実は奈良・西大時の十二天の一部の仏像の展示もあり、
梵天、帝釈天など東寺と同じもを同時に見ることが
出来たのですが、その表現の精度というか鋭さというか
傾向がまったく違っていました。
迫力の東寺系に対して癒し系の西大寺、
自分的には断然東寺のものが好きですが。
大体が書籍の写真を頼りに仏像を見てきた訳ですが、
実物を目の当たりにして感じるのは
陰影から感じられるシャープさです。
よくTVのタレントが画面では太って見えて
実物がけっこう痩せているのと一緒で、
このふっくらした印象の梵天も実物はとても
しまっていて肌に緊張感がありました。
同じ空間に身をおくと、わずかながら
かもし出す波動のようなものがあり、
梵天の場合は「安らぎ」そのものが感じられました。
横顔やその流れるような背中の曲線、
二本の腕のおさまり、安からな側面の顔、
台座やガチョウまで手が回らないほど
息を呑む造形です。
梵天、帝釈天など東寺と同じもを同時に見ることが
出来たのですが、その表現の精度というか鋭さというか
傾向がまったく違っていました。
迫力の東寺系に対して癒し系の西大寺、
自分的には断然東寺のものが好きですが。
大体が書籍の写真を頼りに仏像を見てきた訳ですが、
実物を目の当たりにして感じるのは
陰影から感じられるシャープさです。
よくTVのタレントが画面では太って見えて
実物がけっこう痩せているのと一緒で、
このふっくらした印象の梵天も実物はとても
しまっていて肌に緊張感がありました。
同じ空間に身をおくと、わずかながら
かもし出す波動のようなものがあり、
梵天の場合は「安らぎ」そのものが感じられました。
横顔やその流れるような背中の曲線、
二本の腕のおさまり、安からな側面の顔、
台座やガチョウまで手が回らないほど
息を呑む造形です。