1028(長元元)年 平忠常の乱
卑劣や忠常 皆よりブー。
1028年 平忠常の乱 源頼信
[ポイント]
1.平忠常の乱は、1028(長元元)年、上総でおこる。
[解説]
1.源頼信は房総半島に広がった乱を鎮定し、これが平氏に代わって源氏が東国進出する契機となる。
〈2014立教大・経済コミュ福祉・観光
藤原道長が「此世をば 我世とぞ思ふ 望月の かけたる事も 無と思へば」と詠んだのは、土御門殿(つちみかどどの)という屋敷であったが、この屋敷はいったん火災に遭い、上記の歌が詠まれる数ヶ月前に再建されたところであった。再建にあたっては、( ハ )の日記である『小右記』に記されたように、「土御門殿の( ニ )一間を以て、諸の受領に配し営ましむと云々。いまだ聞かざるの事なり。造作の過差、往跡(おうせき)に万倍す」(原漢文)と受領たちが競って造営を分担し、3)源頼光が家中の家具、調度を献上したことで知られている。
問3 下線部3の源頼光に関する記述として正しいのはどれか。次のa~dから1つ選べ。
a.その弟の源頼信は、平忠常の乱を鎮圧した
b.その子の源頼義は、後三年合戦で、安倍頼時・貞任による反乱を鎮圧した
c.その父の源満仲は、藤原純友の乱を鎮圧した
d.その孫の源義家は、保元の乱の時に後白河天皇と結び勝利した。」
(答:ハ藤原実資※実のある資料 醤油で記。、ニ.寝殿、問3a)〉
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