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同窓会出欠名簿に学友のまだ若き死を知る悲し

2012-09-17 22:52:14 | 心象風景・身辺雑記
帰宅し高校の同窓会の出欠状況のメールを受け取る。
誰が出るのかなと出欠者の表示を下に送る。
まだ連絡のないものも多いので返信の要請も兼ねているようだ。
ふと、一覧にあのひとの名が出ていないことに気づく。


私には、小中高と大学も含め同じ学校の先輩が一人いる。
そして、小中高と同い年で同じ学校に通い、大学も同じ地域だったその人がいる。
その人に聞いたわけではないが小中学の頃はお互い意識していたと思う。

その人が最近亡くなったことをメールの出欠状況で知る。
まだ還暦を迎えたばかりの年齢ではないか。
あまりに若いその人の死の情報に一瞬わが目を疑う。
10年くらい前に同窓会で会い元気な姿を見ていただけに信じられない気持ちだ。

中学からその高校には私とそのひとが入学した。
入学式だったかと思うが駅から学校への30分ほどの道を一緒に歩いた。
学用品の入ったかばんが重かろうと、持とうかと尋ね、ふと触れた
鞄を持つその人の指の細さがいまだに目に焼き付いている。

中学、高校ではクラスは一緒になることはなかった。

その人は私が大学に入った1年後、同じ市内の別の大学に入学した。
多分、2回ほど誘った。
一度は、「日本沈没」という映画を一緒に見たこと。
そして、私の大学のコンサート部の演奏会で「1812年」を聴いたこと。

それだけである。

この何十年という時を同じくしても会話もわずかだし
ましてや手紙のやり取りもなかった。

だから共有する思い出は微々たるものだ。

10年ほど前同窓会を終え地元の駅まで二人一緒に帰ったのが最期となった。

長い時間軸の線上で小中高そして大学の十数年間を身近にいて
そして社会人となりそれぞれの道を歩んだ、単にそれだけのことなのだが
音信を絶やさないというありようもあったのではと今更ながらに思う。
いつまでも皆が元気、無事息災という年齢を過ぎたのかも知れぬ。

同窓会名簿の物故者欄に知る人の名を見るのは悲しい。


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