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▼余白の春:金子文子 Ⅲ

2023-04-11 21:00:00 | 千思万考

 1926年3月25日、朴烈とともに大審院により死刑判決。4月5日恩赦による減刑で無期懲役。文子は宇都宮刑務所栃木支所に服役するが、7月23日、獄死した。
 刑務所の発表では縊死とされているが、死因に疑問をもった布施辰治弁護士や同志は文子の母親とともに刑務所の墓地に向かい遺体を発掘するが、死に至る経緯は不明。東京に戻った同志による文子への追悼と遺骨保管を妨害しようと、警視庁は母親と同志たちを半日検束した。 検束された栗原一男と椋本運雄はそのまま釈放されず、8月半ば、朝鮮に送還された。彼らは大邱で組織されていたアナキズムの読書会を弾圧した真友連盟事件に関連させ、治安維持法でフレームアップ弾圧を受けた。 妻であったという認識から、朝鮮から朴烈の兄が息子とともに文子の遺骨を引き取りに来るが、警視庁は遺骨を直接渡さず朝鮮の警察署に送った。朝鮮に戻り、警察から遺骨を戻された兄は故郷、聞慶(ムンギョン)の山奥に遺骨を埋葬、土盛だけであった。 不逞社の件では予審の後免訴になり、獄外から文子への救援を続けていた栗原一男が、保管していた文子の原稿をまとめ、歌集と自伝が刊行されたが、歌集は発禁処分となった。
           〔完〕
    〔ウィキペディアより引用〕

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 少し金子文子の予備知識を終えたところで、読んでほしいのは金子文子の作品で青空文庫にも掲載され、『何が私をこうさせたか』とともに読めます。それは、『父』という作品です。
 興味のある方は一度読んでみて下さい。