
鹿児島在勤時に馴染んだものの離鹿後殆ど滅多にお目に掛からない素材が幾つか思い浮かぶ。
あさひ蟹、月日貝、パッチン、ヘチマ、アラカブ、ふだん草、葉鰹。
今回はその中で最も渇望感が強かったアサヒ蟹が大皿に載っていた。英名で云えばスパナクラブ。
これにもちょっとした思い出が。航空貨物業界が活魚輸送に嵌っていた?時期、活魚コンテナなる今思えば何て殊はない「海水を入れて温度管理が出来るチタニウム製の輸送容器」を作った人が居て、載せられた私は屋久島から鹿児島までそのコンテナでアサヒ蟹を運び、何とも中途半端なことに鹿児島からは発泡箱に入れて築地まで持っていった。難なくこのプロジェクトは成功し私は八重洲の薩摩料理家で「さすが生きたアサヒ蟹は旨い!」と喜色満面で食ったのである。しかし甲殻類の事とて余程へまな事をしない限り高い生存率は約束されていたも同然だった。
しかしこの輸送が切っ掛けでもう一人奇人と社内で出会う、元機長の奇人と私はもう一歩深みに嵌ることとなる。
次は有水ではありませんぞ、鳥取の氷温研究所が開発した技術を使って、さ~てお立ち会い!
「魚を鹿児島で眠らせて、水を抜き~あ~ら不思議、ニューヨークで水槽に放てば眠りから覚めた魚が泳ぎ出す」
残念ながらニューヨークまでは行かなかったのだが、水のないコンテナ内で寝ていたヒラメは築地の水槽で一旦沈んだものの5分後にフラフラと泳ぎだしたのである。これも大成功!
しかし底魚だとそこそこ上手く行くものの、回遊魚ではなかなか結果が出せず翌年度開発予算はつかなかった。「氷眠コンテナ」プロジェクトはあえなく氷眠してしまった。
これは私の鹿児島時代、最も面白くもあり、自分の未熟さも味わった貴重な経験であった。
なんて昔の事を思い出しながらアサヒ蟹の取り置きを頼む。
まずは首折れ鯖。北の鯖も旨いが南の鯖が旨い、博多のごま鯖も旨いが屋久島の首折れが最高だ。色が好い、大きさがそんなにでかくなくて脂の乗りが程好い。芭蕉カジキと共に主人自作の器に盛られている。
後のアサヒ蟹は大きめ一杯しっかり頼んであるので、抑えめにせねばと思うものの、当日の昼はサンドイッチで済ませたのが災いして食欲旺盛、馬刺しもかくの如き量が盛られてきたのを、旨い焼酎とドンドン行ってしまう。

焼酎は3種類新しいのを試したが女将が勧めてくれ、私も旨いと思ったのは最後に試した白波の薩摩酒造が地元限定で出している「南之方」。
白波同様正当価格で売られている(つまりプレミアつきではない、安い)焼酎だが濃厚なしっかりした焼酎、地元の人が「お焼酎」と親しみをもって呼ぶに相応しい焼酎であった。

これをロックで3杯?飲むと腹が減っているのか太いのか、いささか怪しくなったところでアサヒ蟹に辿り着く。
海老蟹はいつもそうだが、私は限りなく下品。足から身を外すなどと云う上品なことはせず、足ごとバリバリかみ砕く「潰し食い」。中のミソも殻も全部すくって飲み込んでしまった。でもこういう食い方をしてきて胃の具合が悪くなったことはない。
ご馳走様!なのだが序でにヘチマも行ってしまう事にした。だって「ヘチマはそろそろ終わりだね、もう筋っぽくなりますね」っていうんだもん。
もうヘチマは食えないかも知れんと思うと最後の力を振り絞って完食してしまったのであった。

さすがに締めのラーメンは止めました。満足な鹿児島の夕餉でありました。
あさひ蟹、月日貝、パッチン、ヘチマ、アラカブ、ふだん草、葉鰹。
今回はその中で最も渇望感が強かったアサヒ蟹が大皿に載っていた。英名で云えばスパナクラブ。
これにもちょっとした思い出が。航空貨物業界が活魚輸送に嵌っていた?時期、活魚コンテナなる今思えば何て殊はない「海水を入れて温度管理が出来るチタニウム製の輸送容器」を作った人が居て、載せられた私は屋久島から鹿児島までそのコンテナでアサヒ蟹を運び、何とも中途半端なことに鹿児島からは発泡箱に入れて築地まで持っていった。難なくこのプロジェクトは成功し私は八重洲の薩摩料理家で「さすが生きたアサヒ蟹は旨い!」と喜色満面で食ったのである。しかし甲殻類の事とて余程へまな事をしない限り高い生存率は約束されていたも同然だった。
しかしこの輸送が切っ掛けでもう一人奇人と社内で出会う、元機長の奇人と私はもう一歩深みに嵌ることとなる。
次は有水ではありませんぞ、鳥取の氷温研究所が開発した技術を使って、さ~てお立ち会い!
「魚を鹿児島で眠らせて、水を抜き~あ~ら不思議、ニューヨークで水槽に放てば眠りから覚めた魚が泳ぎ出す」
残念ながらニューヨークまでは行かなかったのだが、水のないコンテナ内で寝ていたヒラメは築地の水槽で一旦沈んだものの5分後にフラフラと泳ぎだしたのである。これも大成功!
しかし底魚だとそこそこ上手く行くものの、回遊魚ではなかなか結果が出せず翌年度開発予算はつかなかった。「氷眠コンテナ」プロジェクトはあえなく氷眠してしまった。
これは私の鹿児島時代、最も面白くもあり、自分の未熟さも味わった貴重な経験であった。
なんて昔の事を思い出しながらアサヒ蟹の取り置きを頼む。
まずは首折れ鯖。北の鯖も旨いが南の鯖が旨い、博多のごま鯖も旨いが屋久島の首折れが最高だ。色が好い、大きさがそんなにでかくなくて脂の乗りが程好い。芭蕉カジキと共に主人自作の器に盛られている。

後のアサヒ蟹は大きめ一杯しっかり頼んであるので、抑えめにせねばと思うものの、当日の昼はサンドイッチで済ませたのが災いして食欲旺盛、馬刺しもかくの如き量が盛られてきたのを、旨い焼酎とドンドン行ってしまう。

焼酎は3種類新しいのを試したが女将が勧めてくれ、私も旨いと思ったのは最後に試した白波の薩摩酒造が地元限定で出している「南之方」。
白波同様正当価格で売られている(つまりプレミアつきではない、安い)焼酎だが濃厚なしっかりした焼酎、地元の人が「お焼酎」と親しみをもって呼ぶに相応しい焼酎であった。

これをロックで3杯?飲むと腹が減っているのか太いのか、いささか怪しくなったところでアサヒ蟹に辿り着く。
海老蟹はいつもそうだが、私は限りなく下品。足から身を外すなどと云う上品なことはせず、足ごとバリバリかみ砕く「潰し食い」。中のミソも殻も全部すくって飲み込んでしまった。でもこういう食い方をしてきて胃の具合が悪くなったことはない。
ご馳走様!なのだが序でにヘチマも行ってしまう事にした。だって「ヘチマはそろそろ終わりだね、もう筋っぽくなりますね」っていうんだもん。
もうヘチマは食えないかも知れんと思うと最後の力を振り絞って完食してしまったのであった。

さすがに締めのラーメンは止めました。満足な鹿児島の夕餉でありました。