滝に打たれて星最後。
滝口の武士 宇多天皇
宇多天皇が滝口の武士を、白河上皇が北面の武士を、後鳥羽上皇が西面の武士を置いた。
2014文教大学・全学部
問 A、Bの文章を読んで、下の指示にしたがって答えなさい。
A、Bが両方正しい場合は、1をマークしなさい。
Aが正しく、Bが誤っている場合は、2をマークしなさい。
Aが誤っていて、Bが正しい場合は、3をマークしなさい。
A、Bがいずれも誤っている場合は、4をマークしなさい。
A 平安時代後期、宮中を警備する役目は西面の武士に新たに与えられ、これをきっかけにして、武士の中央進出が始まった。
B 後鳥羽上皇は、院御所を警備する役目を奉公衆に一任し、この武力を用いて北条義時追討を計画した。
(答:A×9世紀末に宇多天皇によって置かれたのは滝口の武士、B×奉公衆は室町幕府の将軍直属の軍事力。後鳥羽上皇が置いたのは西面の武士)
2010大学入試センター試験・日本史B
B 平安京の中央北端に配置された平安京(大内裏)には、天皇の住まいとともに、c政務や儀礼を行う建物や、さまざまな役所、密教修法の道場などが置かれていた。」
問4 下線部cに関して述べた文として誤っているものを、つぎの1~4のうちから一つ選べ。
1 平安京には、国家的な儀礼などを行う大極殿が建てられていた。
2 神々の祭祀をつかさどる神祇官と、行政全般を管掌する太政官の二官があった。
3 平安宮の警護を主な任務とする滝口の武士をやめて、新たに検非違使がおかれた。
4 加持祈禱を重視する密教は、現世利益を求める皇室や貴族に受容された。
(答:3 ※検非違使(嵯峨天皇)をやめて滝口の武士(宇多天皇)をおく)
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