008-07-16 23:35:56 | サブ・カルチャー
元気ロケッツ / Heavenly Star


1年くらい前のラジオで、パーソナリティの鈴木謙介さんが夏を感じる曲としてこの元気ロケッツの曲をかけてた。

その時、すごく良いです。うーん、avex(「えいべっくす」と読みます)って馬鹿にしちゃいけないんですね!って思ってから一年。

今月アルバム出したようで、CD屋でかかってたり試聴していくうちに僕にとっても今年の夏のテーマソングになりつつある。っていうか、なった。

最近は崖の上のポニョの次にたくさん聴いてるのがこの曲だと思う。



そうそう。

崖の上のポニョの中毒性ったらない。

「崖の上のポニョ」のテーマソングが頭から離れなくて正直ウザいんですけど(^^;)と思ってる全国のおっさん達を日本武道館に集めて組体操させたい…と思いを巡らしながら、とりあえず50回くらいリピートして聴いた。

絵柄だけ見た時点では「うわ…何この萌え系アニメ。超可愛いんですけど」っていうネガティブな感想しか抱かなかったんですが怒涛のリピート洗脳術完了後には、「か、かわいい…溶ける」っていう感想を上書きしました^^



そうそうパート2。(小堺一機)



アニメといえば、世間的には今さら感漂うんでしょうが攻殻機動隊にハマってます。

<脳にネットを接続する「電脳化」と、肉体をサイボーグに換える「義体化」が進む近未来の日本を舞台に、あらゆる犯罪に対し公平な攻性措置をとる公安9課の活躍を描いたストーリイ>(田村裕『ホームレス中学生』より引用)

テレビ版は基本的に一話完結の形式で、公安9課の活躍にスポットを当てている一方で、劇場版は人物の心理描写にスポットを当てた哲学ストーリー。


これは綾波槍投げリオン以来のワクワク感。

エヴァンゲリオンの「オイラって何者?」「オイラってここにいてもいいのかなあ…><」という問いや苦悩と似ていて、自我の問題を問う作品になっております。

攻殻機動隊の場合は、「人間とサイボーグとの境目ってどこなの?」「今の世の中はゴースト(その人の魂とか自我の類)をあっちこっち移植しまくるのが当たり前になっちゃってますけど、そんな状況でワタシがワタシであるということは一体どのワタシが証明するの?教えてティーチャー」っていう小難しい感じに物語は収斂していく。

とりあえず最近のアニメにありがちな、萌えキャラとお色気うっふんシーン投入しておけば愚か者達が釣れるだろう。ぐへへへ。っていう安易さが皆無で、完全にストーリーで見せようとしてる点に好感を抱きます。

しかしよく考えたら草薙素子(主人公の女)はハイレグ着用でした^^

岡田さんの立ち位置

2008-07-11 02:54:09 | Weblog
ますだおかだ@うたばん


岡田さんの立ち位置に憧れている。

くりぃむしちゅーの2人も「あの人はほんとにすごい人だ」と冗談抜きで大絶賛していた。


僕が憧れる理由の一つに、ボケれるツッコミだっていうのがある。

僕は基本ツッコミなんだが、性格的にとうしてもボケることを抑えられない時がある。それがたとえつまらなくても。

だから目指すべきは岡田さんなのかなあと。



岡田さんの弱点は周囲に付き合ってもらう種類の笑いだってことだ。

見ている人にとってはめちゃくちゃ面白いが、その笑いにリアルに接している人たちにとっては、正直疲れるのかもしれん笑


岡田さんはさんまさんの芸をパクってるけど、さんまさんはリアルな笑いを自らが発信源となって生み出している。そこがやっぱりすごい。

本と自己啓発

2008-07-08 02:46:25 | 解釈
「本による自己啓発は不可能である」という仮説を考え付いた。


事実、俺は読書から何かを得ようと思っても、自分が今までうすうす感じていたり考えていたりしたことの確認で終わっていることが多い。

もちろん本には自分が考えてもいなかったこともたくさん書いてあるんだけど、記憶として残るのは、ほとんどが以前から考えていたことだ。

もし新たな考え方を記憶に残せたとしても、自分の経験を由来としていない考え方や教訓をリアル感をもって理解することはなかなか難しい。つまり薄っぺらい。



よく雑誌とかで、経営者とかが「私はこの本から学んだ」的なことを話しているけど、それって本当なのだろうか。

単に自分の考えと合致するところを発見して納得感を得たにすぎないのではないだろうか。



まあ自分の考えを言語化・一般化して整理できるっていうのは十分に読書のメリットで、それは自己啓発につながるんじゃない?と言われればまあそれまでだけど。

だけどなんかもったいないよなあ、と本棚の大量の本を眺めながら思う。

自己啓発目的で本を読むことはほとんどないんだけどね。


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雨の季節はいやな季節?
でも雨の良い曲はたくさんある。

Bonnie Pink / it's gonna rain!


RCサクセション/雨上がりの夜空に

ハウスとヒップホップ

2008-07-05 22:53:07 | サブ・カルチャー
クラブに行ってきた。楽しかった。

今回はハウスのイベントだったんだけど、前回行ったヒップホップのイベントと比べてかなり疲労した。

っていうかクラブはこの2回しか行ったことないですけど(><)



この疲労感の違いの原因は、おそらくハウスとヒップホップのクラブでの客とDJの立ち位置の違いにあると感じた。


説明しよう。


ハウスのイベントで印象的だったのが、客のほとんどがDJの方向を向いて踊っていたことだ。

このことから、ハウスのイベントにおけるDJと客の立場は、DJ>客 となっているようだ。

DJの中田ヤスタカが「ちゃんとついてきてください」とアジテートしていたのが象徴的だ。


これは明らかにヒップホップの場合とは違っている。

ヒップホップのイベントでは、客は思い思いの方向を向いて踊っていた。

それどころかDJを意識してる客なんかいなかった。

最初俺はDJの存在に気付かなかったくらいだもん。

このように、ヒップホップにおいてDJは完全に黒子に徹している印象だった。

よって、DJと客の立場は、DJ<客 だ。

考えてみればヒップホップっていうのは、ラップやダンスが主体で、演奏者にはスポットが当たらない音楽なんだNA。




思い思いのペースで踊るヒップホップに比べると、DJに「ついていく」ことを要求されたハウスの方が圧倒的に疲れる。


まあ乏しいクラブ経験値では仰々しく分析なんてするべきじゃないかもしれない。

だってイベントの外国人率の高低によって雰囲気は全く変わるかもしれない。

あるいは男女比で変わったりすることもあるかもしれないし(女性が多い方がナンパが発生するから客がバラバラの方向を向いて踊る、とか)、イベントの性格によっても変わってくるだろう。



ここまで書いてたらもうどうでもいいやと思ってきた。


        *'``・* 。
        |     `*。
       ,。∩      *    もうどうにでもな~れ
      + (´・ω・`) *。+゜
      `*。 ヽ、  つ *゜*
       `・+。*・' ゜⊃ +゜
       ☆   ∪~ 。*゜
        `・+。*・ ゜