katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuくんの日記

店舗の床の仕込み、目地まで完了

2017-02-27 04:59:03 | モザイク教室
今日はお客さんの仕込みと俺の方の仕込みの目地。ただ東京マラソンがあって、道路規制もあるかも知れない・・・ってお知らせを入れたんだけれど、
やはりご存知無かったみたいで、そんなこんなで時間が見当付かず・・・・って事で、到着次第スタート。

そんなこんなで、いらしたら即出来るように・・・と段取りもして、10時過ぎに開始となる。まず前回持ち越しになった下地のタイルのカットから。ただ現地でのカットでは間に合わないから、何としてもここでカットしないとならず、お客さんとしては悩んで悩んで先に進まない・・・。

流石にもう無理・・・待ち切れないってあおる事になる。何しろ今日一番大事なのはそれよりも目地。言葉は悪いがさっさとやって、大事な事に時間を掛ける事。そもそもDIYとしてやりたい・・・と言うなら、目地も自分でやるべきで、諦めるのなら全部こっちでやってしまえば簡単な話。

この程度の目地なら数時間で終わるし・・・教えるから時間も掛かるし、初めてやる不慣れな目地を仕上げないとならないのだから、時間は読めない。
しかも晴れていても暖かいのは3時まで・・・まだまだ冬だから、風は冷たい。そんな冷える中での作業は蓄積疲労も出て来るのだから・・・。

時間が長くなり、疲れも出て、寒いとなり、更に薄暗くなるとなれば、間違いなく最後は雑になる。常識なのね。それを責めて明るい時間に終われれば、そんな事になる前に最後まで順調のまま終われる。そうするには、いつまでもそこにこだわられていては、結果として両方満足な形にならない。

何もかも全てに置いてご納得する仕上がりにしたい気持ちは良く判るが、時間は限られている・・・その中で出来る範囲なのね・・・全て。
そもそも体験教室でもやっていて、工程の流れを1度でも見たり、やったりしていれば、あぁこんな事してたよなぁ・・・となるが、そもそも初めて。

この後の工程がどんな事があって、どれだけ時間が掛かるか?・・・しかも初めて・・・いくら説明した所で今を完璧に・・・とやればやるほど、最後の時間を減らすだけの意味が伝わらない・・・そんな事が理解出来るのは経験値があっての事・・・。これが経験値の欠点なんだけれどね。

これは今更言っても仕方無いし、もうきっぱりここまで・・・・となる。心残りなのは十分判るが・・・。そんなこんなでカットも終わり、昼食抜きで目地となる。ただこちらの仕込みはボンドを落としてあるが、お客さんのはボンドがタイルに付いたまま。そこでボンドを落として貰っている間に、

時間稼ぎの目地入れ。いくらか遅れている分、俺がやる事にして・・・・帳尻合わせ。そんな中、それでは目地の指導となる。



このゴムごてって言う道具を使って、目地入れをするのだけれど、コツは塗るのでは無く、押し込む感じなのね。それが初めての人がこのコテを使おうとすると、ついついタイルとコテを平行にペタッって置いてしまうから、塗ろうにも進まないし、目地の隙間に入れる感覚ってより、なするって感じ。

それでは丁度良く練った目地がタイルに水分を奪われるから、どんどんと固くなる。固くなるから増々塗れなくなる・・・って悪循環になる。だから素早くかっぱく。そうね・・・初めて聞いた言葉の人もいるだろうけれど、ガソリンスタンドの窓拭きの時にTの字のゴムベラみたいなので水を切る。

あの要領なのね。かっぱく・・・って。つまりペタッ・・・じゃなくて、角度を付けて8の字を書くように手首を動かす。それと真ん中のやりやすい場所は最後。まずは四隅から。そして最後に真ん中を大きく大きくってイメージ。まっここは掃除と同じ。拭き取る時も一緒。

そんなこんなで塗り終わったら、スポンジを濡らして拭くのだけれど、2度拭き。1度目は固くなってしまった目地を荒らすって感じで、目地に埋まってしまっているような場所を平らにするような感覚で、発掘みたいに見えるようにするのね。この時はもう1回ギュと握ると水分が残っている・・・

そんな水分を含んだスポンジで拭くのね。ただ拭くと言うよりも、行ったり来たり擦るって感じ。それを仕上げはギュと絞ったスポンジで、ここがコツなんだけれど、スポンジを指で押さえずに手のひら全体で押しつつ、さっきの速度よりもゆっくり上から下に引いて来るって感じ。

そんなこんなの繰り返しをし続け・・・・終了したのは5時半。その間、コーヒー1杯の休憩のみ・・・ほら時間掛かったでしょ?って感じだったが、これだけの目地をやるなんて、常連だって経験はそうそう無い事だから、やったぁ・・・って達成感はあるだろうね・・・きっと。



これで仕込みはおしまい。その後、車に積み込み見送って、1人片付けを終えて・・・・何も無く無事に終わった事で1日まで、時間が残った。しかも、今日もまだ6時過ぎ・・・・それじゃアクアリウムバスの下地の木を買いにホームセンターへ・・・・。

キーホルダ―以外の下地についても、ある程度固まったので、そっちの木も一緒に・・・・。それからサンプル分の1枚の下絵を写して・・・。
流石に疲れて今日は深夜にならないような帰宅。いずれにせよ、ここまでは予定通りの準備が出来たのね。後は現地のみ。
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KAMEYAさん教室

2017-02-26 07:40:03 | モザイク教室
今日はkameyaさん教室。本日は2名。まずは棟梁だろうね・・・何しろ完成したからね。ただね、まぁ完成まで色々とあったのね。今日はイノシシをやって完成となったのだけれど、何だかやっててぼやくのね・・・何か・・・って。そこで確認をしたのね。一体何色のイノシシにしたいの?って。

すると黄色って言うのね。更にうりぼうなんて子供の名前まで言うのね・・・もう大体これでどうなっているのか?想像は付くのだけれど、もう1つ付け加えると、棟梁は濃い味付けが好きなのね・・・・それを象徴する言葉があって、薄い色を全て寝ぼけた色って表現をするのね。あははは。

それじゃその3つのキーワードを使って説明すると、まずうりぼうから。それではちゃんと画像で確認して・・・と資料を確認して貰うと、あっキバとか無い方が可愛いんだ・・・とか、色々と発見するんだけれど、そうね、その中で良くあるイノシシの特徴を見て貰うと、頭に茶色の3本あったりする。

あっ、これ入れた方が良い・・・とまず追加になる。これが是正の1つ目。必ず資料を確認する事。何しろイノシシを作るって時はイノシシの資料を見て・・・と必ずいつも言っているのだけれど、ついついこう言うデフォルメのような絵はおろそかになるのね。

そもそもイラストレーターや漫画家では無いのだから、そんなに上手くは描けてはいない。けれどついついおろそかにしてしまうのは、簡単な絵だから・・・って油断するからなのね。それが証拠に大作の天使のような方は、何枚もの資料を見ながら作っている・・・だから完全に油断。

そこから生まれた事が、作っている最中にイノシシって頭に3本の茶色が・・・みたいに、今更ぁって事になる。確実に特徴を覚えていないし、描き込まれていない。だからこそ張る前にも確認すれば、再確認もある訳で・・・。では2つ目。次は黄色って話。

まずこのイノシシが黄色って言うか?って話。要するにここに落とし穴がある。そこでもう1人の方に、ぺきぺきの黄色を取って見て下さい・・・と余りにシンプルな事をやって貰うと、これ・・・と明らかに黄色ってものを取ってくれたのね。これが普通。

けれど、棟梁は黄色にする・・・と表現しているのに、その方が選んだ黄色はほぼ入っているのかな?って程度であって、とても黄色のイノシシには見えない。では何故こうなったのか?・・・まっ簡単な話で、自分で勝手に思い込んだからなのね。ではそうなった理由を紐解くと・・・。

そもそも、もしもう1人の方が棟梁と同じように黄色のイノシシにしたいんです・・・と言ったとしたら?当然のごとく、黄色は黄色に見える黄色を主体に作ろうとする。そうね、じゃ例えば幼稚園の子供に黄色持って来て・・・・と頼んだら、恐らくそれを持って来るって黄色って感じの黄色ね。

するとこの途中で、だって山吹色・・・って言うのね。そうそれが悩んで困った理由なのね。この時点で少なくとももう1人の方とは1色ずれた事になる。
このズレがどんどんとズレを起こす事になる。そもそも既にズレている・・・って事を意識する事無く進めるのだから、もっともっとズレる。

仮にもう1人の方が黄色のイノシシって言ったら、棟梁の言う山吹色、つまりトラの顔で使った色の事ね・・・これも入れても良いですか?って感じだろうね・・・きっと。これも・・・つまり、黄色を主体にするけれど、ちょこっと・・・って感じだから、全体には黄色になる。

その薄味の中に茶色を3本頭に乗せれば、はっきりと茶色のが浮き上がるだろうね。つまりキバがあって、頭に3本・・・イノシシね・・・と、見る人に思い込ませる事が出来る。しかも、黄色って自分で言った通りにね。では棟梁は?って事になると、山吹色ってスタートをした。

つまり黄色より濃い目にね。更にここで好みは寝ぼけていない色・・・当然、黄色の方では無く、黄土色の方へワンランク上の濃い方へ行く。さっきの場合は、少なく黄色じゃない色を入れるって形なのに、棟梁の場合は、既に黄色から離れているのに、多めに黄土色を入れる事になる。

しかも、更にもっと濃いのも・・・と入れれば、一番使わない色が山吹色になる。もはや趣旨が変わった。しかも、あっイノシシって頭に茶色が3本あるんだ・・・って言う位だから、それすら入っていなかったのだから、メリハリも無く、黄色でも無くってなる。もはや言っている事は何も・・・。

1つ良い事があるとしたら、きちんと切ってある・・・ほら、ずっと言い続けている切る事が上手くなった人が常に陥る落とし穴・・思い込み。
切る事が上手いから、切る事だけに頼る。そんなこんな中、後はバック・・・となるのだけれど・・・。

そのバックが、ぺきぺきじゃなくて、INAXのタイルだったのね。そのタイルは厚みは一緒なんだけれど、何しろ全体的に薄味で、何しろお洒落なテイストなのね・・・それを切って入れようとするのね・・・そこで確認して・・・全部荷物を片付けて、作品を離れて見て・・・とね。

あっ、薄い・・・だって。あははは、だろうね。だって濃い味付け好きだからね。ここも単なる基本な話で、作る事に一生懸命になり、ただバックを終わらせに行ったから。これが全て1枚で完結の12枚作っているのなら、それでも良いのね。しかし、これは12個セットなのね。

つまりトータルコーディネート。全て揃って1つの作品。何を1つ1つのと一緒の感覚で作っているのか?しかも、この1つは集大成であって、これが最後の1つなのに・・・これで全てが決まるのに・・・。油断にも程がある。じゃ何でこうなるのか?簡単な話で、心ここにあらずだから・・・。

みどりの時と一緒で、大作に下絵が上手く行かないから・・・と俺のデザインの金魚、つまり切るだけの楽をして、下絵が通ると、もう金魚はこれで良いわ・・・って。あれ。棟梁の場合も、大作の下絵に2年も掛かり、途中辞めようと何度もしまいっ放しにしたりして・・・・。

それが今はその絵をポスターみたいに貼ってある。この時点でやる気満々なのが良く判る。つまりみどりと同じで、遊びの作品として単に通過させようとしたから・・・完全に舐めた。油断なんてもんじゃなくて、上手くなって舐めた。だからこうなってしまうのね。

もっと11個のアイテムに失礼にならないように・・・・頑張って来た人が報われるように・・・それが時間を掛けた作品へのねぎらいの作り方。
それを1枚1枚で12個作るなら、そんな難しい事を考えずに、1つ完結。他のバックは何色だったっけ?なんて事も関係無し。

何故なら、12個いっぺんに飾る事は無いのだから。つまりぺきぺきで遊び感覚でやったけれど、何だか途中で遊びの本気なんて曖昧な表現をして、最後の最後に逆転して、本気の遊びになった・・・遊びの本気は本気なのね。本気の遊びは、遊びだから。

どうして最後に変えるかなぁ・・・それは自分の中で次の大作が本気だから。それと比べて軽く見たから。しかも意識無く。まっ、こんなお小言も言うのだから、張り終わった後に目地となれば、ボンド取りもあるし、完成した頃はいつもの倍の時間になってたのね・・・・。

でも、お小言は言われるわ、完成しないわ・・・ではへこむだろうから、何がなんでも完成って事にしたのね。まぁ、遊びの本気の作品にはなったのね。お疲れさまでしたって事になるのだけれど、すぐに大作の方の話になってたのね・・・・あははははは。


長くなっちゃったけれど、もう1人の方も、次に終わるかな・・・って感じになって来た。そんな中、次の遊びの作品の下絵も確認して、下地に写す事まで終わったのね。それを2つ作るらしいのね。こちらも、完成後に総評とするけれど、良く1㎝タイルに耐えてくれたのね。

ここまで出来れば十分楽しむ作品は超えている。人に見せて、良いわぁ・・・とか、素敵ね・・・とか、お褒めの言葉を頂ける仕上がりになっている。ここを通過出来ると、もっと上手く切りたいな・・・・って言う気持ちになったりして、仕上がりに満足する事で、次に・・・になる。

終わる前に次の話が出るなんて言うのは、やる気になっている証拠だから、その結果に満足感があるとも思われるのね。それは何よりなのね。
次回はアトリエなんで、色々と有利な展開で完成になると思われるのね。



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みどり教室とアクアリウムバスの話・・・

2017-02-25 01:33:15 | モザイク教室
今日はみどり教室。まっここも先日のさくらと同じように、先回りして言うのでは無くて、どんな風にやって行くんだろうか?って様子を見つつって感じで黙っていたんだけれど、流石にこのまま進まれても・・・と思って最後の最後にこんな話をした・・・。



そうね、くだらない話なんだけれど、付き合って貰おうかな・・・あのね、良く言霊なんて言葉を聞いたりするのだけれど、あれって何だろうね?んでね、俺の個人の見解なんだけれど、口にすると、そうなったりする・・・なんてあれの事なんだけれどね、何でそうなる?って言うのかな・・・って話。

例えば、このドレスってどんな感じに作っているのか?って簡単に表現してみて・・・言葉でも良いし、身振り手振りでも良いから、どんな感じなのか?難しい文章じゃなくて、長嶋監督の指導みたいに、パッとかサッとかオノマトペって言ったっけ?擬態語とか擬声語って言ったっけ?・・・・

何しろ単純に・・・って言うと、フワフワとか言い出すのね。じゃ高そうなソファと一緒だね・・・いや違う・・・えっと・・・ってこんな感じ。つまりこれが言霊の仕組みな感じがするのね・・・。大体、既に作ってしまっているのに、どんな感じ?って質問にえっと・・・って。

しかもフワフワって・・・。つまりこんな曖昧な見切り発車しちゃっているって事なのね。これが例え上手く行っていなかったとしても、言った事に沿ってやっていたとしたら?今回は失敗に繋がったとしても、思っている方向には進んでいる訳で、考え方はあっていて結果が思い描く事とずれただけ。

つまり最初の選択さえ間違わなければ可能性のある間違えになる。更に言えば、みどりが上手くなったって事が仇になる。つまりしっかりした意識を持たずに進んでいるとして、上手く無ければ進めないので立ち止まってしまうが、そんな中でも進める事が出来たりする。だってうまくなっているのだから。

しかも結果も上手ければ思い切り下手にならないから、半信半疑で進められたりもする・・・これが今のみどりだとしたら・・・。それじゃ是正。
そこで紙をほおって見た・・・投げたって言うのかな?・・・それを言葉にして見て・・・じゃ次って言ってティッシュを投げたのね。

今、違って見えたよね?じゃ言葉にして見て・・・違って見えたのに、まさかどちらもヒラリなんてザックリな描写はしないよね?・・・これを俳句をやっているくじらなら、言うまでも無く繊細な表現してくれると思うのね・・・つまり何が大事か?って言うのは、切るみどりは繊細に切れるのに、

指令を出すみどりの表現力に繊細さが無いから、戸惑ってしまうのね・・・だから言霊。口に出して適切なそれにあった言葉を言う事。そうすると、そうなるように脳が感じて、手を動かそうとするから、その手はそれを切る技術が身に付いているからより繊細に切れるって話。

つまりみどりの足りないのは、脳を動かすだけの繊細な表現を口にする・・・って行為。ここをしっかりすれば、後はそうしようとするはず。
それと、さっきの紙とティッシュの違いとなると、ヒラリとフワリみたいな感じとか、違いは紙は堅そうだし、ティッシュは紙よりも着地が遅い。

その時に良く見ると、紙は落ちるにしても、かなりの角度で落ちつつ、けれど若干上向きで登ろうなんて程は反らないけれど、一旦止まって、また急激に落ちる。これがティッシュの場合、腰が無い感じで、横へ流れた紙とは違って落下って感じで、けれどクラゲみたいに一旦止まると傘のおちょこみたい。って、伝わるかな?・・・・見りゃ一目瞭然なんだけれど。

いずれにしても、ドレスの線を良く見ると、カチカチとしていたり、固い感じなのね。しかも空欄な所が多い。責めて何本かの線は必要なのね。感になっちゃうから・・・。そんな事を踏まえると、ドレスに腰が無さ過ぎる気がするのね。もっと本来は固い感じだと思うのね。

ある程度の固さがある場合、こんなにレロレロって感じに揺れないと思うのね。だから右側の方が合っている感じがするのね。スッとしてて。
それともう一つ。いくらか落ち着いた感じで取り組んでいるようだし、取り組む姿勢なんて事も一通り伝えたんで、今までとはちょっと変化した話。

黒い色が老婆心、つまりみどり側の気持ちであり、白い色は娘の気持ちみたいな表現を教えたけれど、老婆心はがんじがらめにするし、逆に白い色を多用すると、はやる気持ちが安く感じたりもする・・・って言う事も判った上で、作るようになった。

それは単なる黒い鉄扉だったり、単なるドレスでは無くて、そう言った事を踏まえている訳で・・・所がそんな気持ちは日々揺れ動く。何しろ1日で仕上がる訳では無いから、その日の気分に左右されたりする。何か嫌な事があったり、何か良い事があったり・・・。

そんな中、一定の気持ちをキープしつつの制作なんて余程安定感が無きゃ無理なのね。しかしながら、さっきの話と同じで、出来る出来ないはともかく、少なくとも意味を理解していて、尚且つ大まかな事がひっくり返らなければ、意識一つで何とでもなる。

ってここまではある意味普通。普通の事を普通に思えたら、今度はもう1つ上の話として、ドレスをやる時は老婆心で、鉄扉をやる時は娘の気持ちで・・・はぁ?何か矛盾していないかな?って思うかも知れないけれど、もしこっちはこっちってやっていたとしたら?

どう言う気分の時に何処をやるつもりなんだろうか?それを今までの事が何と無く理解した上で、ドレスに黒を入れると引き留める事になり、鉄扉に光を当てる・・・つまり白を入れるって事は壊して出て行くを意味するって事を意識するが故に、なるべく引き留めないように・・・みたいな、

複雑な気持ちが止めたり止めなかったりって右往左往したりする。それが曖昧な気持ちになると、ついついグレーだらけにもなる。心が弱くなった時は引き留めようと黒を入れ、やっぱり黒過ぎる・・・と色を入れないと・・・と言った具合に。

そこでもう1歩って言うのが、しっかりした気分の時に黒を入れる勇気。そして揺れている時が白って反対で作れると、ドレスを作る時に娘の気持ちだけとか、鉄扉は私みたいな作り方では無く、ドレスを作る時にもここまでは引き留めるけれど・・・って言う気持ちと、私だったらどれ位出て行きたいんだろうか?・・・みたいに出て行きたい気持ちも汲んでの制作も出来たりするはず。

逆に置いて出て行く娘はどれだけ壊して出て行くんだろう?・・・通れる分なのか?破壊してもなのか?みたいな自分はどうだったのか?みたいに葛藤する・・・こんな事が出来ると、直球だけじゃなくて変化球のような感じにもなるし、直接表現じゃなくて比喩なんて事にも繋がると思うのね。

けれどそんな事をやるにも、何しろ感じる事。それを紙もティッシュも同じ表現では日本の言葉はそんなに多くはいらないはず。つまりみどりの表現力はその程度で十分になる。折角、繊細に切れるようになったのだから、それにあった繊細さとは?って意識を持つ事。感じる事。

こんな事を意識するだけで、この作品はいくらでもまだ変化する。けれどそんな葛藤をせずに、ベテランのパズルの作り方のようなやり方をすれば、能率効率でやってしまう事になるだろうね・・・どんな気分であっても進む場所はあるし、そのやり方も教えているのだから。

鉄扉は自分の気持ちだけで進めた。ただこれからの場所は、単なるドレスじゃない。行かせたいような、行かせたくないような、でも行かなきゃ行けないような・・・でも・・・ってそんな場所なのね。紙とティッシュの違い程度の話じゃないのね・・・・。

そんなお教室の中、こっちはアクアリウムバスの事で泥沼って感じ・・・今回はいつものメンバーでは無く、みどりの上の娘と彼氏とタピオカとみどり・・・なんて初めてのメンバー。未知数って感じなのね。お教室自体は特に問題は無いとは思うんだけれど・・・。

そんな中で、キーホルダー以外何をするのか?って事なんだけれどね・・・・かぐや不在では、営業は諦める事にして、お教室を無難に終わらせるのか?それとも、何か試すのか?・・・ただかぐや不在で冒険過ぎるのは危険だし・・・とは言っても、無難過ぎるのも飽きられるし・・・。

これもまたみどりへの指導と同じで、考え方は一緒・・・どっちか?なら簡単に決まる。しかしさじ加減1つで、どっちより・・・って0か100かじゃ無くなる訳で。しかし負担の大きいのは困る。ここでのこのメンバーの力量が図れないから・・・。果てさて・・・。

何しろ制作は来月に入ってからでも良いが、方向性は今月いっぱいまで・・・。
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急きょキウイ教室

2017-02-24 07:28:06 | モザイク教室
今日は朝から銀行に記帳しに行く事から・・・確定申告の準備の続き。それからアトリエに行って、それらの書き込みをして・・・何か気分転換でもしようと、玄関の仕込みの接続部分に使うパーツを切って置く事にして・・・勿論、全部なんて無理だから、ひとまず程度の量・・・・。

その後、アクアリウムバスの下絵を始めたんだけれど、何しろ何回目なんだろうか?・・・・って感じなんで、どうすれば良いんだろうって感じになる。
折角キーホルダーは割と安定しているのだから・・・と残すつもりではあるのだけれど、同じ幅の木から切り出すのだから下絵に限界がある。

それが気持ちの問題なんだろうが、ついつい販売の小物を何度も見てしまった・・・あくまで販売は作家さんの画力なんで、みんな個性的で素敵に見える・・・そこはお教室とはお客さんが作るもので全く違うものなんだ・・・って思う自分もいるのだけれど、もっと質は上がらないか?

なんて考えてしまったりする。もっと・・・って。それをアイデアとして目を取り付けたりもしたが、本来は時間を掛けて自分で作った方が良いとは思うが、流しの教室って言うのは30分以内で完成みたいな感覚じゃないと、回転を良くって人数を・・・って確保する気持ちと、お客さん側の早く終了して

他の所も見たい・・・って折り合いの時間な感じがすると、しっかり作るのはちゃんとした教室で・・・と区別が無いと、何も変わらないって言うんじゃアトリエに来る必要も無い感じになる。けれど、それでも、リピーターさんにアピールするにはもっと・・・って気持ちになって・・・。

しかしながら、そんな気持ちでデザイン性を上げて個性なんて考えると、デフォルメとかしたくなる。所が余り変えてしまうと何これ?って感じにもなる。当然サンプルが必要になる・・・ただでさえ彫るって下地は手間が掛かるのに、更にサンプル・・・。

しかも何種類も増やせばその分の数となると・・・そんな事があって、そんなに種類を増やさなくても・・・って言われたりして、それじゃ種類は増やしても、サンプルを全部作らなくても・・・とやっては見たものの、受付でサンプル無いんですか?って聞かれたって聞くと、やはりサンプルかぁ・・・。

となる。まっ当然と言えば当然なんだけれど、中にはやっぱり作るの辞めた・・・ってザリガニの手とか、1つ作って見たものの、こりゃ手間が掛かり過ぎるとか、色んな都合で断念したけれど、勿体無いから一応出したものが、サンプル無しでも判って貰ったりすると・・・・。

嬉しい気持ちもあるけれど、それならこれは似ているから1つサンプルあれば良いかぁ・・・なんて思ったりすると、そうでも無かったりして・・・何しろ試行錯誤で毎回やっているんだけれど、何回も開催されている場所は、飽きられないように・・・って新しいものって言う考えと、逆に今まで通り・・

って言う考え方と入り混じるのね。まっ何でもそうだけれど革新と保守って話。例えば進撃の巨人では、捨てる勇気の無い者には新しい何かは得られないみたいな話が出て来る・・・まっ当然と言えば当然だが、それは用意を出来る時間も無く瞬時に決めないとならない事もある。

その結果が例え悪かったとしても、それはあくまで結果であって、結果からとやかく言うのは誰にでも出来る。それでも変えるべき時に捨てられるか?となった時、今がその時か?なんて考えたりもする・・・そんな中、キウイから連絡があって、急きょお教室となるのだけれど・・・。

詳しくは良く判らないんだけれど、あのキウイがアカハライモリを触った・・・って言うのね。えぇぇぇぇ、有り得ないぃぃ。ゴキブリやバッタでパニックのように騒ぐ人なのに、触ったぁ?アカハライモリにぃぃ・・・・。そんな話から、下地ありませんか?となり・・・・これ。


右は以前のサンプル。左がキウイのなんだけれど、リアルにしても良い?って聞いて、目地をブラウンにしたのね。何とも良い出来になったのね。
ただこれはキウイが張るのが上手いから出来たのであって、初めての人ではボンドだらけになって、とてもブラウンの目地なんて使えないのね。

何しろ白いボンドで張るのに、色の違う目地ではブチになってしまうのね。だから白い目地だと、はみ出したとしても仕上がりが誤魔化しやすいので、荒が見えにくいのね。こんな事1つでも、変化のヒントになるのね・・・有り得ないキウイの出来事、そしてこの仕上がり。

そしてこの時期・・・迷ってもおかしくない状況でもある。いずれにせよ、この事例も考慮の1つになる・・・。
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さくら教室と確定申告の準備

2017-02-23 07:16:51 | モザイク教室
それがねぇ、昨日の晩にまた前歯が欠けてね・・・でも不幸中の幸いで、弟子のさくらのお教室。何時に来るか判らないから、場合に寄っては中抜けさせて貰う事にして、朝一番で歯医者さんに予約の電話をすると、夕方の予約が取れて・・・。

そんな訳でアトリエに行って、さくらが来るまでの間は確定申告の準備。正直これが一番きついのね・・・数字として稼ぎを確認する訳なんだけれど、1年間何をしていたんだろう・・・って振り返らないとならない。要するに毎日を追われるように暮らしていると、明日、明日と言う生き方になる。

例えば、洋服何かの会社だったら、冬に冬の服の事ばかり考えないでしょ?冬の間に春物の話が出て行く訳で・・・。つまり提案の仕事の場合、先へ先へになったりするし、自分で流行りを作ろうなんて人は、これかな?これかな?と次々に考えないとならない訳で・・・。

それが、確定申告だけは嫌でも振り返る事になる。一体去年は何をしたんだろう・・・ってね。しかも収入と共に。そもそもなるべく騙し騙し前へ前へと進んでいるのに、はっきりさせられてもねぇ・・・。しかもやる前から結果は見えている事もあってね・・・。

何しろ普段でもきついのに去年は車がレッカ―移動で廃車だからねぇ・・・・そんな大きな予定外の事があれば、もはや何も考えなくてもおしまい。
そもそも生活費以外は全てモザイクにつぎ込んでいるような生き方なのに、そんな大きな予期していない事など起きれば、自力なんて無理・・・。

いずれにせよ、それを抜きにしても、きつい年だったな・・・良く過ごせたな・・・って感じ。しかもその上、移転。何か月か引っ越しって感じになって出銭も多くなる訳で・・・。ある意味、今こうしてやっている事だけでも奇跡と言っても良いだろうね・・・。何しろ有難いのね。

そんな中、さくらがやって来る。そうね、正直なるべく多くは語らず2回目なのだから、好きにやらせようと思っていたんだけれど、そろそろ口を出そうかな?・・・と思って、今どんな事になっているか?の検証から始めたのね。

まず比較。前回とデザインは一緒で大きく違うのは、体の部分を前回はテラコと言う1㎝の素焼きのようなタイルを使用したのね。その時に手が痛くて・・・と今と同様で・・・ただぺきぺきから半歩でも脱出って事もあり、割と柔らかめであるテラコを使ったのね。

ではその事でどんな結果になったか?それは素焼きの色合いが割と薄目な事で、それまでやって来たぺきぺきの部分や茶色で縁取ったような部分が引き立ったような仕上がりになった。では今回は?趣旨として2度目なのだから、進歩したように・・・って趣旨だった。

実はここが大きな落とし穴なのね。では進歩とは何か?って何だろう?って逆にさくらに聞き返したら、何て答えるんだろうか?そもそも漠然としているのね・・・進歩って。そこで判りやすくする為に素材をガラスタイルにしたのね。

常に言っている数字にすると判りやすいから、例えば重量挙げだとする。キロ数が増えれば進歩したように思える。では数量が増えて上がらなくなったとしたら?それを後退したって言うだろうか?・・・そして結果が出たからと数量を落として持ち上がったら、それを何て呼ぶのだろうか?

さくらにはそれを答えられない。もしそれが新しい事にチャレンジしている事自体が進歩・・・と答えられたとしたら?何も口出しせずにいられたのだけれど、流石に無理だな・・・と思ったので、今日はこんな話をして見た。

そもそもチャレンジするって行為が進歩なのね。つまり前回の時もぺきぺきから1cmへ・・・とチャレンジしたのね。そのチャレンジした事が進歩であり、結果が伴ったからこそ、2作目に繋がった。つまりチャレンジの時に心がぶれていては不安ばかりが付きまとう。

だからこそ、今どうなっているのか?の確認、そして1歩先を読んで準備、この繰り返しで何しろたどり着く・・・ってやると良いと教えていたはず。
けれど、どうしても人は欲が出る。もっともっと・・・とね。けれど、あの時と条件は一緒なのね。手が不自由なのは改善されていない。

でも以前よりもステップアップのガラスタイル。これだけで進歩なのに、どうしても結果が欲しくなる。ならば常に検証。何がどうなっているか?
前回は最後にバック扱いとして体を柔らかいテラコで焼き芋のような形を切った。それは結果として体は薄味になり、それまでを引き立てた。

では今回は?やはり最後にバック扱いとして・・・って同じ文章で行こうとするから間違える。そもそもテラコは薄い。けれど、ガラスタイルはどんなに薄くても主張をする。その時点で腐っても鯛って言う話で、鯛扱いなのね。だから薄いって言ってもテラコとは全く違う事になる。

最後に主役も喰っちゃうような素材なのね。つまりもし前回と同じような結果を求めれば、濃い茶の1cmを邪魔しないように、茶のガラスタイルを入れなければ何も起こらずに終わったと思うのね・・・けれど、体はリアルに・・・と言った事で、写真を良く見る事に寄って、茶を使いたくなった。

単純な話で、そもそもこのふくろうはデザイン。リアルでは無い。それをテラコは邪魔しなかった。けれど今は邪魔をする素材にもなり得る位、主張する。なのに茶を使いたくなった・・・好きなふくろうの写真はブチのように茶色が入っていたから・・・。

そこで茶を渡したが、それをリアルの配置のままに使ってしまった。デザインのふくろうの良さを消すかのように・・・。それによって、1cmタイルの茶色がはっきりしなくなってしまったのね。えっ・・・何でそんな大事な事を言わないの?って話になりそうだけれど・・・そうかな?

一体このふくろうの趣旨は何だ?って話なのね。進歩だったね・・・進歩って何だ?・・・あはははは、簡単な話、自分で考えて決める事。そして結果がどうなるか?なんて判らない事、そして必ず思い通りになるとは限らない事・・・それがオリジナルなんじゃないのかな?

ってこう書くと、じゃ先生なんていらないじゃん。って言われそうだけれど、それはどうかな?勿論、初心者なら危険回避として導くのも必要だろうが、弟子であり、同じデザインの2作目、そして進歩を望んでいる・・・ならば、1人で旅をさせて迷った頃の口出し・・・。

そうすれば、この作品は俺は呪文のようなセリフしか教えなかった事になる。以前はこうして、あぁして・・・と言ってたけれど、今回は、じゃガラスタイルでも使って見る?・・・こんな事だけ。けれど、流石に参っているようなので、確認くらいは・・・ね。

要するに同じようにしても、主張しないのと、主張するのでは意味が全く違う。しかもテラコは主張しない所か、色数も少ない。つまりそれを選択した事自体で選択権はいくらも無い。しかしながら、ガラスタイルの場合、色数も多く主張もするから選択を間違えれば主役喰いをする。

勿論ダブルキャストなんて言うようなテクニックを持っているのなら、風神雷神、助さん、角さんのように見劣りしない事になるが、どちらが主役なんだ・・・って事になった時、デザインなのか?リアルなのか?って言う時に、邪魔の無かった時は伸び伸びデザインの部分をやっていた。

しかし後から来た主張をするガラスタイルが主役を脅かす所か喰ってしまうくらいになっている・・・。これが今の状況。しかもリアルを重視するが故にあっちに茶、こっちに茶とマチマチに張るから、今までの左右対称のようなデザインのバランスすら崩れて来た。

こらこら、まぁ一か八かなんて言う、2つの方法しか無いのかねぇ・・・こっちかこっちって。そもそも何でもそうなんだけれど、今やっている事は実はさくらの一番不得意な曖昧って事を勉強しているんじゃないのかな?・・・・曖昧って言うのは適当とか好き放題の事じゃないって事なのね。

一番難しいのね、さくらのような一か八かの人には。デザインはデザイン、リアルはリアルって言う話じゃなくて、ブレンドさせたいのね。溶け込ませる・・・何も無かったように。それが、何の素材か?なんて事じゃなくて、フワッっと・・・・スルッと・・・溶け込ます。

色んなやり方はある。例えば、左右対称はキープしてデザイン色は残す。って掲げれば、前回成功したのはテラコが薄味だった事で、それまでやった事を引き立てたからだったなら、色合いを押さえる。しかし変化が欲しいなら、1cmの茶色を邪魔しない離れた場所に茶色を使うとか、

はたまた、逆に濃い茶色だらけにして、中身を逆に薄味で目立たせるとか、こう言うのが一か八かの濃いか?薄いか?ってはっきりした方法。
それが曖昧って何?・・・きっちり左右対称じゃなくても良いから、半分半分に条件を何と無く揃える。

大きさ、色、方向・・・きっちりじゃなくて、何と無く。ほぼほぼに、忙しいお母さんの取り分けくらいにね・・・あははは。すると何も考えなかった時よりは、意外と考えられている均等になったりする。そんな事を最後までやると・・・果たしてどうなるか?って話。

色で例えれば、白と黒って言う考え方が、さくらのような一か八かの考え方。本来は白よりのグレーとか、黒よりのグレーとか、だって方法はあると思うのね。だから武将かっ・・・って言いたくなる。突撃ぃぃぃしか無いのかよっってね。

それと、具体的に言えば素材の良さって何だ?って事になった時、色合いなんて事もあるが、もっと単純にガラスタイルは1cmよりも大きいって事。つまり大きいパーツを切れるって事。なのに細かくばかりしてしまっては、素材の良さが半減する。

もっと大きく見せたい時は大きく。それは1cmタイルには出来ない事なのだから。もしこうやって考えて、悩んで進めていたとしたら?以前よりも葛藤しているじゃない?って事。実はそれ自体が進歩だと思うんだけれどね・・・・気が付けば良いが。

こんな単純な事なんだけれど、問題は受け入れられるか?どうか?なのね・・・何しろ、どんな事やってもやれば進んでしまうのだから・・・。
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